【コラム】誰?と言われた植田氏、日銀や財務省に教え子-オーサーズ
2017年5月9日(火)、東京で開催された国際金融研究所(IIF)春季会員総会で講演する東京大学大学院経済学研究科教授の植田和男。

【コラム】誰?と言われた植田氏、日銀や財務省に教え子-オーサーズ

日本の指導者は恐らく、イールドカーブコントロール(YCC)解除というほぼ不可能とも言える課題に適任の人物を見つけたと考えられる。物価安定に向けた黒田東彦総裁の長期にわたる闘いを終え、勝利宣言するための論拠は十分に整った。

日本銀行の次期総裁に指名された元審議委員の植田和男氏は日本以外ではほとんど知られていない。これは今や広範囲にわたる政策があり得る様子を意味するとともに、投資家が植田氏を見極めることができたと安心するまで恐らくボラティリティーを生じさせるだろう。

現状では植田氏は何も描かれていないキャンバスに等しい。例えば、ブック・リポートのピーター・ブックバー氏は植田氏に関するリポートの見出しに「Who(誰)?」の一言を用い、「日銀の元審議委員であるにもかかわらず、彼について聞いたことがないので『誰』なのかというわけだ」と認めた。

日銀は金融の世界において予測可能性の灯台の一つのようになっているため、こうした事態はいずれも重要だ。何が起ころうと日本の金利は低く、ほぼゼロに等しいままであり続けるだろうというのが、少なくとも現役トレーダーの圧倒的多数の経験であり、目標の翌日物金利は過去30年間にわたりそのように推移してきた。

日本は再び、世界の流動性の最後の源のような働きをしていることからも、これは特に重要だ。世界的な金利上昇にもかかわらず、日本国債の利回りを低位に維持する取り組みによって、十分な資金を金融システムに供給し、米金融当局の金融引き締め策の効果を緩和する形となっている。次のチャートはアポロ・マネジメントのチーフエコノミスト、トルステン・スロック氏によるものだ。

スロック氏のチャートに含まれていない中国人民銀行(中央銀行)の流動性供給も今年の相場押し上げの重要な要素ではあるが、日本の金融政策が現時点で極めて重要であることは一目瞭然であり、超緩和姿勢からの転換があれば誰にとってもこれまでとは計算が違ってくることになる。

では、植田氏について分かっているのはどんなことだろう。彼は71歳で日銀の審議委員を務めた経歴を持つが、キャリアの大部分は経済学者としてものだ。ブルームバーグのサイモン・ケネディ、クリス・アンスティー両氏が指摘したように、他国・地域の中銀トップの多くは学究的環境に身を置いていた期間が長いため、この点はそれほど異例でない。

博士号を取得したのは米マサチューセッツ工科大学(MIT)で、後にイスラエル中銀総裁や米連邦準備制度理事会(FRB)副議長を歴任するスタンリー・フィッシャー氏に師事し、バーナンキ元FRB議長も同じ時期に学んでいた。

東京を拠点に長年にわたり活動する投資銀行家で投資家のイェスパー・コール氏は、学識経験者の起用は日本にとって重要な意味を持つとし、その理由として、日銀が財務省との旧来の対決を超越するチャンスが高まるためだとの見方を示唆する。植田氏には個人的にも権威の源泉がある。

過去の日銀総裁とは極めて異なり、植田氏は日銀出身でも財務省出身でもない。日銀出身の総裁の場合、自由な市場と日銀の独立性を支持する傾向があるのが典型的である一方、財務省出身の総裁は市場のコントロールと米財務省との緊密な協力を支持する傾向があった。植田氏はその代わり、日銀と日本の財務省の現役のトップ官僚の大部分にとって大学時代の先生であり、日銀と財務省が提案した政策措置の理論的な良い面と悪い面を双方に講義する立場にあった。植田氏は最も高位のリーダーに対しても、固有の制度的バイアスや知的柔軟性の欠如がもたらす意図せぬ結果を指摘することをためらわなかった。

日本の指導者は恐らく、イールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)解除というほぼ不可能とも言える課題に適任の人物を見つけたと考えられる。超ハト派的な姿勢から脱却し、物価安定に向けた黒田東彦総裁の長期にわたる闘いを終え、勝利宣言するための論拠は十分に整った。

これは、植田氏が直ちに引き締めに動く必要があるという意味ではないが、債券市場に積極的に介入して世界の金融政策にゆがみを引き起こす政策に疑問を投げ掛けるものだ。さらに、YCCがあまり持続可能ではないとの論拠は強力でもある。キャピタル・エコノミクスによる次のチャートは日本国債10年物利回りと10年のオーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)レートを比較したものだ。

両者が一致することは期待しないとしても、両者が類似し、同じ方向に動くことが期待される。YCCを断念する圧力は圧倒的と見受けられる。そして、YCC導入前のOIS市場と債券市場の関係が有効であるとすれば、日本国債利回りの急上昇に賭けるのが良いことになる。OISレートの上昇もYCCが長続きできないことを極めて直接的に示している。

日本国債の値下がりに賭ける取引は何年もうまくいかなかったため、戦争などで夫を亡くした女性が増えるという状況になぞらえ「ウィドウ(未亡人)メーカー」取引と呼ばれてきた。2016年に導入されたYCCを断念することになれば、そうした取引がようやく良いアイデアとなるだろう。それはまた、昨年の英国債急落以降、多くの人々の心配の種となっているような金融アクシデントのリスクを高める。植田氏は多くの精査の目に備えておいた方が良さそうだ。

(ジョン・オーサーズ氏は市場をカバーするシニアエディターでブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。ブルームバーグに移籍前は英紙フィナンシャル・タイムズに在勤し、Lex Columnの責任者やチーフ市場コメンテーターを務めました。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Uedanomics, or Japan Turns to a Mystery Sensei: John Authers(抜粋)

--取材協力:Isabelle Lee.

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