
市場驚かせる達人、黒田総裁最後の一撃-リーディーとモス
円は弱いが弱過ぎはせず、インフレ率はプラスだがインフレが根付いてはおらず、賃金は上昇しつつある。そして市場は再び驚かされた。黒田総裁は最終的に満足できる状況かもしれない。
(ブルームバーグ):日本銀行の黒田東彦総裁は最後にもう一度、市場を驚かす機会を見逃さなかった。
黒田総裁は市場の意表を突くことで名を上げた。2013年の就任後最初の「バズーカ」で予想を大きく上回る金融緩和を実施。16年にはマイナス金利を導入したが、これはそのような政策は検討していないと強く否定したわずか1週間後だった。10年近く日銀総裁を務める黒田氏は、忘れっぽい市場の足をすくう方法を誰よりもよく知っている。
イールドカーブコントロール(YCC)の10年国債利回り許容変動幅を倍に拡大する20日の決定もまた、市場を驚かせる傑作とも言えるタイミングだった。黒田総裁が来年4月に退任するまで政策決定会合はあと2回のみであることを踏まえると、これが同総裁からの最後のサプライズとなるかもしれない。今回のような動きはある時点では広く予想されていたが、総裁はこれまで何カ月も声を大にして否定してきたため、ブルームバーグの調査に答えたエコノミスト47人は全員、小さな修正すら予想していなかった。日本と海外のトレーダーらがクリスマスを前に休暇に入っているか年末を控えて気が緩んでいる12月の晴れた火曜日は、最後のサプライズの日として完璧だった。
しかも特大のサプライズだ。同様のYCC調整を行った2018年7月と21年3月には、そうした変更についてあらかじめメディアが報じていた。昨年は予定していた10年物国債の利回り変動幅の拡大規模までが漏れていた。しかし今回は何もなかった。何らかの変更があるというヒントすらなかった。
既に市場に議論を引き起こしている問いは、今回のサプライズが黒田総裁の最後の一撃なのか、それとも次期総裁の下でも継続される引き締めの第一歩なのかだ。次期総裁は20日の政策決定会合に参加していたメンバーの1人である可能性もある。
決定後に黒田総裁は記者団に対し、変動幅拡大は事実上の利上げではないと強調。超緩和からの「出口政策とか出口戦略の一歩とか、そういうものでは全くない」と述べた。この日の決定はイールドカーブのゆがみをなくすためのテクニカルな措置で、タカ派的な姿勢への転換を示唆する意図はないと繰り返し説明。YCCや現在の量的質的金融緩和の見直しは「当面考えられない」と言明した。
それでも、歴史に残る金融政策転換の1年の最後を日銀が飾ったのだと考えたい気もする。そうだとすれば、頑固に緩和を貫いてきた日銀ですら、世界の中央銀行による数十年ぶりの急速な引き締めに抵抗できなかったということになる。そう考える根拠がないわけではない。欧米に比べて緩やかとはいえ、物価上昇はデフレ不安に慣れた日本国民に衝撃をもたらしているからだ。
しかし、そこには重要な但し書きが付く。黒田総裁は緩和度を幾分弱めたというだけで、政策は引き締めに程遠い。安価なマネーの時代は続いている。政策金利は依然としてマイナスで、日銀はなお、必要ならば一段の緩和を辞さないと表明している。
今回の決定は世界の中では出遅れてもいる。日銀は他の主要国・地域に少し近づいたかもしれないが、他の中銀は日銀の方へ向かう準備をしつつある。世界の金利サイクルはピークに接近し、2023年には利下げが実現する可能性も十分にある。
パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は米金融当局の仕事はまだ残っていると断言するが、本当に大変な仕事は既に終わっている。米当局の利上げ幅は小さくなり、回数もあと数回のみの公算が大きい。来年12月までには利下げもあり得ると予想するエコノミストもいる。イングランド銀行(英中銀)は先週利上げをしたが、金融政策委員会(MPC)はインフレがピークに達した可能性があるとの認識を示し、委員2人は既に十分な利上げをしたとして据え置きを主張した。早期に利上げを開始した韓国は恐らく行き過ぎで、大幅な利下げに追い込まれるかもしれない。黒田総裁が今から利上げパーティーに加わろうとしているなら、うたげには間に合わない。
しかしそれが、黒田総裁がこのタイミングを選んだ理由かもしれない。利回り変動幅の変更の議論はしばらく前からあった。結局のところ、変動幅変更は今回が3回目であり、円への圧力がなかったとしても起こっただろう。
黒田総裁はこれが出口への動きだという解釈の否定に意を尽くした。来年4月ではなく今、これを行ったのはそのためかもしれない。来年4月であればさらに広く、日銀が引き締めに加わるのだと解釈される恐れがあるからだ。黒田総裁は、今回の変更が実際、YCC政策をより効果的かつ持続可能にするとの考えを示した。日本の現在のインフレは一過性のものだとの見解を維持し、安定したインフレをつくり出す目標は達成できていないことを事実上認めた。
黒田氏とその後継者が世界を見回した時、目に映るのは楽しい光景ではなさそうだ。今はまだ陥っていないとしても来年に訪れる世界的なリセッション(景気後退)は、タカ派への有意な傾斜を制限するだろう。黒田氏の前任者たちも2000年と06年に政策金利をゼロ付近から離陸させたが、その後の世界的な景気悪化の中で逆戻りを強いられた。日銀は同じことを繰り返したくはないだろう。
政策正常化の議論に対して、基本的な事実が一つある。日本のインフレは主として輸入されたもので需要主導ではないため、日銀が駆使できるような金利政策が影響を及ぼすことはほぼないだろう。また、賃上げ交渉である春闘を控えて、物価上昇が賃金に反映される前に日銀がインフレに歯止めをかけるというのも考えにくい。
日本に需要主導のインフレを生み出すには賃金交渉だけでは十分ではないことは大方の同意するところだが、政府に一段の行動を促すことにはなるだろう。
円は弱いが弱過ぎはせず、インフレ率はプラスだがインフレが根付いてはおらず、賃金は上昇しつつある。そして市場は再び驚かされた。黒田総裁は最終的に満足できる状況かもしれない。
(リーディー・ガロウド、ダニエル・モス両氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Master of Surprise Kuroda Does It One More Time: Reidy & Moss(抜粋)
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