ArmがQualcommを訴えた理由

ArmがQualcommをライセンス利用方法をめぐって訴えた理由は、QualcommによるCPU設計の内製戦略がロイヤルティ収入を低下させるのを恐れたためだという観測が浮上している。NVIDIAの買収を防ぐロビー活動への仕返しだと見る向きもある。


Qualcommが提出した文書によると、Armはサーバーやその他のコンピュータを製造するOEMパートナーは、Armから直接ライセンスを取得する必要がある、とQualcommに対して伝えたという。 通常、ArmはNVIDIAやQualcommなどのチップメーカーにアーキテクチャ設計と関連IPをライセンスし、チップメーカーは、そのチップを使ってサーバーやPCのようなデバイスを製造する、OEMに販売する。OEMは、この場合Apple、Samsung、Huaweiのような企業を指す(半導体業でのOEMの意味は自動車業界などとは異なる)。

10月26日に公開されたQualcommの裁判所に対する回答では、Armは2024年以降、技術ライセンス契約(TLA)に基づいてQualcommや他のチップ企業にCPUの設計をライセンスすることはなくなると主張しているという。Qualcommは83ページに及ぶ反論で、ArmがQualcommのOEMパートナーに対して、ArmとQualcommとの間のライセンス条件について「嘘をついている」と、主張している。

Qualcommの回答については、SemiAnalysisのDylan Patelによって最初に報じられた。Patelは、ArmがArmベースのSoCに外部のGPUやNPU(Neural processing unit)、命令セットアーキテクチャ(ISP)を許可しないようにしていることを示している、と書いている。Armは事実上、他のIPをCPU IPにバンドルして、それを変更不可能な条件にしようとしているようだ、とPatelは分析している。

Strategy AnalyticsのアナリストであるSravan Kundojjalaは、Qualcommが毎年販売する3億5,000万~4億個のチップセットのうち、Armコアを使用しているもの1個につき平均約80セントをArmに支払っていると推定している。QualcommがこれらをNuviaのPhoenixコアに置き換えた場合、ロイヤリティの支払いをおそらく40~50%節約できるという。

近年のトレンドとして、AppleやAmazon、Google、Tesla、Alibaba、Tencentのような企業や雨後の筍のように現れている新興チップ企業が、チップの開発競争を行っている。これに呼応して、テクノロジー業界では、チップ設計者の人材流動性はかつてなく高くなっている。いくつかの顧客は、Armのライセンスを包括的に取得するより、部分的な取得にとどめて内製を志す傾向を強めている。これはArmがこれまでライセンス料を徴収できた部分を侵食しており、ビジネスの脅威と言える。

RISC-Vという代替手段が次第に強くなるに従って、顧客はArmの機嫌を損ねることを余り恐れなくなっているかもしれない。実際、RISC-Vでドメイン固有なチップを開発しようとする新興企業が米中で雨後の筍のように増えている。Qualcommも「RISC-VコミュニティにおけるArm」の役割を果たす新興企業SiFiveの出資者である。そして、今回のような訴訟はQualcommがRISC-Vへの移行を急ぐ理由を作る側面がある。すでに社内にそのような移行に取り組むエンジニアリングチームが秘密裏組織されていても不思議ではない。

SiFive: RISC-Vチップの設計企業
RISC-Vコミュニティの牽引役

「OEMとの直接のライセンス契約」は現実的な提案なのだろうか。Patelは、Armの訴訟意図を、Armがロイヤルティを増やそうとしているか、それともNVIDIAへの事業売却をめぐってQualcommが行ったロビイングへの意趣返し、と推定している。

ただ、この訴訟は両刃の刃である。訴訟は、Qualcommが買収した新興企業Nuviaのライセンスの取り扱いをめぐって始まった。これは、AppleのM1チップの成功に関与したNuviaのチームが、X86陣営に対して様々なカテゴリでArmチップのシェアを広げようとする挑戦に水を差している。ライセンシーを自らの意図に従わせるため、自らの利益を毀損している側面があるだろう。

アームのクアルコム提訴は不合理:対抗馬RISC-Vへの移行を早めるか
英半導体大手Armによる米半導体大手Qualcomm提訴は、Armアーキテクチャの市場シェアを拡大しようとするQualcommの試みを頓挫させる不合理な梯子外しだ。QualcommにはArmの対抗馬RISC-Vに投資するインセンティブが生まれた。

QualcommはArmが敵対して旨味のある相手なのか怪しい。QualcommはArmの最大級の顧客で、Cortexを採用したチップを売りまくっているからだ。調査会社のStrategy Analyticsによると、昨年、Qualcommは、Armベースチップの最大の販売者だった。スマートフォン、ノートパソコン、タブレットに使用されるArmベースのチップ351億ドル相当のうち、Qualcommが120億ドルを販売したと推定されている。これは、AppleがArmの設計図を使用してMacBookやiPad用に設計したMシリーズの110億ドルをわずかに上回っている。

少なくとも、Armのこの急進的なライセンス条件の変更はすべての顧客に適用される可能性は少ないのかもしれない。Patelは、AppleとNVIDIA、Broadcomはいい条件のライセンス契約を交わしているという。一方、Qualcommと同じようなArmのライセンスの使い方を行うMediatekやSamsung、そして、彼らのOEMは、Armが何を考えているか恐れる必要がありそうだ。