MBAホルダーの経営者は業績を向上させず、賃下げで利益を増やしたがる

経営修士号(MBA)ホルダーの経営者は、業績を向上させないが、賃金をカットすることで利益を確保する傾向がある、と新研究は主張する。賃下げの受益者は株式市場の投資家である。経営学とは労働分配率を下げるための学問なのだろうか。


MITのDaron Acemoglu教授、メリーランド大学 スミス・スクール・オブ・ビジネスのAlex X. He助教授、コペンハーゲン大学のDaniel Le Maire助教授らの研究チームは、米国とデンマークの企業や労働者に関する詳細なデータを用いて、MBAや経営学部の学位を持つCEOが、そうでないCEOの後任になった場合の効果を調べた。

その結果、そのような学位を持つCEOが、雇用、生産、投資、生産性を、その企業が以前達成した水準と比較して増加させるという証拠は何も得られなかった。経営学修士を持つCEOが就任した場合の最大の変化は、異なる文化を持つ国であっても、賃金と労働者に支払われる収益の割合が低下することである、とAcemogluらの論文は結論づけている。

経営者の就任から5年以内に、米国では賃金が6%低下し、収益に占める労働者の取り分の割合も5%ポイント低下している。デンマークでは、それぞれ3%、3%ポイント低下した。

「むしろ、より広いステークホルダーを無視することで、長期的な収益性を損なっている可能性さえある。例えば、相対的な賃金が低下した後、より高いスキルを持つ従業員が退職する可能性が高いことが分かった」とAcemogluらはフィナンシャル・タイムズへの寄稿で述べている。

労働者の賃金と株主の利益が相対的に低下している理由は明らかである。MBAを持たないCEOが経営する企業は、収入や利益の増加を労働者と共有する。しかし、経営学を学んだリーダーが経営に携わると、このようなことはなくなる。賃金への影響は、業界が少数の企業に集中していればしているほど大きくなる。

MBAや経営学部の学位を持つ経営者がいることで利益を得るのは、株式市場の投資家のようだ。企業の収益性総資産利益率(ROA)の変化をものさしにすると、MBA経営者は企業の成長性や生産性を変えないため、労働者の賃金が下がれば利益は増えるはずだ。Acemogluらの研究は、経営者交代後のROAが米国で約3ポイント、デンマークで約1.5ポイント上昇することを示している。

利益の増大は株式市場価格の上昇につながる。MBA経営者就任が株式市場の評価に与える影響を調べた結果、就任後の株主リターンが有意に増加している事が判明した、とAcemogluらは主張している。

このようなMBA経営者の「効果」の理由の1つとして、、1970年に発表された経済学者ミルトン・フリードマンの「企業の社会的責任は利益を上げることである」という学説が残っていることだ、とAcemogluらは推定している。優秀な経営者が利益を上げるという考え方は、ビジネススクールや経済学部では一般的だ。

また、ビジネス学位取得者の大半は、互いに密接に交流し、ブルーカラーや事務職との接点が少ないことも要因の一つかもしれないという。CEOとして、従業員の視点に立つこと、従業員をステークホルダーとして考えることができないのかもしれない。

現在のビジネススクールの卒業生でCEOになる学生はごく一部である。「多くの学生は、他の管理職として働いており、ビジネススクールでのトレーニングはまったく異なる意味を持つかもしれない」とAcemogluらは述べている。

参考文献

  1. Daron Acemoglu & Alex He & Daniel le Maire, 2022. "Eclipse of Rent-Sharing: The Effects of Managers' Business Education on Wages and the Labor Share in the US and Denmark," NBER Working Papers 29874, National Bureau of Economic Research, Inc.