英国の医療サービスをAI対応にする方法[英エコノミスト]

英国の医療サービスをAI対応にする方法[英エコノミスト]
Unsplash+ License

英国の公的医療制度の中心には矛盾がある。国民保健サービス(NHS)は、英国人の健康に関する膨大なデータを作成し、保持している。このシステムにより、パンデミック時の試験のように、コロナの治療法を発見した世界最先端の研究が可能になった。あなたは、人間の健康増進に彼らのモデルを役立てようと躍起になっている人工知能(AI)開発者にとっては、宝の山だと思うかもしれない。しかし、これを開発者当人に聞けば、彼らは目を丸くして、なぜすべてが見かけほどバラ色ではないのかと言うだろう。

というのも、誰がどの薬を服用し、どのような結果が得られたかといった臨床試験に役立つ表データは、スキャン画像やゲノムのような、患者に関するより多くの情報を持つ機械学習モデルの学習に最も役立つデータとは異なるからだ。この種のNHSデータの多くは混乱しており、患者を治療する医師には役立つが、コンピューターに入力することを望む開発者には役に立たない方法で整理されている。そのようなモデルに適したものにすることは、NHSがまだ取り組んでいない課題である。現在進行中の膨大なデータ収集のように、リッチなデータを整理しようとする者にとっては、ゼロから始める方が簡単な場合が多い。

NHSの豊富なデータをAIに開放するために、その管理者と政治家は3つの原則に目を向けるべきである。清潔さ、比較可能性、同意。清潔さとは、豊富なデータをAI開発者が扱いやすいクラウドコンピューティング環境に置くことから始まる。病院や診療所も、機械用にデータセットを準備するインセンティブを高める必要がある。これまで成功してきたNHSのAIプロジェクトのほとんどは、献身的で知的好奇心の強い医師の意欲に頼ってきた。NHSと大学との連携を強化し、博士課程の学生がデータセットに簡単にアクセスできるようにすることも良いアイデアだ。

知的財産(IP)のライセンスについて、よりオープンなアプローチをとることも助けになるだろう。多くの場合、NHSは開発者の意欲を削ぐような険しく厳しい手数料や条件を要求する。全体像を把握し、クリーンなデータセットの構築にインセンティブを与えるために、より少額の手数料を受け入れるべきである。そうすれば、NHSの収益は比例して減少し、開発者にとっては大金持ちになる可能性があるが、長期的にはサービスと患者の利益になるだろう。また、イギリス国外で使用されれば、全体としてより多くの収入が得られるかもしれない。

データの比較可能性も重要だ。誰もがNHS番号を持っているが、スキャンデータはしばしば異なる場所で異なる方法で収集され、保存されているため、機械学習のための大規模なデータセットを作成するのが難しくなっている。NHSは、バラバラのデータセットをリンクさせる契約の勝者を発表する用意がある。これは助けになるだろうが、もっと多くのことが必要だ。例えば、同じ種類のスキャンは、スキャンプロセスの違いではなく、AIが健康のシグナルを検出できるように、十分に類似した方法で実施されるべきである。

最後の柱は同意だ。誰もが自分のデータをコンピューターに送らせれば誰もが得をするが、イギリス人はオプトアウトできるようにすべきである。政治家は、老若男女、黒人も白人も関係なく、すべての人が代表される膨大なデータセットの利点を人々に説得しなければならない。また、自分のデータが匿名化され、例えば保険会社によって不利益に使用されることがないことを安心させなければならない。

NHSに無駄な時間はない。提供される報酬は、より良い、より早い病気の診断と、より生産的で効率的なシステムである。待機者リストが長く、資金が逼迫している今、それは切実に必要とされている。データを多用した臨床試験における世界的リーダーとしてのNHSの地位は、急速にデジタル化を進める他国の医療システムからの厳しい脅威に直面している。たとえばアブダビでは、医療データを財団のモデルに取り込むことを検討しており、訓練されたモデルを世界に公開する可能性もある。コンシューマー・テクノロジー(スマートフォン、腕時計、そしてそれらに接続された機器)は、人体の内部を覗き見る能力を急速に向上させている。このような技術は、いつの日かNHSのスキャン能力に匹敵するようになり、アルゴリズムに基づいた医療を提供するための最も簡単で安価なチャネルとして、NHSを凌駕するかもしれない。

NHSのデータは、世界中の医療システムにAIツールをライセンス供与し、輸出産業を繁栄させる基礎となるかもしれない。しかし、もしイギリスがデジタル技術を一掃しなければ、オンライン検索やソーシャルメディアといったアメリカのデジタルサービスの受け皿になったように、イギリスも新しい医療技術の受け皿になってしまうだろう。それは機会損失であり、NHSのデータ優位性の終わりの始まりとなるだろう。■

From "How to make Britain’s health service AI-ready", published under licence. The original content, in English, can be found on https://www.economist.com/leaders/2023/10/19/how-to-make-britains-health-service-ai-ready

©2023 The Economist Newspaper Limited. All rights reserved.

翻訳:吉田拓史、株式会社アクシオンテクノロジーズ

Read more

AI時代のエッジ戦略 - Fastly プロダクト責任者コンプトンが展望を語る

AI時代のエッジ戦略 - Fastly プロダクト責任者コンプトンが展望を語る

Fastlyは、LLMのAPI応答をキャッシュすることで、コスト削減と高速化を実現する「Fastly AI Accelerator」の提供を開始した。キップ・コンプトン最高プロダクト責任者(CPO)は、類似した質問への応答を再利用し、効率的な処理を可能にすると説明した。さらに、コンプトンは、エッジコンピューティングの利点を活かしたパーソナライズや、エッジにおけるGPUの経済性、セキュリティへの取り組みなど、FastlyのAI戦略について語った。

By 吉田拓史
宮崎市が実践するゼロトラスト:Google Cloud 採用で災害対応を強化し、市民サービス向上へ

宮崎市が実践するゼロトラスト:Google Cloud 採用で災害対応を強化し、市民サービス向上へ

Google Cloudは10月8日、「自治体におけるゼロトラスト セキュリティ 実現に向けて」と題した記者説明会を開催し、自治体向けにゼロトラストセキュリティ導入を支援するプログラムを発表した。宮崎市の事例では、Google WorkspaceやChrome Enterprise Premiumなどを導入し、災害時の情報共有の効率化などに成功したようだ。

By 吉田拓史
​​イオンリテール、Cloud Runでデータ分析基盤内製化 - 顧客LTV向上と従業員主導の分析体制へ

​​イオンリテール、Cloud Runでデータ分析基盤内製化 - 顧客LTV向上と従業員主導の分析体制へ

Google Cloudが9月25日に開催した記者説明会では、イオンリテール株式会社がCloud Runを活用し顧客生涯価値(LTV)向上を目指したデータ分析基盤を内製化した事例を紹介。従業員1,000人以上がデータ分析を行う体制を目指し、BIツールによる販促効果分析、生成AIによる会話分析、リテールメディア活用などの取り組みを進めている。

By 吉田拓史
Geminiが切り拓くAIエージェントの新時代:Google Cloud Next Tokyo '24, VPカルダー氏インタビュー

Geminiが切り拓くAIエージェントの新時代:Google Cloud Next Tokyo '24, VPカルダー氏インタビュー

Google Cloudは、年次イベント「Google Cloud Next Tokyo '24」で、大規模言語モデル「Gemini」を活用したAIエージェントの取り組みを多数発表した。Geminiは、コーディング支援、データ分析、アプリケーション開発など、様々な分野で活用され、業務効率化や新たな価値創出に貢献することが期待されている。

By 吉田拓史