アドビ、日本語バリアブルフォント「百千鳥」発表 往年のタイポグラフィー技法をデジタルで再現

アドビは4月10日、日本語のバリアブルフォント「百千鳥」を発表した。レトロ調の手書き風フォントで、太さ(ウェイト)の軸に加えて、字幅(ワイズ)の軸を組み込んだ初の日本語バリアブルフォント。近年のレトロブームを汲み、デザイン現場の様々な要望に応えることが期待されている。

百千鳥は、グラフィックデザインの名手たちが編み出した、文字を巧みに配列し、限られた空間を有効活用する手法から着想を得て生み出された、とアドビ プリンシパルデザイナーの西塚凉子は、10日にアドビ株式会社日本オフィスで行われた記者説明会で話した。

例えば、西塚が示した以下の作品では、上下2列で字数の異なる文字列が同じ幅の中に収まっている。往年のタイポグラファーは、手書きによって太さや字幅を調整することによってこれらを実現していた。しかし、バリアブルフォントの百千鳥は、これをデザインソフトウェアの中で実現できる。

出典:西塚凉子、アドビ株式会社

バリアブルフォント(Variable Font)は、複数のフォントスタイルを1つのフォントファイルに含むことができる、比較的新しいフォントのフォーマット。従来のフォントでは、太さや字幅などのスタイルごとに個別のフォントファイルが必要だったが、バリアブルフォントではこれらのスタイルを1つのファイルで表現できる(*1)。

近年では、デザインをデジタルフォントに依存するようになっており、手書きによって実現されるテクニックは鳴りを潜めたようにも思えるが、下の画像に示されているようにわれわれの生活のあらゆるところに技法が存在している、と西塚は説明する。

出典:西塚凉子、アドビ株式会社

西塚は、童画家の武井武雄が作中で使っていた手書き文字からインスパイアにも言及。マスターは縦長と横長の細いものと太いものの双方のみで、正方形の全角をみない形でデザインしたという。縦方向・横方向に扁平をかけることもでき、以下の例のように百千鳥一つでものすごく多様な表現が可能だ。

出典:西塚凉子、アドビ株式会社
出典:西塚凉子、アドビ株式会社

近年、生活者の間ではレトロブームが起きており、デザインの現場では、レトロ調のタイポグラフィを簡単に実行できる手法が求められていることも、このバリアブルフォントの作成を後押ししたようだ。

アジアの言語でバリアブルフォントを実現するには

「百千鳥は、ウェイトの軸に加えて、字幅の軸を組み込んだ初の日本語バリアブルフォントです。さらに、字幅の軸はユニークな方法で動作し、視覚的なサイズを保持しながら、初めて横組みと縦組みの両方の組み方向をサポートします」と、アドビ プリンシパルサイエンティストのナット・マッカリーは、記者説明会で話した。マッカリーは西塚と同様、90年代からフォント、テキストエンジン、テキストレイアウトの分野に関わってきたベテラン(*2)。

アジア言語のタイポグラフィは、アルファベットと比較して、文字の構造が複雑で文字数が多く、情報密度が高いという特徴がある。読みやすさを確保するために、文字サイズを大きくし、行間と字間を十分に確保する必要がある。また、縦書きと横書きの両方が使用され、同じ言語内でも異なるスクリプトが混在することがあるため、フォントデザインと組版には特別な配慮が求められる(例えば、日本語では漢字、ひらがな、カタカナが混在する)。

デジタルタイポグラフィの文脈において、日本語(和文)と欧文の文字には、仮想ボディのサイズと形状に関する重要な違いがある。和文の文字は、文字の種類に関わらず一定の仮想ボディサイズを持ち、太さが変わっても正方形の形状を維持するのである。一方、欧文の文字は文字ごとに幅や高さが異なり、正方形ではない。

百千鳥は、独自の技術を用いて、縦書きと横書きの両方で文字の形を最適化できるようにしている、とマッカリーは説明した。通常、日本語の文字は正方形の枠に収まるように設計されているが、字幅の軸が仮想ボディの幅と高さの両方を変化させることで、縦長や横長の長方形の枠にも対応できるようになっているという。

「バリアブル(可変)CJK(中日韓)フォントにおいては、ここで示すように、同じポイントサイズで、字幅だけを変化させる方法(下図の上の例)と、幅と高さを同時に変化させる方法(下図の下の例)の二つがあります。上の例の方法では、字幅が変化すると視覚的なサイズも変化したように見えます。下の例の方法では、視覚的なサイズはあまり変化せず、インスタンス間で一貫性を保つことができます」とマッカリーは説明した。

出典:ナット・マッカリー、アドビ株式会社

脚注

*1:バリアブルフォントは、コンピュータフォントのフォーマット「OpenType」の仕様拡張として定義されており、アドビ、Apple、Google、Microsoftなどの大手企業がその開発と普及に積極的に取り組んでいる。今後、ウェブデザインやグラフィックデザインの分野で広く活用されていくことが期待されている。

*2:ナット・マッカリーは1991年から98年にかけて、クラリスコーポレーションとアップルにて日本向けの製品開発、特にテキストレイアウトに携わってきた。その後アドビに移り、日本語版InDesignの主任エンジニアとして文字組みや日本の出版ワークフローを実装する。Flash、AIR、RMSDKなどにも関わり、Photoshop、Illustrator、Adobe Text Engine(ATE)チームの援助をする。現在はSparkとXDチームと協力し、製品の機能拡張と日本語組版の向上を目指している。またW3CのCSSワーキンググループにも参加し、日本語組版の要件(JLReq v2)の執筆に貢献している。出典:https://atypi.org/speaker/nat-mccully/