"Web3ゴリ押し"で岸田政権のスタートアップ予算を狙う皮算用に疑問符

岸田政権が数兆円のスタートアップ支援策を策定するさなか、元MITメディアラボ所長の伊藤穰一を旗手とするWeb3の宣伝が再び活性化した。補助金の恩恵に預かるためだろうか、でかでかと掲げられたその誇大広告は、その実態と乖離している。


一時期は致命傷を負い、消滅するようにも見えたWeb3のハイプ(誇大広告)が昨年11月頃、再び勢いづいた。

その口火を切ったのはNTTドコモだ。11月初旬、ドコモはWeb3領域に今後5〜6年で5,000億~6,000億円を投資すると発表した。具体的には、ウォレット、暗号資産交換、トークン発行などの基盤技術をアクセンチュアとともに開発するという。

不運なことに、発表の直後に米暗号資産取引所FTXが破綻するという大惨事が起きた。FTX破綻がエンロン事件を超える「米史上最大の金融詐欺事件」になりうることが明らかになっていったが、それでもWeb3の広報活動は熱心に続けられた。

三菱UFJ銀行(MUFG)が11月21日に開催した「MUFG Innovation Forum」は、「web3で世界は大きく変わる/大企業はweb3にどう向き合うのか」と題され、デジタルガレージのチーフアーキテクト伊藤穰一が、米ベンチャーキャピタリストJoel Monegroが2016年に書いたブログ「Fat Protocols」で示した”独創的”なメモ(下図)の亜種を披露した(伊藤のメモはソフトバンク傘下のIT情報誌ITmediaに掲載されている)。

Joel Monegroのブロックチェーンではプロトコルレイヤーが大きくなると主張するメモ。数秒でかけそうな図で人々を説得できるとしたら、なんて楽なのだろうか。出典:Joel Monegro.

メディア・キャンペーンも再び活気づいた。11月28号の日経ビジネスの特集「Web3の正体 始まった『デジタル独立運動』」では、コンピュータ科学の見地から遠く離れた「次世代インターネット」のナラティブ(語り)が、再び繰り広げられた。ここでも伊藤が登場し、「Web3時代はアーティストの 『株主兼ファン兼友人』になれる」とトークンエコノミーやDAOを宣伝している。

12月には、フォーブス・ジャパンが「業界の最先端をいく27歳」ともてはやすWeb3起業家の渡辺創太が、WIRED日本版への寄稿で「海外のプレイヤーが牽引するWeb3に追随するのでなく、日本という社会にちゃんとアダプションするような日本らしいWeb3のあり方を模索していくべきだと思う」と書いている。時代の寵児たる渡辺の発言は、MUFGのイベントでの伊藤の発言と符合するものである。欧米圏ではWeb3、暗号通貨の評判が墜落したが、日本をそこから切り離すことがロビイング・グループの合意事項になったのかもしれない。

大企業や投資家界隈がスタートアップ関連資金を

Web3ハイプの再浮上が繰り広げられている最中の11月下旬、岸田政権は「スタートアップ育成5か年計画」をまとめたと発表した。政権は、スタートアップへの年間投資額を2027年度に10兆円規模に拡大し、将来的にスタートアップを10万社創出する目標を設定した。

日本国内のスタートアップの数が1万社(20年)、投資額は3,000億円程度(21年)にとどまり、欧米や中国、インド、東南アジア、南米に大きく水をあけられている現状を踏まえると、妥当性の高い政策と言えるだろう。

岸田政権のスタートアップ投資「5年で10倍」目標は小さすぎる
岸田政権はスタートアップ投資を「5年で10倍」に増やす目標を立てているが、10倍に増やしても2021年のインドの投資額に及ばない。目標はもっと高く設定されなければならないはずだ。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のリスクマネー供給の動向も注目を集めている。資産総額の5%を上限として、上場株や債券以外に投資する「オルタナティブ投資」枠があり、この一部がスタートアップに流れる可能性が取り沙汰されている。200兆円規模のGPIFのひとかけらは、まだ黎明期にある日本のスタートアップ業界にとって、あまりにも巨大だろう。

ハイプと支援策の策定が時期を同じくしているのは偶然だろうか。ハイプの背景には、産業政策を一手に引き受けようするグループの思惑があってもおかしくない。Web3は大手企業がスタートアップに向けられる予算を手に入れるための格好の大義名分のように映る。

日本で独特の進化を遂げたWeb3(以下、日本版Web3)のナラティブの中で、都合のいい仮想敵として利用されているのがGAFAだ。先述の日経ビジネスの特集でも「GAFAのようなプラットフォームを倒す、人民のためのWeb3」という錦の御旗が使われている。

しかし、この論理は実態と隔絶している。日本版Web3は主に暗号通貨とブロックチェーン技術の広範な応用を指していると私は理解している(暗号通貨がからまないと投資家がエグジットしづらい)が、ブロックチェーンは暗号通貨という魔法から離れると、ほとんど役立たずだ。提案されるユースケースのほとんどにおいて、ブロックチェーンよりも著しく効果的な代替案が多数存在する。開発者が製品を作るときに、ブロックチェーンを選ぶ理由を見つけるのは至難の業である。それはどうあがいても「次世代インターネット」ではない。

暗号通貨におけるブロックチェーンの魔法すらも怪しいものだ。ブロックチェーンの分析によって、ビットコインは、その非集中化の主張とは裏腹に少数の採掘者による寡占支配が続いてきたことが明らかにされている。Web3ブームの重要な基盤の1つと考えられたEthereumでも少数支配は同様である。最近のアルゴリズムの変更によって、採掘者からバリデーター(検証者)へと姿を変えた大口保有者は、採掘の高いコストから解放され、より容易にネットワークを支配し、共謀してチェーンをクラックできるようになった。なぜ、これまでクラックされていないかと言うと、彼らにとってネットワークが壊れないほうが経済的利益があり、そのための共謀が成立していることが大きいようだ。しかし、価格が下がり続けると…。

概して暗号通貨は大口保有者に有利になっており、大口保有者が利益を上げ続けるには、高値づかみする新規参入者が必要になる。これは、ポンジ・スキームと言われる。Web3とゲーム業界に関するブログでも指摘したが、この分野では何もかもがポンジ・スキームに化けてしまうように見える。DAOもトークンエコノミーだって、すでにそうなっている例(猿の絵の会社のNFTやDAOは典型的だ)がある。

ゲーム業界もWeb3を見限る 富者と貧者の分断がゲームの楽しみを壊す
Web3は「持てる者」と「持たざる者」にプレイヤーを分断し、ゲーム本来の楽しみを破壊すると懸念されている。すでに業界での熱は冷え、ゲーマーと開発者からは蛇蝎のごとく嫌われていると言ってもいいだろう。

テクニカルな説明をしてほしい

日本版Web3は、誤りを指摘されたり、実現可能性が潰えたりするたびにぐにゃぐにゃと柔軟に姿を変えてきた。最初のうちは米ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツのストーリーを基調としていたように見えたが、Ethereumの協同創設者ギャビン・ウッドのWeb3.0とも混ざり、ワールド・ワイド・ウェブの発明者ティム・バーナーズ・リーのWeb3.0をも取り込み、日本の理想主義的な社会思想・哲学ともなぜか融合し、ヒッピー・ムーブメントの現代版とも婚姻している。

このネットデマはその実態がどこにあるのかわからないのだ。

ただし、日本版Web3がビジネスや投資と手を組んだときには、揺るがないハイプの柱があるように見受けられる。それは「Web3が『次世代インターネット』を形成する」という主張である。

私はこのハイプの最初期を観測していたのかもしれない。日本の最も影響力のあるWeb3唱導者である伊藤穰一は「ブロックチェーンは『インターネットの次』」という超飛躍的な主張を6年前から続けているようだ。2016年7月のデジタルガレージの年次イベントの「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2016 TOKYO」では、伊藤がブロックチェーンについてインターネットのアナロジーとして説明したところ、「日本のインターネットの父」とも言われる村井純・慶應義塾大学教授が、「私はJoi(伊藤の相性)のアナロジーには乗れない」と諌めた場面があったのを、当時会場で取材していた私は覚えている。

インターネットの次、ブロックチェーンの基盤を固めるとき:伊藤譲一氏、村井純氏らが指摘 | DIGIDAY[日本版]
研究機関がブロックチェーンの安全性を確かめることで、仕組みとして好ましい非中央集権が実現すると伊藤氏は語っている。ブロックチェーンはインターネットが世界中に行き渡った社会の新しい基盤になるか。
2016年6月、東京都千代田区の会場で講演するMITメディアラボ所長(当時)の伊藤穰一。撮影:吉田拓史

伊藤のプレゼンテーション能力は素晴らしい。誰もが労せずしてそれを理解したような気分になれる。しかし、それは理解とは本質的に異なるものだ。MITの教授だった人物が技術的な側面を無視するのは、眉をひそめざるを得ないだろう。この類まれなプレゼンテーション能力の結果、多くの人々が誤った方向へと導かれている。まるでハーメルンの笛吹き男のようだ。

日本版Web3のロビインググループはこれまで、日本のメディアパワーを存分に使って、誤った情報を大規模に流通させるキャンペーンを続けてきた。ここまでしたのだから、Web3に関連した投資をすでに実行し、一蓮托生となっている伊藤やその他大勢には、Web3を「次世代インターネット」と説明するのに足る、テクニカルな説明を公の場で行う義務があるのではないだろうか。それは、群衆をその気にさせるマーケティング・ストーリーではなく、その実現可能性についてテクニカルな人たちを説得できる、テクニカルな説明でなければならない。

インターネットの数あるアプリケーションのほんの一つに過ぎないブロックチェーンでは、どうあがいてもインターネット自体を作り直すことはできないはずだ。「Web」を用語に使ったのもミスリードを誘っている。「Web3はワールド・ワイド・ウェブではない」とティム・バーナーズ・リーもご立腹だ。

それでも、次世代インターネットを作ると言い張るなら、オーケー、まずインターネットの物理層からやらないとダメだろう。光ケーブル網、あるいはアンテナや衛星、気球によるワイアレスネットワークの構築から始めてほしい。GAFAの独占を打倒する技術だと言うなら、GAFAが資金を拠出した海底ケーブルの使用はぜひとも避けてもらわないといけない。GAFAがその構築に貢献した通信プロトコルの使用も避けないといけない。分散型アプリケーション(Dapps)の開発の際には、ぜひともGAFAのクラウドを使うのも避けてほしいし、GAFAの技術者が作ったライブラリやフレームワークを使うのも禁止だ。

もうお分かりの通り、暗号通貨、ブロックチェーン、NFT、DAOはインターネットを置き換えないし(むしろインターネットに完全に依存している)、ハイパースケールデータセンターとモバイル、パーソナルコンピュータを基点に整えられた大量の技術群の代替にもならない。

こう考えると、かつて非難の対象となった公共事業はなんと素晴らしいことか。建設投資は鉄道や電気系統から雇用まで有用なものを人々に提供し続けている。それに比べて日本版Web3は、我々に何をもたらしてくれるのだろうか。1つだけ確実なものがある。時間とカネの無駄だ。


追記

本稿では、ハイプされている日本版Web3に照準を合わせている。ブロックチェーンと分散化技術、ピア・ツー・ピア、エンド・ツー・エンド暗号化等で現状の慣行を変えようとする「硬派なWeb3.0」の一部は含んでいない。技術を作り、それで社会を前進させようとする試みは素晴らしいことだと私は考えている。