OpenAI、法人向け拡大を企図 日本支社開設を発表

OpenAIは東京オフィスで、日本での採用、法人セールス、カスタマーサポートなどを順次開始する予定。日本企業向けに最適化されたGPT-4カスタムモデルの提供を見込む。日本での拠点設立は、政官の積極的な姿勢や法体系が寄与した可能性がある。OpenAIは法人顧客の獲得に注力しており、世界各地で大手企業向けにイベントを開催するなど営業活動を強化。


OpenAIは4月15日、日本法人を登記し、東京にオフィスを開設したと発表した。米国本社のブラッド・ライトキャップ最高執行責任者(COO)が来日し、丸の内のパレスホテルで記者会見を開いた。

OpenAIは日本法人トップにAWSジャパン前社長の長崎忠雄が就任したことを公式に明らかにした。東洋経済オンラインは4月上旬、長崎がAWSを辞した後にOpenAIに入社したと報じていた。長﨑は、セールスと事業開発をリードし、併せて渉外、製品およびサービスに関する計画、コミュニケーション、オペレーションなどを担うチームを構築していく、とOpenAIは明らかにしている。AWSの日本拡大に功績のあった長崎の入社からは、OpenAIが米系テクノロジー企業が日本進出する際のテキストブックをなぞろうとしていることがうかがえる。

日本企業に日本語に対して最適化されたGPT-4カスタムモデルの提供を開始する見込み。このモデルは、数か月以内にAPIで広くリリースされる予定だ。ダイキン、楽天、トヨタコネクテッドのような日本の主要企業との協業を発表した。トヨタコネクテッド常務取締役の伊藤誠は「モビリティ業界は百年に一度の変化のとき。トヨタの一員としてカスタムChatGPTを様々なカイゼンに使っていきたい」と明らかにした。また、横須賀市は東京都や神戸市を含む21の地方自治体でChatGPTが導入され、ビジネスプロセスの自動化や公共サービスの生産性向上に貢献している。

長崎は「AIはクラウドコンピューティング、あるいはインターネットの登場に似ていると思った。ものすごく私たちの生活を変える可能性がある。しかし、それはお客様との話し合いを重ねながら浸透させていかないといけない。生成AIは始まったばかりで、この数年で大きく変わっていく」と語った。ライトキャップは「AIはクラウドコンピューティングにまつわる革命を形成するのを助ける。これは完全に新しいコンピューティングの手法であり、人々にとってコンピューティングシステムとつながる新しい方法だ」と語った。

日本がアジア初の拠点の座を得た背景には、様々な指摘がある。日本の著作権法は、著作権物をAIの訓練データに利用する際に有利とされている(*1)。Sakana AIのような日本に拠点を置くAI企業も登場した。OpenAIの渉外担当のバイスプレジデントであるアナ・マカンジュは、自民党による「AIホワイトペーパー」や、昨年末のG7広島サミットで岸田首相の主導のもとに策定され、初の国際指針となった「広島AIプロセス」に言及した。

世界で法人向けの攻勢

OpenAIは、ChatGPTの人気爆発以降、収益源の多様化を模索しており、法人向けが収益の重要な部分になると期待しているようだ。ライトキャップはChatGPTの企業向けバージョンである「ChatGPT Enterprise」と「ChatGPT for teams」のユーザー登録が60万人を超えたと明かした。

同社はChatGPTやGPTを含む各種API(下図)の初期の市場参入に関しては、かなりスリムな営業・マーケティング組織でこれを実現することに成功したようだ。AIのセンセーションはビジネス界の注目を集めるのに寄与し、恐ろしく効率的なサブスクライバーやAPI利用者の獲得を助けた。これは、B2Bの要素を含む製品の市場参入戦略として、あまりにも画期的なことだった。

しかし、最近、法人向けのチームを拡充し、世界規模での法人顧客獲得の姿勢が鮮明になっている。ライトキャップが4月中旬にブルームバーグに対して話したところでは、OpenAIの従業員数は1,200人に上る。昨年のリーダーシップをめぐる混乱の際、従業員数は730人で、その殆どがリサーチャーかエンジニアとされた。おそらくビジネスサイドの雇用が拡大しているのではないだろうか。 OpenAIの営業本部長(head of sales)で、ブライトキャップの直属の部下であるアリサ・ローゼンタールは2月、米メディアVentureBeatに対し、同社のGo to Market組織(営業、インサイドセールス、カスタマーサクセス、マーケティングを含む)は150人程度で構成されていると話していた。

米大手クラウドベンダーは、巨大な営業組織を持ち、多くの製品を顧客に売る傍ら、生成AIの営業にも取り組んでいる。水平的なアプローチだ。これに対し、OpenAIは「AI市場」という一点に狙いを定め、垂直的に価値の高い市場を開拓しようとしている。OpenAIは、革命的な成功を収めたが、規模が意味を持ちやすい法人向けのカテゴリでどのような勝ち筋を見つけるのか興味深い。

OpenAIが莫大なAI開発・運用費用を合理化できるセールス目標のしきい値はどこにあるだろうか。訓練に使う、NVIDIAのGPUはどんどん高くなり、電気消費量も大きく、データセンターでは冷却に特別なシステムが必要だ。一方、LLMはOpenAIが提唱したスケーリング則(モデルを大きくすればするほど性能が改善する法則)に基づいて巨大化しており、より多くの計算を必要としている。

OpenAIには他にもSoraのような大量のGPUを必要としそうなプロジェクトがある。OpenAIを黒字にするにはどのくらいの収益規模が必要だろうか。大手企業に対する「パッケージ販売」は、同社が持つ複雑な経済性を解くための鍵かもしれない。

営業攻勢はすでに始まっている。OpenAIは、4月に入ってサンフランシスコ、ニューヨーク、ロンドンでフォーチュン 500企業(フォーチュン誌が発行する世界中の会社を対象とした総収益ランキングの上位500社)の経営幹部を招き、法人向けAIサービスを売り込むイベントを開催した、とロイターは報じた。各イベントでは、サム・アルトマンCEOとライトキャップが、ChatGPT EnterpriseやAPI、新しいテキストから動画への変換モデルなどのプロダクトデモを行った。金融、ヘルスケア、エネルギーなどの業界の潜在顧客に対し、コールセンター管理や翻訳など、様々な用途を強調した。

一方、OpenAIの最大の投資家であるMicrosoftとの利害関係は今後の焦点となる可能性がある。MicrosoftはAzureを通じてOpenAI製品へのアクセスを提供し、OpenAIのモデルを搭載した生産性ツールMicrosoft 365 Copilotを販売している。そのため、すでにMicrosoftの顧客である企業から、わざわざChatGPT Enterpriseを契約する必要があるのかという質問が出た、とロイターのKrystal Huは書いている。これに対し、アルトマンらは、OpenAIチームと直接連携でき、最新モデルへのアクセスやカスタマイズの機会が得られるとメリットを訴えた、とされる。

OpenAIの営業活動は幅広い。英フィナンシャル・タイムズによると、OpenAIはハリウッドで、パラマウント、ユニバーサル、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーを含む主要映画会社と会合を開き、同社のビデオ生成技術Soraを紹介した。

他方、出版メディア業界とは複雑な関係に直面している。独メディア最大手Axel Springerとは、同社の所有するメディアが発行した記事の要約をChatGPTが提供する契約を結んだ。一方、ニューヨーク・タイムズは許諾なく自社の記事をデータ元としたとしてOpenAIを提訴した。記者会見でも、新聞記者がデータセットに関する質問を行う一幕があった。

アルトマンが進めるグローバルゲーム

一方、アルトマンは、非常にスケールのでかい世界的な戦略を進めているようだ。過去数ヶ月の間に、機械学習用チップを製造するための専用チップファブのネットワークを構築するために、業界の大手企業から数十億〜数兆ドルの出資を募っている、とブルームバーグは報じた。UAEは人工知能への投資に特に熱心で、多額の資金を投入するとの見方もある。アルトマンは、ソフトバンクグループ、Microsoftなどを含む業界大手から出資を求めてきたようだ。

記者会見にビデオメッセージを寄せたサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)。撮影:吉田拓史

日本はこれらの国際的な動きの中で、どのような位置取りをしているのだろうか。OpenAIの支社設立は、新たなハイテク産業を探し続ける日本にとって、重要なインパクトになりうるだろうか。

脚注

*1:他者の著作物を訓練データとして使用する際、日本の著作権法第30条の4により、一定の条件下で著作権者の許諾なく利用可能である。ただし、著作権者の利益を不当に害する場合は許諾が必要となる。出典:西村あさひ法律事務所「生成AIにおける法律問題―著作権編」(2023年4月28日号)