中国でRISC-Vチップ企業が百花繚乱

要点

中国でRISC-Vチップ企業が百花繚乱だ。米中対立、NvidiaのArm買収、中国政府の国産化方針、大手テック企業のチップ内製化方針と市場環境のすべてが中国企業のRISC-Vへの投資を促している。


TikTokの親会社であるバイトダンス(字節跳動)は9月下旬、ハイエンドRISC-Vチップを開発する新興企業、睿思芯科(Rivai)の投資ラウンドの投資家の一人となったと報じられた。

Rivaiは、IoTデバイスや人工知能(AI)アプリケーション向けのRISC-Vプロセッサを設計するファブレスだ。チームの85%以上がR&Dスタッフで、全員が半導体企業で深いチップ開発の経験を持ち、バークレー、スタンフォード、カーネギーメロンなどの名門校出身。

Rivaiのチームはフラッシュメモリーとハードウェアアクセラレーターの分野で20件以上の特許を持ち、AIハードウェアの分野で2017年にAIconics Best Innovation Awardを受賞した製品「Pure FlashBlade」の開発を主導し、現在はテスラやメルセデス・ベンツF1レーシングチームなどで採用されている。中国のRISC-Vチームの中でも、最も経験豊富なチームの一つであることは間違いない。

Rivaiは設立以来3年間で、RISC-Vアーキテクチャをベースとしたハイエンドのプロセッサコアを開発し、共同開発、自社開発チップ製品、技術サービスの提供など、さまざまな方法で商業的な実装を完了してきた。

Rivaiの製品群は、高効率で低消費電力のチップを幅広くカバーしている。現在発売されているPygmyは、シングルコアの32ビットマイクロコントローラ(MCU)で、家電製品の相互接続やバッテリー駆動など、効率的で低消費電力のIoTシナリオをターゲットにしている。

Pygmy by Rivai
複数のテスト・プラットフォームでORV32コアの性能を比較したところ、ORV32はDhrystoneで46%、CoreMarkで18%と、同種のRISC-Vチップの中で最も高速なチップを上回っているという。2020年7月時点

Rivai創業者のZhangxi Tanはカリフォルニア大学バークレー校の出身で、RISC-Vの創始者であるDavid Pattersonのもとで、RISC-Vの創設メンバーの一人として活躍した。

Tanは今年2月に別企業の大型売却を成功させた工学研究者兼起業家でもある。米国の自律走行企業Aurora社は2月にLiDARチップ企業であるOURS社を1億ドルで買収したが、このOURS社の創業者もTanなのだ。

Zhangxi Tan. Photo by Chiara Coetzee (Public domain)

2018年、Tanは深圳に戻り、OURSの事業とチームのチップ部分を中国に持ち帰り、Rivaiを設立した。OURSの売却後、TanはAuroraに参加せず、現在はRivaiに集中しているという。

バイトダンスの投資先は他にもある。同社は今年1月、RISC-V命令セットアーキテクチャをベースにAI専用アーキテクチャのプロセッサ開発に取り組む希姆计算(Strema Computing)社にも出資した。

同社はRISC-Vベースのニューラルネットワーク(ディープラーニングに用いるソフトウェアプログラム)専用コア「NeuralScale」を開発。希姆计算の「P920」は、「32個のNeuralScaleコアを搭載し、TSMC 12nm FinFETプロセス技術を用いて、1.0GHzのクロック周波数で256TOPS(INT8)および128TFLOPS(FP16)のピーク性能を達成した」と主張されている。

様々な深層学習に利用される畳み込みニューラルネットワーク(CNN)や自然言語処理(NLP)の両方のタスクで最先端の推論性能を達成できると同社は主張」ている。

加速する「脱Arm」

中国科学院コンピュータ技術研究所(ICT CAS)は、2021年6月22日~24日に中国で開催されたRISC-Vの国際会議・RISC-V World Conference China 2021で、 Armの「Cortex-A76」に迫る性能を持った「XiangShan」が発表した。

XiangShanは中国科学院の研究員であるバオ・ユウンガン氏と25人の学生からなる研究チームが開発したCPUで、TSMCの28nmプロセスで作られた試作品は最大1.2~1.3GHzで動作するとのこと。

2021年中にSMICの14nmプロセスを利用して最大2GHzで動作する試作品が作られる予定で、最終的にはCortex-A76と同等の性能を発揮することを目指している。最適化されたXiangShanは、Arm社の最上位Cortex-A76プロセッサコアと互角に渡り合うことができ、しかもオープンソースのライセンスで提供されるという。

ただ、「Armキラー」と呼ぶには時期尚早のようだ。開発者のYinan Xuは、プロジェクトのドキュメントの中で「XiangShanは現在6つの問題を抱えているので、XiangShanの効率はCortex-A73のそれには及ばない」と書いている。

「RISC-Vの開発者は、RISC-Vアーキテクチャをハイパフォーマンスコンピューティングに導入する計画を発表した。地に足のついた反復的な最適化が必要だ。アジャイル開発の目的は、コーナーを追い越すことではない。インテルやアームが長年にわたって蓄積してきた経験を、我々もゆっくりと蓄積していく必要がある」

しかし、XiangShanとArmの違いは、性能ではなく、ライセンスにある。Chiselハードウェア記述言語(HDL)で記述されたプロセッサの設計は、ライバルのHDL Verilogよりも効率性が高いとされており、その設計は公開されている。

そのため、XiangShanを使って、独自の改造や拡張の実験から物理的なチップの製造・販売まで、思いのままに加工することが可能だ。これまでのところ、XiangShanチームは独自の商業化の計画を公表していないが、Beijing Microcore Corporationと商業科に向けて提携しているとされる。

IPビジネスの興隆

ArmのようにRISC-VチップのIPをライセンスするビジネスモデルも立ち上がろうとしている。上海のRISC-Vチップ設計会社であるNuclei System Technology(芯来科技)社は、2021年6月、 1億人民元(約1,550万ドル)を超えるシリーズBをクローズした。地元メディアの報道によると、今回の資金調達は過去1年間で3回目。同社の支援者には、国有企業である中国電子科技集団やスマートフォンメーカーのシャオミなどが含まれている。

芯来科技は、 RISC-VコアIPの開発、中国におけるRISC-V市場とエコシステムの成長に注力している。IoTアプリケーション向けに、超低消費電力のRISC-VコアIP N100、N200、N300シリーズのプロセッサIPとオプション機能を提供している。

Image by 芯来科技.

芯来科技は、Armサーバーチップを提供するMarvellのベテランであるHu Zhenboによって2018年に設立された。Huは2018年に開催されたフォーラムで、中国はチップ設計の "自給自足" を実現しており、中国の半導体産業を悩ませている真の問題は "ISAの不在” であると語っている。

アリババとテンセント

テンセントとアリババも中国の半導体の主要な投資家になりつつある。その投資先にはRISC-Vを扱う企業も含まれている。

代表的なのはアリババの子会社、平头哥半导体有限公司(T-Head)だ。アリババは平头哥が開発したXT910がこれまでで最も強力なRISC-Vプロセッサであると主張している。同社は昨年のHot Chips 2020カンファレンスで、プロセッサの概要、ArmのCortex-A73(高性能モバイルデバイス向けに設計されている)との比較、そして同社が将来的に何を計画しているかを外部向けに説明した。

今年春頃の報道では、T-Headは中国のRISC-Vコミュニティの重要なハブになっていることがわかった。同社はチップ設計図や開発ボードを中国の半導体企業に共有し、すでに「20億個」の同社設計をベースにしたチップが生産されたという。

アリババがRISC-Vチップに投資する理由
国際情勢に影響を受けないクラウドビジネスの構築
アリババ、XT910を「RISC-V最先端チップ」と主張
Alibabaは、XT910がこれまでで最も強力なRISC-Vプロセッサであると主張している。同社は先週開催されたHot Chips 2020カンファレンスで、プロセッサの概要、ArmのCortex-A73(高性能モバイルデバイス向けに設計されている)との比較、そして同社が将来的に何を計画しているかを外部向けに説明した。

中国がRISC-Vに投資する背景

中国のRISC-Vチップへの需要は、AI / IoT時代において、企業ごとのチップに対するニーズも大きく変化していることに由来している。従来、チップはX86やARMアーキテクチャが主流で、IPライセンスの制限が厳しく、企業ごとに異なるニーズに応じてカスタマイズを完成させることが困難だった。

PCやモバイル時代には、多くの製品のチップの機能要件はあまり変わらなかった。 AIoTが徐々に私たちの生活に入り込むにつれ、さまざまなIoTデバイスは消費電力やサイズに敏感になり、アプリケーションはより「特化」したものになり、包括的ではあるがエネルギー集約型の複雑なチップを必要とせず、カスタマイズへの要求も高くなる傾向にある。 RISC-Vの命令セットは、性能向上のためにカスタマイズすることができる。

RISC-Vのカスタマイズ性、合理性、効率性、低消費電力などの特徴は、このような変化するニーズに適している。

昨年6月、AppleはWWDCにおいて、より効率的で低消費電力かつ適応性の高いソフトウェアとハードウェアのエコシステムを構築するために、独自のArmアーキテクチャに徐々に移行していくことを正式に発表した。より多くの企業が、自社の製品やニーズに合わせた独自のチップを求めているが、無駄がなく、オープンソースでレスポンスの速いRISC-Vは、まさにそのような可能性を秘めているだろう。

これまでのX86やARMアーキテクチャのような高額なライセンス料やカスタマイズの難しさとは一線を画し、オープンソースのアーキテクチャは、サムスンやクアルコムなどの大企業から、あらゆるスタートアップ企業までがチップ開発に利用している。 業界では、RISC-Vが「ハードウェアのLinux」になる可能性があると考えられている。

そしてもう一つ指摘しないといけないのが、米中経済戦争によって、中国企業が、欧米企業製の半導体チップやIPの継続的な利用に不安を抱える状態になったことだ。ArmがNvidiaに買収されるとなると、主要なアーキテクチャの支配者が米国企業となり、ArmのIPが中国企業に対して停止された際、中国のエレクトロニクス産業全般が重大なダメージを負うことになる。このため、中国企業は「ハードウェアのLinux」に頼り、チップ設計の国産化を目指している。