CBOEが導入する「スピードバンプ」は高頻度取引を弱体化するか

シカゴ・オプション取引所(CBOE)グローバル・マーケッツは6月傘下の現物株市場「EDGA」でスピードバンプを導入する予定だと発表した。

スピードバンプとは、駐車場内を走行中の自動車のスピードを減速させるための工作物。証券取引においては、売買の注文に数百マイクロ秒の遅れを意図的に設け、取引のスピードを制限する仕組みのことを指す。高頻度取引による極端な値動きを防ぐ役割をもち、ダークプールで一部導入されている。

スピードバンプを用いた意図的に遅い市場メカニズムや、DPO(Discretionary  Pegged Order)という執行価格に関して取引所が一定の裁量を有する注文タイプは『フラッシュ・ボーイズ』で脚光を浴びたブラッド・カツヤマ氏率いるIEX(Investors Exchange)が導入したことで注目を浴びた制度である。(DPOについては今回は触れない)。

EDGAに導入されるスピードバンプでは、EDGAに送信された注文は、オーダーブックにある注文と取引する前に4ミリ秒待機しないといけなくなる。 CBOEは高頻度取引(HFT)業者が先回りして好ましい価格で取引できるようになる前に、マーケットメーカーにオーダーブック上の注文の価格を変更する十分な時間を提供するのが、スピードバンプ導入の目的だとその声明で明らかにしている。

これはある程度、業界の主要な流れになるかもしれない。5月には米商品先物取引委員会(CFTC)がインターコンチネンタル取引所(ICE)に対し、金と銀の取引で3ミリ秒注文を遅らせるスピードバンプの導入を承認している。

HFTがしていること

スピードバンプの導入の背景は、HFTのダウンサイドが、取引所が容認できないほどの異常なレベルに到達したことだと考えられる。取引所は、取引高と手数料収入を増加させるため、HFTを「エコシステム」として許容していたように見える。一応「彼らは流動性をもたらし市場の効率性を担保する存在である」という「説明」は存在した。

この記事を読んだところだと、HFTのダウンサイドはこの二点のようだ。

  • HFT業者が設備投資をすると他のマーケットメーカーが追随せざるを得ないという「軍拡競争」になる
  • HFT業者はリスクをとることなく儲かるので市場に「勝者総取り」の傾向をもたらす

このままではHFTにカモられ続けてきた市場参加者が自信を失い「取引所」の機能が壊れてしまう、という恐れが取引所にあったのは想像に難くない。

HFTが極限の一線を越えつつあることをいろいろな人に示したのが、Bloomberg Business WeekのNick BakerとBryan Gruleyによる記事だったようだ。最近のトレンドは光速に限りなく近い「マイクロ波」による通信である。

  • 彼らはシカゴのCMEのデータセンターに最も近接したポジションにマイクロウェーブタワーを建設している。データセンターの真横だ
  • CMEのデータセンターの周辺はマイクロ波でデータをサーバーに送るための「アンテナ戦争」になっている
  • HFT業者シカゴのCMEのデータセンターとNYSEデータセンター、Cboeデータセンター、ナスダックのデータセンターを結ぶマイクロ波伝送のプライベート回線を引いている

このマイクロ波による通信は光ファイバーよりも速い。2014年に出版された『フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち』で、マイケル・ルイスはSpread Networksと呼ばれるスタートアップが山を掘り、駐車場を引き裂いてニュージャージーとシカゴのトレーディングセンターを結ぶ最もまっすぐな光ファイバー回線を敷設した方法について説明している。Spreadのサービスが2010年にデビューしたとき、シカゴからニュージャージー州カーテレットのNasdaqデータセンターへの取引を7ミリ秒未満(ミリ秒は1000分の1秒)で執行できた。言い換えれば、ラインは光速度の約3分の2でデータを移動したということだ。

Spreadの技術は、光の約99%の速度で空中でデータを運ぶことができるマイクロ波無線通信に取って代わられた。光ファイバ回線のガラスまたはプラスチックが信号をわずかに妨害する一方、マイクロ波は空気による障害が少ないため、より高速なのだった。また、米国にはマイクロ波アンテナを収容できるセルタワーが点在していることも理由の1つであるため、マイクロ波ネットワークは通常、ファイバー回線よりも少ない作業とコストで構築できる。Spreadは同社のネットワークの立ち上げに約3億ドルを費やしたが、同社がZayo Group Holdings に1億3100万ドルで売却されたことに明らかなように、その有用性を失っていた。

「離散時間取引」と「バッジオークション」

以前のブログではシカゴ大学教授のEric BudishとJohn Shim, ケルン大学教授のPeter Cramtonの「離散時間取引」と「バッジオークション」の提案を取り上げた。

中断が挟まれない連続時間取引では「早いもの勝ち」が原理原則が働く。「ピックオフ(牽制アウト)」や「スナイプ(狙撃)」と呼ばれるクラックが横行している。だから「連続時間取引」をやめてしまえばいい。つまり、一定間隔で区切って「断続的」に取引を約定させるルールに代えようというわけである。これを「離散時間取引」と呼ぶ。

Budishらはさらに踏み込んで、指定された「取引タイム」において封印入札(バッチオークション)を導入すべきであると主張する。現行の取引は板で他者の取引を知ることができ、他者の入札を見て自分の入札を変えるという戦略性が生まれている。封印入札によりそれを防ぐことができるのだ。

市場設計を連続時間(continuous-time)から離散時間(discrete-time) に変更すると、超高速の利点が大幅に減少する。連続時間市場では、わずかなスピードの優位性(約0.001秒)が常にレースに勝つのに十分な情報の優位性を提供している。Budishらが他の研究者と行った調査では、米国の市場間の価格差はミリセカンドで消失することが明らかであり、HFTが最適化の余地のないほどの最適化をしていることが証明されている(上記のマイクロ波のプライベート回線で)。

証券市場で採用されるオークションは、複数の売り手と買い手の受給をすり合わせる「ダブルオークション」である。バディッシュたちが念頭においているバッチオークションは、ダブルオークションの代表例である。バッチオークションが導入されるのならば、Aさんは最初から最低ラインの売り指値(リザーブプライス)を出しておけば「先回り」「頭ハネ」の被害を最小化することができる。

結論

スピードバンプは先回りを防ぎ、HFTの優位性をそぐ有効な施策のようにみえる。ただ、それは公正な取引をもたらすまでには至らないかもしれない。離散時間取引の封印入札は有効な手法なのではないか。

Image: "Open Outcry 3"by yuan2003 is licensed under CC BY-NC 2.0

参考文献

Nick Baker, Bryan Gruley, 2019年3月8日, ”The Gazillion-Dollar Standoff Over Two High-Frequency Trading Towers”

マイケル・ルイス『フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち』

スコット・パターソン 『ウォール街のアルゴリズム戦争』

Philip Stafford, MAY 30, 2019, Financial Times"Futures exchanges eye shift to ‘Flash Boys’ speed bumps"

Alexander Osipovich, WSJ, July 29, "More Exchanges Add ‘Speed Bumps,’ Defying High-Frequency Traders"

Eric Budish, Peter Cramton, John Shim ”THE HIGH-FREQUENCY TRADING ARMS RACE: FREQUENT BATCH AUCTIONS AS A MARKET DESIGN RESPONSE”

Eric Budish, Peter Cramton, John Shim"Implementation Details for Frequent Batch Auctions: Slowing Down Markets to the Blink of an Eye"