ソフトウェア定義自動車への険しい道のり

自動車がソフトウェアによって制御されることでビジネスが抜本的に変化することは、業界関係者の共通認識になっている。だが、それを実現する力はこれまで自動車業界にはなかったものだ。各社は試行錯誤を繰り返している。


10月初旬、フォルクスワーゲン(VW)は百度のディープラーニングのベテランが設立した地平線機器人(Horizon Robotics)と合弁会社を設立し、24億ユーロ(約3,500億円)を投資する見通しと報じられた。

VWのソフトウェア会社であるCARIADは、Horizon Roboticsとの合弁会社に60%出資することになる。この取引は、規制当局の承認を経て、2023年前半に完了する予定だ。

VWは6月、同社のソフトウェアプラットフォーム「VW.OS」の1コンポーネントとしてカナダ・ブラックベリーが手掛ける車載OS「QNX」を採用したと発表した。この取引では、ブラックベリーは、「QNX OS for Safety 2.2」を含むQNX技術を CARIADにライセンス供与する予定だ。

これらの動きは、VWが方針転換をしたことを示している。VWは前CEOであるヘルベルト・ディースがしばしば言及してきたテスラのやり方であるソフトウェアの内製にこだわってきた。

ディースの退任の理由の一つとして、CARIADが作成したソフトウェアの品質が悪く、顧客からの多くの苦情が寄せられたことだ。タッチスクリーンのフリーズから、顧客がオフにすることを選択したバグだらけの運転支援機能まで、ソフトウェアは不具合に満ちていたという。ディースはソフトウェア専門部隊を設置し、この技術の重要性が増していることに会社全体を集中させることには成功していたが、完成形への道すがらの段階で解任された。

「自動車業界の人間ではソフトウェア開発を指揮できない」 VW CEOの更迭理由
フォルクスワーゲン(VW) のCEOの退任は「自動車業界の人間ではソフトウェア開発を指揮できない」という多くの自動車会社が抱える課題を浮き彫りにするものだ。ソフトウェア化は一朝一夕で成就するはずもなく、テスラに追いつくまでにはかなり時間を要するのかもしれない。

「現代のソフトウェアは、既存のスキルを継続的に開発するのとは異なり、まったく新しい分野の能力をゼロから構築する必要がある」とカリフォルニア州パロアルトに拠点を置くApex.AIのCEO兼共同創業者であるヤン・ベッカーは説明している。

自動車メーカーがブレーキやステアリングなどのシステムをサプライヤーから購入し、その中にすでにソフトウェアが含まれていた時代とはやり方が異なっている。以前は、ソフトウェアの専門知識は、自動車メーカーではなく、主にサプライヤーにあった。自動車の設計とソフトウェアの設計は不可分となっており異なる体制が求められている。VWだけでなくすべての自動車会社がこの課題に取り組んでおり、苦戦の兆候を漂わせている企業は多くある。

日本では、VWと同じようにソフトウェア専門部隊を持つトヨタがこの種の試みをリード。複数の自律走行車(AV)企業に分散投資するなどの方法で、未来の変化をヘッジしている。

トヨタがグーグル的文化を採用しソフトウェアエンジニアを獲得した経緯
トヨタのウーブン・プラネットはマッサージスペース、ガラス張りの部屋、そしてベイエリアの雰囲気を取り入れている。乗用車が約3億行のコードを必要とする時代に、自動車会社はソフトウェアエンジニアを求めていることの現れだ。

ソフトウェア主導の変革は、あらゆる産業で起こっている。コネクテッド・サービスは数十年前から提供されており、今日のプレミアム車には、すでに最大1億5,000万行のソフトウェアコードが搭載されており、100もの電子制御ユニット(ECU)や、センサー、カメラ、レーダー、光検出・測距装置(LIDAR)などの数多くのデバイスに分散して搭載されている。電動化、自動化、コネクティビティという3つの強力なトレンドが、顧客の期待の形を変えつつあり、メーカーはそれらに対応するためのソフトウェアへの依存度を高めている。

このような搭載する半導体がハイエンド化し、ソフトウェアによる集中的制御が行われる、現代的な自動車を「ソフトウェア定義自動車(Software-Defined Vehicle: SDV)」と呼ぶ。これは、完全にソフトウェアによってオペレーションを管理し、機能を追加し、新しい機能を実現する自動車のことであり、AVはSDVの完成形と言えるだろう。さらにAV同士やIoT機器、中央交通コントロールシステム、配車システムなどと接続することで、より重層的で複雑な大規模コンピューティングを行う都市のようなビジョンも見えてくる。

テスラでは、OTA(Over-The-Air)アップデートによる電池の持続時間の延長、自律走行機能の導入など、ソフトウェアを中心としたイノベーションが評価を高め、ブランドとそのメーカーに対する熱烈な支持を集めている。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)のAlex Kosterらは「この動きはOEMのバリューチェーン全体で数十億ドル、車両1台あたり最大7,500ドルを節約し、新しい販売とサービスの収益化の機会への扉を開くと見込んでいる」と書いている。

ユニークなデータセットへのアクセスは次世代の自動車会社の主要な差別化要因になる。車載ソフトウェアとセンサーは、膨大な量のデータを生成する。ドライバー、環境、車両に関する最も適切な洞察を得ることができた自動車会社は、効率性の向上や、保険、アフターセールス、モビリティサービスなどの新しいビジネスモデルによって、大きな利益を得ることができる可能性がある(実際、テスラはこれらに手を出している)。

ソフトウェア定義自動車は電動化の夢を見る
ソフトウェア定義自動車(Software-Defined Vehicle)とは、自動車がハードウェア中心の製品からソフトウェア中心の電子機器へと変化しつつある中で、主にソフトウェアによって機能が実現された自動車のことを指す言葉だ。

SDVはEVとの相性がいい。電動化のプロセスは、単に内燃機関を単純なモーターに置き換えるだけではない。各コンポーネントには、ソフトウェアで調整可能な幅広いパラメータが付属している。駆動トルクからマシンビジョンアルゴリズム、インフォテインメントシステムに至るまで、ソフトウェアの設定によって調整や再構成が可能だ。上述したソフトウェアアップデートを繰り返す価値提供方法には、内燃機関や油圧部品が排除されたEVのほうが都合がいい。

これにより、自動車メーカーは莫大な効率性を得ることができる。購入した機能を有効にするためのソフトウェアの迅速なアップデートに頼って、すべての車両に同じドライブトレインを提供することができる。

チップ企業側からのSDVスタックの整備は猛スピードで進んでおり、自動車メーカーは彼らとの協業や、AVに関しては依存が現実的な選択肢になるだろう。

自動車メーカーはNVIDIA依存を避けられない?
多くの自動車メーカーは高度な自律走行の要請に対して、NVIDIAのチップとソフトウェアのバンドルを選択せざるを得なくなっている。一握りのトップランナーだけがチップの独自開発で「NVIDIA税」を回避しようとしている。

NVIDIAは9月、GTCでDrive Orinに代わる次世代車載SoC、Drive Thorを発表。Thorは1秒間に2,000兆回の演算(TOPS)を処理でき、Orinの8倍の速度に相当するそうだ。NVIDIAはすでに、中国の自動車会社ZeekrとDrive Thorの最初の提携を発表している。Qualcommも対抗策としてSnapdragon Ride Flex SoCを発表。インフォテインメントシステム等では実績を積み重ねてきたQualcommだが、先進運転支援システム(ADAS)、AVが絡むハイエンド車載半導体ではチャレンジが始まったばかりだ。