アルファベットがトロントの「未来都市」から撤退

本記事は5/15のAxion Tech Newsletterで公開されたものです。Newsletterの購読はこちらから。

要点

Alphabet(アルファベット)が所有するSidewalk Labsはトロントの「未来都市」の計画から撤退した。スマートシティの分野で中国の独走となる可能性がある。日本のトヨタとNTTの「Woven City」が追いつくことができるか。

保守派の押し戻しで暗転

Sidewalk Labsは、経済の不確実性とトロントの不動産市場が苦境に陥っていることを理由に、トロントでのスマートシティ開発プロジェクトを断念したと、同社の共同創業者でCEOのDan DoctoroffがMediumに投稿した。

トロントの12エーカーの開発は、スマートシティ技術の約束を証明するものとして機能することを意図していた。Sidewalk Labsは「気候に優しい」「手頃な価格」「公共交通機関に優しい」コミュニティというビジョンを構築するために、39億ドル以上の資金提供を約束していた。

しかし、2019年にSidewalk Labsは、プライバシーを心配する地元住民からの批判を受け、その計画を縮小せざるを得なかったとカナダのThe Globe and MailのJosh O'Kaneは書いている。地元テレビ局TVOのJohn Michael McGrathは、米国人とカナダ人の文化の違いが響いたことと、2018年の地方選挙でSidewalk Labsに懐疑的な保守派が勝ったことなどを背景に指摘する。

Sidewalk Labのトロント開発の中止は、自治体が予算を削減する中、北米のスマートシティへの支出が減少することを示唆している。

長期的に米国の都市では富の二極化が進展している。一部の高スキル/高所得者にとっては好ましいものの、高卒以下の人にとっては、戦後のアメリカが表現したような「アメリカの中流」の繁栄を約束しなくなり、不動産価格が高騰し、インフラへの投資は滞り、低所得者は医療にアクセスできない。かつて「クリエイティブ都市」ともてはやされた大都市は、クリエイティブな人をギグワーカーとして搾取し、郊外では中年男性がオピオイド依存症による「絶望死」を遂げる。

スマートシティはこのような現状を変える潜在性を持っていたため、撤退は米国の都市の未来に暗い影を落とす結果となった。Sidewalk Labsの挑戦はトロント以外で模索されるだろう(日本の都市も名乗り出てみるのもいいと思う)。

Sidewalk Labsとは

Sidewalk Labsは、先進的な都市デザインと最先端のテクノロジーを融合させ、都市生活を根本的に改善することを目指す会社だ。2015年の設立以来、当社はニューヨークとトロントを中心に100名以上の従業員を擁する組織に成長した。私たちの学際的なチームは、不動産、都市計画、政府、金融、テクノロジー、エンジニアリングなどの専門家で構成されている。

彼らがトロントで成し遂げようとしていた数多のことのなかから興味深い2つを紹介してしてみよう。

生成的デザイン Generative Design

都市計画は建築家、エンジニア、ビジネスが混ざり合う非常に時間を要するものだった。建築家はある種のソフトウェアを使って太陽光をシミュレートし、エンジニアは別のソフトウェアを使って道路を計画し、不動産開発業者はスプレッドシートで経済学をモデル化するなど、今日では、計画チームの様々な専門家が別々の分析を行うことがよくある。

これらの課題を解決するため、Sidewalk Labsは独自にジェネラティヴ(生成的)デザインツールを開発している。チームは機械学習を活用した「コンピュテーショナル・デザイン」で数百万、数十億もの包括的な計画シナリオを生成する。これらの異なるシナリオが主要なQOL(生活の質)指標に与えるあらゆる影響を評価し、コミュニティの優先順位を最もよく反映した選択肢のセットを作成するのに役立つ。

たとえば、2 x 2のブロック(街区)では、コミュニティは3つのプライオリティ、オープンスペース、日当たり、密集を設定したとしよう。生成的デザインツールは、数千の開発計画を生成し、その結果、当初の(人間が行った)開発計画を大きく上回る計画を3つも提案した。生成的デザインツールは、計画におけるさまざまな変数間のトレードオフを評価するのに役立つ。コミュニティが優先事項を決め、その結果生成された有望な計画から選べばいいため、彼らが計画に参画するのを助けることになるだろう(この動画がわかりやすい)。

Open space — 45.3%、Daylight access — 49%、Total gross floor area (GFA) — 1,513,144 square feetの開発シナリオ例。Source: Sidewalk Labs.

現代的な木材による建築 Pmx

現在、木材は「マス・ティンバー」と呼ばれる新しい耐火性のあるスーパーウッドの形で、建材として新たな可能性に復活している。マス・ティンバーが気候変動との戦いに貢献する可能性を強調している人もおり、また、デベロッパーはマス・ティンバーの建築部品がいかに効率的な工場生産に適しているかに興味を持つ。

Sidewalk Labsはこの建材で35階建ての高層ビルを作る計画を進めていた。35階建てのマスティンバーのプロトモデルであるPMXの性能を把握するために、チームは同規模の従来のコンクリート建築物と比較してどのような性能を発揮するかをモデル化。PMXはコンクリートの約2.5倍の軽さがあり、風の解析をしたところ、PMXは40階建てや50階建ての建物のような反応を示していることがわかった。

PMX外骨格システムは、建物のファサードを横切る大きな木の梁で構成されています。建物の外部にブレースを移設することで、全体的にがっちりとした壁や間仕切りを設けるのではなく、外骨格システムは内部の間取りを開放し、より高い高さではるかに多くの使用可能なスペースを可能にした。

木材の外骨格は、床板の効率を最大化するという点で、他の構造システムよりも優れたパフォーマンスを発揮した。(イメージはマイケル・グリーン・アーキテクチャー、ゲンスラー、アスペクトによる)。Source: Sidewalk Labs

中国がスマートシティのリーダーに

中国の大手テック企業テンセントは、テンセントは、深セン市銭海湾にある約81万平方メートルの埋立地の利用権を取得した。深セン宝安国際空港の南14キロの敷地に、クラウド技術、医療技術、教育技術、スポーツ技術に特化した施設を開発する権利と、ホテル、学校、アパートなどを開発する権利に関連して、合計85.2億元(12.1億ドル)を市に支払うことで合意した。

建築事務所が提案した深セン市銭海湾の開発計画

大手テック企業アリババはアリババクラウドの製品として「シティブレイン(City Brain)」プロジェクトを推進している。杭州市では、シティブレインは、交通渋滞の防止や緩和を目的とし、市内の1,000以上の道路信号を調整しながら、リアルタイムで情報を分析する。本製品は他の中国のいくつかの都市で利用されており、2018年にマレーシアの首都クアラルンプールで導入された。

シティブレインは都市視覚知能エンジン(CVIE)や天慶(Tianqing)などの製品から構成される。CVIEは、先進的な画像・映像処理技術とコンピュータグラフィックス技術を駆使して、都市の視覚データの価値を集約、分析、インデックス化、発掘するための都市規模の人工知能インフラストラクチャを構築する。交通、セキュリティ、都市建設、都市計画、電力スケジューリングなどの実務問題の解決を支援する。天慶(Tianqing)は総合的な大規模ビジュアルコンピューティングソリューションを提供する。

中国の都市では、交通だけでなく、高いレベルのサーベイランス(監視)による犯罪の検挙や抑止が実行されている。監視カメラによる顔認識のほか、各種のコネクテッドデバイスを利用した包括的な監視には、市民の自由と厚生のトレードオフ、という深い懸案があり、中国は厚生を選んでいる格好だ。これについてはこのブログで触れている。

トヨタの「ウーブン・シティ」

トヨタ自動車は、2020年1月に開催されたCES 2020において、人々の暮らしを支えるあらゆるモノやサービスがつながる実証都市「コネクティッド・シティ」のプロジェクト概要を発表した。2020年末に閉鎖予定のトヨタ自動車東日本株式会社 東富士工場(静岡県裾野市)の跡地を利用して、様々なパートナー企業や研究者と連携しながら、実証実験を進めることを決定した。トヨタ自動車は、この街を「Woven City」(ウーブン・シティ)と名付けている。

「Woven City」のイメージ。出典:トヨタ自動車

都市のマスタープランでは、道路利用の指定を3つのタイプに分けている。それは、高速車専用、低速・パーソナルモビリティ・歩行者の混在、歩行者専用の公園的な遊歩道、である。「これら3つのタイプの道路が有機的なグリッドパターンを形成し、自律性のテストを加速させる」とトヨタは説明している。

この都市は、二酸化炭素排出量を最小限に抑えるために、日本の伝統的な木材の接合方法とロボットによる生産方法を組み合わせて、建物のほとんどが木材で作られており、完全に持続可能な都市になるよう計画されている。

日本でも3月にトヨタとNTTによる業務資本提携の中心が「スマートシティ」である。NTTは、革新的な技術によってスマートな世界を実現するIOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)構想を提唱してきた。

中国のスマートシティとは異なる独特なアプローチを日本勢ができるかが、重要な焦点になりそうだ。