短命の菅政権が残した長きに渡るレガシー  - リーディー・ガロウド
2021年1月7日:再び非常事態を宣言した記者会見で、巨大なテレビ画面に映し出される菅義偉首相。(Photo by Yuichi Yamazaki/Getty Images)

短命の菅政権が残した長きに渡るレガシー - リーディー・ガロウド

菅義偉が日本を率いた期間は短かったが、その功績は意外に大きい。今こそ、彼の評価を見直すべきだろう。

ブルームバーグ

(ブルームバーグ・オピニオン) -- 日本の首相は、その賞味期限が短いことで知られており、しばしばその遺産も短い。

昨年10月、わずか384日の任期で退任した菅義偉は、一見すると、日本の首相たちの長いリストの中の一人に過ぎないように見えるかもしれない。

しかし、首相在任時から時が経ち、政権を倒したパンデミックが新たな局面を迎えるにつれ、菅氏の業績に対する評価が高まっている。オリンピックやコロナの影に隠れてしまったが、彼の残したものは、政治が氷河期のようなスピードで進むこの国において、驚くほど大きなものである。

「悔いはない」と菅氏は、議員会館の11階でインタビューに答えてくれた。2021年の大半を過ごした首相官邸から歩いてすぐのところにある。

安倍晋三政権の顔として活躍したためか、菅氏は改革者としての評判を得ることはなかった。しかし、首相として、日本の10大上場企業のうち3社に値下げを迫り、省庁の官僚を押しのけて野心的なカーボンニュートラル目標を約束し、日本のきしむ官僚機構をデジタル化する新機関を設立し、国内外の反対を押し切ってオリンピックを無事開催した。

最近、菅氏が主導して、高額な不妊治療を公的医療保険でカバーできるようにしたことで、彼の関連性が再びクローズアップされた。この件に関する彼のツイートは、今年度の日本の政治家の中で最多の50万件の「いいね!」を獲得した。

しかし、その功績は国民の支持には結びつかなかった。後任の岸田文雄氏が、ウクライナに対する強い姿勢もあって、比較的限られた立法実績にもかかわらず、記録的な支持率を得ているのは皮肉なことだ。

菅氏の最も大きな功績の一つは、「やらなかったこと」である。当初は反対もあったが、バーやレストランなどの感染症対策に重点を置き、経済活動の大半は継続させるという決断は、時が経つにつれて好意的に受け止められている。

「日本のコロナ対策は、他の国々と比べても非常にうまくいっている」と菅氏は言った。特に夏のデルタ地帯では、メディアや野党から厳しい対応を迫られることもあったが、菅氏は閉鎖的な対応を認めない。統計がそれを裏付けている。日本は、コロナによる過剰死亡がほとんどない数少ない国の一つであり、一人当たりの死亡者数はG7で最も少なく、まもなくOECD加盟38カ国の中で最も少なくなる予定だ。

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菅氏のオフィスには、彼のキャリアの記念品が点在している。内閣が発足した日の額装された写真、米国訪問中に彼が珍しくインタビューを提供したニューズウィークの表紙、彼の故郷秋田を象徴する犬のおもちゃなどだ。部屋には「令和」と書かれた掛け軸が飾られている。2019年に官房長官となった菅は、テレビの生中継でこの名前を全国に発表し、「令和おじさん」の異名を取った。この宣伝効果で、彼は安倍氏の後継者候補の一角に躍り出た。

2020年8月、安倍首相が体調不良を理由に辞任すると、菅氏に突然チャンスが訪れた。国民の高い支持を得て就任した菅氏は、長期政権を確保できると予想する人が多かった。しかし、冬になるとコビットが再び急増し、諸外国が閉鎖状態に戻る中、彼は当初、再び非常事態を発令するよう求める声に抵抗した。その結果、マスコミから非難を浴びることになったが、菅氏は反省していない。

「安倍政権の最初の非常事態宣言は、全国一律であらゆる経済活動を停止させた。GDPは戦後最大の約3割減となった」という。「慎重にならざるを得ないという思いが強かった」

同時に、彼はワクチンに賭けた。国内生産能力がない日本は、ワクチンを輸入し、国内で治験を行う必要があったため、時間がかかった。

供給が改善されるにつれ、菅は1日100万本という「意図的に野心的な」目標を推し進めたが、当時はまだその4分の1しか接種されていなかった。ピーク時には1日160万本以上打っいた。その後、コロナの死者は1日1人以下となり、菅氏の姿勢が証明された。

菅氏は、横浜の地方政治から始まり、自民党の党首として初めて派閥に属さず、現状を打破しようとする姿勢を貫いた。菅氏の代表的な政策といえば、携帯電話大手に対抗したことである。菅氏は、携帯電話大手に月額料金の引き下げを迫り、新料金プランでは、1年間、日本のインフレ率を押し下げるほどの低料金となった。

また、菅氏は反対を押し切って「ふるさと納税」を推進した。これは、地方に税金の一部を納め、その見返りとして地元の特産品がもらえるという、珍しい人気のある税制である。菅氏は、今年中に納税額が1兆円(77億ドル)に達する可能性があると述べた。菅総理はまた、2050年までにカーボンニュートラルを実現することを約束し、日本のリーダーとして初めてそのようなタイムラインを設定した。

しかし、おそらくオリンピックほど、反対勢力に立ち向かう菅氏の意欲が見られたことはないだろう。

2013年に開催を決定していた安倍氏は、パンデミック(世界的大流行)の発生を受け、開催を延期した。開催が近づくにつれ、世論の反発は強まった。2021年1月、『タイムズ・オブ・ロンドン』紙は、日本がオリンピックの中止を決定したと報じたが、菅氏はこれを否定している。開会式まであと数週間となった5月には、米国が日本への「渡航禁止」勧告を出した。世界のメディアは、超拡散型イベントや「オリンピック変異株」の可能性を警告したが、菅首相は顧問医から大会中止を要請されたという。しかし、菅氏は、医学顧問から大会の中止を求められたという。「私はそれを断った。それは、政府が決めることだ」

結局、1万1,300人の選手のうち、陽性と判定されたのはわずか33人だった。超広範囲のイベントとは程遠く、選手たちが毎日検査を受けていたオリンピック村のバブルは、国内で最も安全な場所であったかもしれない。

しかし、その後、世間は大会を評価したが、菅氏自身は何の高揚感も得られなかった。記者会見での印象の悪さからファンも少なく、新聞でも叩かれ続け、本人も悔しい思いをした。自民党の次期総裁選が近づくと、菅は不出馬を表明して国民に衝撃を与え、政権の座を明け渡した。

菅総理がより慎重な後継者のもと、日本は今、円安に悩まされながら再開を議論している。観光客はその期待に胸を膨らませている。当然のことながら、菅総理は、日本の観光ブームを引き起こしたビザ緩和の政治的推進者でもあるが、日本はもっと大胆な手段をとり、より早く開放されるべきだと考えているようだ。「円安を利用した大きな経済政策が必要だ。つまり、インバウンドの観光客だ」と言う。

日本の元首相は通常、再登板しないし、菅氏も再登板に乗り気ではないようだ。しかし、地元メディアでは、菅氏が同じ志を持つ議員で「勉強会」を開き、党内政治を支配する派閥のひとつになり、将来のリーダーを決めるのに役立つかもしれないという話もあるようだ。菅首相はこの噂について言及せず、次のステップはこの夏の選挙後になるだろうと述べた。しかし、水面下では、彼はまだ終わっていないようだ。

Gearoid Reidy. The Long-Lasting Legacy of a Short-Term Prime Minister: Gearoid Reidy.

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