日本はいかにして「交通戦争」に勝利したのか?
2020年、東京・有楽町駅を通過する新幹線の高架線。Noriko Hayashi/Bloomberg

日本はいかにして「交通戦争」に勝利したのか?

2019年、日本の鉄道は、アメリカの人口が2.5倍であるにもかかわらず、アムトラックの13倍の旅客マイル(一人の旅客当たりの移動距離)を占めた。都市は密集しているため、あらゆる年齢層の多くの人々が歩くことを選択し、自動車に載ることは選択になっている。

ブルームバーグ

(ブルームバーグ) -- 8月中旬、米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)は、米国の交通事故死者の急増が続いていることを発表した。2022年第1四半期に米国の道路で死亡した人は推定9560人で、前年同期比7%増、第1四半期の合計では過去20年で最高となった。

交通安全の低下はコロナウイルス感染症に先行する傾向だが、パンデミックの混乱が米国での問題を悪化させたようで、ニューヨーク・タイムズのデビッド・レオンハートなどの観察者は、精神衛生上の問題とスマートフォン使用が原因であると述べている。「多くのアメリカ人が不満や不幸を感じており、それが運転に影響しているようだ」と最近書き、「交通事故死が増え始めたのは2015年頃...スマートフォンがユビキタスになったのと同じ時期」とツイートで付け加えている。

ストレスと携帯電話がこの危機を引き起こしているとすれば、なぜ他の多くの国々がそれを回避してきたのか不思議である。ほぼすべての先進国で、過去10年間に交通事故死が減少しているのに対し、アメリカは30%増加している。最近ブルームバーグ・シティ・ラボで書いたように、アメリカ人が事故で亡くなる確率はカナダ人の約2.5倍、フランス人の3倍にもなっている。

交通機関に対する革新的なアプローチで知られる日本との対比は、さらに際立つ(野球の監督がホバークラフトで球場に入るのを見られるのは、他にどこがあるだろうか)。2021年に交通事故で亡くなった人は、米国では43,000人近くいるのに対し、日本では3,000人未満だ。人口1人当たりで見ても、日本は人口10万人当たりわずか2.24人の死者で、米国の10万人当たり12.7人の5分の1以下である。

また、日本の道路はさらに安全になっている。2021年は、1948年の記録開始以来、どの年よりも交通事故死者数が少なかった。好景気と何百万人もの経験の浅いドライバーによって、年間死亡者数が現在の6倍となった1960年代とは大違いである。あまりに危険なため、日本ではこの現象を「交通戦争」と呼び、年間交通事故死者数が1894年から1895年にかけて起こった日清戦争を上回ると指摘している。

日本は今や交通安全のサクセスストーリーであり、特に米国と比較した場合、その差は歴然としている。ここでは、この島国から得た、国外でも通用するいくつかの教訓を紹介する。

鉄道で命を救う

1964年に世界初の新幹線を走らせて以来、日本は鉄道サービスの頻度、信頼性、速度で名声を博してきた。都市間を走る列車はとても速く、頻繁に運行されているため、車で移動する意味がないこともしばしばだ。大阪と東京の間には毎日32本の列車が走っており、その多くは332マイルの道のりを2時間半以内で走破する。車では6時間以上かかる。

アムトラックの最速列車「アセラ」でフィラデルフィアーボストン間を移動する場合、平日の運行本数は半分程度だが、少なくとも2倍の時間がかかる。新幹線のほかにも、日本の各都市を結ぶ鉄道網は充実している。

東京大学工学部教授の小口高は「家族で新幹線を使って長距離を移動する場合、自動車を使うよりもコストが高くなる」と指摘する。「それでも多くの日本人が電車を選ぶのは、システムがしっかりしているからです」。2019年、日本の鉄道は、アメリカの人口が2.5倍であるにもかかわらず、アムトラックの13倍の旅客マイル(一人の旅客当たりの移動距離)を占めた。

都市内の鉄道輸送も同様に素晴らしい。285の駅を持つ東京メトロの1日の乗客数は、ニューヨークの地下鉄の2倍以上だ。小さな都市も素晴らしいサービスを提供している。南部の150万人都市、福岡では、主要駅と空港を結ぶ地下鉄が数分おきに運行されており、所要時間はわずか6分である。

これだけ電車が走っていれば、日本では車を運転することは必須ではなく、むしろ選択肢のひとつになる。「日本では土地が限られているため、東京、大阪、名古屋などの大都市に住む人が多い」と小口は言う。「公共交通機関が発達しているため、自動車で移動することはあまりありません」。国民一人当たりの自動車保有台数は、アメリカ人が100人当たり84台であるのに対し、日本人は61台で、年間平均運転台数は3分の1程度だ。

また、日本の鉄道は非常に安全で、有名な話だが、新幹線はこれまで一度も死亡事故を起こしたことがない。それに比べれば、車の運転の方がはるかに命がけだ。多くの人が車を運転する代わりに電車に乗ることで、日本の鉄道は文字通り命を救っている。

路上駐車はやめよう

日本の多くの地域には、北米の都市では当たり前のようにある路上駐車がない。

日本では、自動車の所有者は、自宅や駐車場に自動車を一晩中保管する場所を確保したことを示す「車庫証明」を取得しなければならず、路上に放置することはできない。車庫証明にかかる費用や手間を考えると、自動車を所有することを躊躇し、交通機関や自転車など他の交通手段で移動することを促す。また、駐車場がないことで、商業施設や小売店が混在する、歩行者にやさしい街並みが形成される。

駐車禁止政策は、衝突事故に巻き込まれる可能性のある車を購入しないよう促すことで、間接的に道路の安全性を向上させる。さらに、駐車場がないことで、交差点でのドライバー、歩行者、自転車の視認性が向上し、日照時間の短縮につながる。

フィリピンの立法者たちも、日本のアプローチの利点に気づいているようだ。新たに提案された「No Garage, No Registration Act」は、フィリピン国民が自動車を登録する際に路上駐車の証明書を提示することを義務付けるものである。渋滞や公害で有名なマニラでは、渋滞や排ガスを減らすための賢明な措置であり、交通安全も改善されることだろう。

軽自動車のためのスペースを作る

車を運転する人のために、日本には都市生活に適したサイズの車がある。軽自動車は、米国のサブコンパクトよりかなり小さく軽い車種である。軽自動車は、アメリカのサブコンパクトよりかなり小さく軽い車種だが、規制によりサイズ、パワー、スピードが制限されている。典型的な現代車は、重量が約2,400ポンド、全長が約130インチで、アメリカのベストセラー乗用車、フォードF-150トラックより約4,000ポンド短く、100インチ短い。

ヨーロッパと同様、軽自動車は戦後の緊縮財政の時代に登場したが、日本では小さな車輪への嗜好が続いていた。軽自動車は、狭い道や狭い駐車場での移動に便利で、価格も1万ドルから2万ドル(政府の補助金で数千ドル安くなることも)と、フルサイズカーより手頃である。日本で販売される新車の約3分の1がこのセグメントに分類される。「軽自動車は、家族にとって2台目、3台目の車だ」と小口は言う。「個人的な日常生活では軽自動車を使うこともありますが、高速道路に持ち込むことはほとんどありません」。

安全面では、軽自動車はアメリカンスタイルのSUVやトラックと比較して、多くの利点がある。軽自動車は車重が軽いので衝突時の力が小さく、フロントがずんぐりしているのでドライバーの死角が少ない。また、乗員の安全性はフルサイズカーと同等であるという調査結果もある。

しかし、軽自動車は日本以外ではあまり見かけない。アメリカでは、車齢25年未満の車の輸入に関連する連邦政府による規制や、また州の陸運局では、軽自動車を取得するために必要な法的迷宮を通り抜けるには一部の熱心な人々の力を借りなければならないなど、規制のグレーゾーンに属している。

それでも、軽自動車は日本以外の国でも顧客ベースを見つけることができる兆しがある。2年前、フランスの自動車メーカー、シトロエンは、最高速度時速28マイル、価格6,000ユーロの「軽四輪自動車」であるプチ・アミを発表した。フランスの都市生活者は興味をそそられたようで、初日には数百台が売れたという。シトロエンは、都市部での展開を視野に入れ、この車を米国に持ち込みたいと言っている。

少なくともアメリカの自動車購入者の一部は、自動車を含め、あらゆるものを超大型化しようとするアメリカの伝統的な衝動を克服できる可能性がある。スマート・フォーツーや三菱i-MiEVなど、連邦政府の規制を何とかクリアして米国市場に投入された一握りの軽自動車は、購入者の間でヒットしなかった。しかし、入手できたものは、軽自動車やシトロエンアミよりはるかに高い価格で販売されている。だから、まだ軽自動車をあきらめることはない。

子どもたちに安全な街づくりを

日本人は個人より集団の利益を優先させる傾向があるとよく言われるが、それを裏付けるような研究がある。交通安全に当てはめれば、日本の交通安全教育キャンペーンが、米国では一般的に効果がないにもかかわらず、日本では事故を減らしているように見えるのは、このような志向が背景にあるのかもしれない。

文化はまた、日本の幼い子どもたちが頻繁に単独で旅行することにも一役買っているかもしれない。Netflixは最近、2歳の子どもたちが一人で市場まで歩いたり、5車線の道路を渡ったりといった困難に直面する番組「Old Enough!(はじめてのおつかい)」を通じて、世界中の視聴者とこのことを分かち合っている。スレート誌のヘンリー・グラバーが最近書いたように、「もしこの番組の舞台がアメリカだったら、両親は児童保護サービスの調査対象となり、子どもたちは里親に引き取られていることだろう」。

しかし、日本の子供たちがアメリカの子供たちよりもはるかに頻繁に学校や用事に歩いて行くのは、文化だけでは説明できない。インフラや規制が非常に大きな役割を果たしているのである。また、制限速度は都市部で時速40キロ、脇道で時速30キロと、北米の基準からすると低めである。都市部の道路は狭いので、ドライバーは自然と低速になる。また、都市は密集しているため、あらゆる年齢層の多くの人々が歩くことを選択し、ドライバーは彼らに遭遇することに慣れている。

アメリカでは、1969年には約41%の子どもが徒歩または自転車で通学していたが、2001年には13%に減少している。歩道や自転車専用道路が少なく、高速の幹線道路が多いため、米国の多くの都市や郊外の地域は、自動車に乗っていない子どもにとって危険な場所に変貌してしまった。

実際、このような道路は子どもだけでなく、あらゆる年齢のアメリカ人にとっても危険なのだ。サンフランシスコ市営鉄道の責任者であるジェフリー・タムリンがかつてツイートしたように、「私は子どものいない男だが、最も住みたい街は、女性が子どものために設計した街だ」。そのような場所は、より安全で、おそらくより楽しいだろう。

日本での旅行と同じような感覚を味わえるかもしれない。

David Zipper. How Japan Won its ‘Traffic War’.

© 2022 Bloomberg L.P.

翻訳:吉田拓史、株式会社アクシオンテクノロジーズ