タイガー・グローバル、超攻撃的VCの台頭

要点

世界がベンチャー投資ブームに沸く中、超攻撃的な投資家が脚光を浴びている。タイガー・グローバルだ。調達した資金を即座に非上場テクノロジー企業に投下する戦略は、業界の時計の針を数倍に加速させている。


世界は未曾有のベンチャー投資ブームに沸いている。CB Insightsの報告書によると、2021年上半期のベンチャー投資額は2924億ドルで、2020年通年の3,026億ドルに迫っている。

このブームの中で脚光を浴びているのが、ニューヨークのヘッジファンドであるタイガー・グローバルだ。タイガーはシリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)と異なり、上場・非上場の垣根を飛び越えるクロスオーバーファンドとして知られている。先週のニュースレターで紹介した、企業価値376億ドルのフリップカートがまだ足腰が立っていない段階で収益の3~4倍に相当する企業価値で投資ラウンドをリードしたのがタイガーだ。

同社の投資のペースは衝撃的だ。Pitchbookのデータによると、今年はすでに170件以上のスタートアップ企業へのベンチャー投資を行っており、これは2020年全体での合計の2倍以上になる。タイガーは、これらの資金調達の半分以上、つまり週に約3件の案件でリードインベスターを務めている。CB Insightsによると、第2四半期単体で、タイガーは81件の投資を行っており、これは「毎営業日1.3件のペース」である。

タイガーは20年近くにわたり、中国やアメリカのテクノロジー企業を支援してきた(特にFacebookへの投資)。Tech Chrunchが入手したタイガーの投資家向けレターによると、過去に運用した12本のファンドの総内部収益率(Gross IRR)は32%、純内部収益率(Net IRR)は24%。これは同種のVCファンドの2倍にあたる。

同ファンドのポートフォリオは現在、400社を超えており、その中には、暗号通貨取引所のCoinbaseやゲームメーカーのRobloxなど、昨年最も注目を集めた新規株式公開を行った企業も含まれている。

FTが入手した投資家への手紙によると、タイガーは、3月に約67億ドルのファンドを調達した後、6月までに資本の大部分を投資していた。100億ドル規模の新ファンドは、早ければ10月にも資金の受け入れを開始する予定だ。ソフトバンクの1,000億ドル規模のVision Fundには及ばないかもしれないが、それでもVCの基準からすれば非常に大きな金額だ。

タイガーの驚異的な資金調達の速度は、同社がテクノロジー投資に莫大な市場機会を見出していることに起因する。FTによると、タイガーは、マーケティング資料の中で、テクノロジー企業の可能性が世界的に拡大しており、経済生産の中で大きな割合を占めるようになっていることを強調している。同社は6月に投資家に向けて、未上場テクノロジー企業投資の市場機会を「一貫して過小評価していた」と述べている。半年前のデータでは市場機会は3兆ドルとされていた。現在は5兆ドルに近いという。

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他社を圧迫する高回転戦略

タイガーの戦略について、米VCのファウンダーファンドのプリンシパルであるEverett Randleはニュースレターでこう語っている。「タイガーはこの2年間で、『最大の展開速度』と『創業者のためのより良い、より安い、より早い資本』をベースに、ベンチャー/グロースにおける全く独自の投資プラットフォームを開発した」。

「最大の展開速度」とはどのようなものだろうか。

通常、シリコンバレーのファンドは2〜4年をかけて金主から集めた資金を未上場企業に注入する。長期に渡るデューデリジェンスと慎重な投資先の選別によりリターンの最大化を目指している。

ただし、2〜4年のタイムラグにはダウンサイドがある。それは金主から集めた後、どの未上場企業にも投下されていない資金は、証券口座で眠ったままのお金と同じでリターンを生み出さないことだ。これは、通常のアセットクラスよりも高い期待リターンが想定されているVCファンドにとっては愉しくない。しかし、速度を重視した軽率な投資は、リターンの低い投資先を増やしかねないため、必要経費のように考えられている。

タイガーの最新の戦略はこの課題を解決する柔軟性を表現しているかもしてない。タイガーは金主から調達した資金は即座に未上場企業に注入する。これにより、お金は眠ったままにならず、すべての資金がリターンを生み出す状態に置かれる。

タイガーはこの戦略を実行するために業界の旧弊を無視することがある。VC側が、資金調達活動を行っていないスタートアップ企業に連絡し投資提案をすることは、投資家側の交渉力を低下させるため、シリコンバレーの文化ではご法度とされていた側面があったが、タイガーは意に介さない。

この戦略の問題は投資の成功率だ。急いで執行した投資の成功率が低ければ、元も子もない。公開企業と比べ、未上場企業の投資はとても複雑だ。WeWorkやグリーンシル、カテラ、オヨのような案件が頻繁に生まれるファンドは、タイガーの戦略を真似ることはできないだろう。

この点をタイガーはシステマティックに新興企業を評価する手法を確立しているとされている。インドのような大量の資本を投下している地域でも、事務所には数人の専門家を配置するのみだ。

Randleはタイガーは最低限の期待リターンを定め、それを上回ることを目標とし、他のファンドのようにリターンの最大化を必ずしも目指さない、と説明している。タイガーは資本の回転をリターンよりも重視しているようだ。

タイガーは最近調達した60億ドル超のファンドの大半を市場に投下し、いま100億ドルを調達しようとしている。他のファンドがタイガーよりも少ない資金を数年がかりで投資している間に、タイガーはもっと大きなファンドを何本も立ち上げ、即時的に市場に流通させる。

他のファンドは圧迫されているように感じるだろう。タイガーの戦略が「攻撃的すぎる」か否かを精査するには8年程度の時間が必要になる。それまでは、タイガーは輝かしいファンド成績と世界的な金余りに背中を押され、資金調達と投資を繰り返すことになるだろう。

うまい、やすい、はやい

次に「創業者のためのより良い、より安い、より早い資本」とはどのようなものだろうか。

通常のVCは社内の階層を通じて、段階的な意思決定を行う。投資の意思決定には少なくとも4週間程度かかるのが一般的だとされている。複数のVCと交渉するのが常であり、4週間以上かかった上で投資が実現しない場合もある。

スタートアップ企業は大きなサンクコスト(埋没費用)を積み上げないといけないことを意味する。これは、大量のマネーで競争が激化した現在のテクノロジー業界にはマッチしておらず、創業者が資金調達活動だけに時間をとられ、本業にタッチしなくなるケースもしばしばあり、新興企業側のストレスになっている。

Randleは「ほとんどのVCの売り込みは、ファンドがスタートアップに提供する様々な分野の付加価値を中心に行われるが、実際にはファンドはほとんど、あるいは全く実際の価値を提供していない」と書いている。サン・マイクロシステムズの共同創業者の一人で、後にKhosla Venturesを設立したビノッド・コースラは「95%以上のVCがゼロの価値しか産まない。70〜80%のVCは、スタートアップにマイナスの価値を与えている」という有名な言葉を残している。

これに対し、タイガーはデューデリジェンスのプロセスが軽く、時には1回のミーティングと損益計算書やすぐに入手できる財務データを使って1日で完了する。タイガーは、時間の無駄だと考えて取締役会への出席を求めない傾向があるが、企業の業績を判断するための指標が増えてきたおかげで、投資先については十分に把握しているという。

タイガーはシリコンバレーのライバルではなく、コーチュ・マネージメント、インサイト・パートナーズといったニューヨークの競争相手に遅れをとらないことを重視している。彼らはいわゆる「効率厨」でコミュニティ内の「暗黙の規則」のようなものへの配慮が薄い。

タイガーのようなクロスオーバーVCの台頭は投資家と起業家のパワーバランスの変化をもたらしている。これまでは投資家が優位に立っていた。新興企業の創業者たちは、お金だけでなく、最高のVCが提供してくれる貴重なアドバイスを求めて、サンドヒル・ロードを巡礼していた。

しかし、パンデミックが起こった。Zoom会議の浸透は投資対象が簡単に国境を飛び越え、投資プロセスを高速化させた。投資交渉に関連する度重なるミーティングや前時代的な儀式が簡略化される傾向がある。加えて、2020年の各国の量的緩和と財政出動のペアにより、世界はマネーの洪水が起きている。プライベート資本市場に流入する資金は増加の一途をたどっており「そのお金をスタートアップが受け取るか」が重要になったのだ。

タイガーの戦略は新興企業のニーズに適っている。このような選ばれやすいお金を高回転で提供することで競合の陣地を獲得することができるだろう。もちろん、セコイア、アクセル、アンドリーセン・ホロウィッツのようなプレイヤーも同様の戦い方にシフトしている。彼らが市場から押し出そうとしているのは、従来型のやり方にとらわれる小型のファンド群だろう。

タイガー・マネジメントの系譜

タイガー・グローバルの性質を知る上で重要な手がかりは、この会社は伝説的なヘッジファンドのひとつであるジュリアン・ロバートソンのタイガーマネジメントの系譜を継いでいることだ。

タイガー・グローバルは、2001年のドットコムブーム破綻後に株式投資を目的としたヘッジファンドを設立するために資金を調達し、不運な形でスタートした。当初は「タイガー・テクノロジー」と名付けられたこのファンドは、急成長している上場企業への投資を目的とした。

当時25歳だったコールマンは、1647年からオランダのニューネーデルラント植民地総督を務め、ニューヨーク市の初期発展に残した功績が評価されているピーター・ストイフェサントの子孫。1997年にタイガー・マネジメントで働く始めた。彼がタイガー・グローバルを立ち上げた時、タイガー・マネジメントから支援を受けていた。このようなロバートソンの弟子をタイガーカブ(子トラ)と呼ぶ。自らのファミリーオフィスであるアルケゴスの信用取引で200億ドルを失い、世界の注目を浴びたビル・フアンもタイガーカブとして知られている。

信用取引で2兆円をふっとばしたビル・フアンもまたタイガーマネジメントの系譜。そのアグレッシブさがわかる。via https://www.youtube.com/watch?v=RX25Qf-uQ9s

親のタイガー・マネジメントもまた攻撃的な投資姿勢で知られている。そのルーツから、コールマンは同世代の中で最も強気なテクノロジー投資家の一人となった。今年のフォーブス誌では、コールマンの純資産を103億ドルと推定しており、これは師匠であるロバートソンの2倍以上にあたる。

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