関東大震災100周年がもたらす不安と世界への教訓[英エコノミスト]

関東大震災100周年がもたらす不安と世界への教訓[英エコノミスト]
関東大震災で被災した高田商会。 出典:土木学会編 『大正12年関東大地震震害調査報告書』第1~3巻、土木学会発行、B5、計783頁、1926年(大正15年)、1927年(昭和2年)
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毎年9月1日、日本の閣僚は首相官邸まで徒歩で移動し、危機シミュレーションに参加する。全国各地で、地方公務員や小学生が災害を想定した訓練を行う。この日は、1923年に首都近郊を襲ったマグニチュード7.9の関東大震災の日である。その結果、東京都内の約7万人を含む少なくとも10万5千人が死亡し、37万戸の家屋が倒壊し、日本の歴史を大きく変えた。

震災から100周年を迎える今年は、多くの追悼と不安の声が上がっている。次の巨大地震が来たらどうなるのだろうか? 地震学者は地震を予知することはできないが、過去のパターンに基づいた統計モデルによって、地震が起こる可能性を推定することはできる。市政府の専門家は、今後30年以内にマグニチュード7以上の地震が首都を襲う確率は70%だと見積もっている。技術や計画の向上により、おそらく1923年の震災時よりもはるかに少ない死者数で済むだろう。しかし、何百万という人々の生活は根底から覆されるだろう。

もうひとつ、同じような可能性のあるシナリオは、もっと悪くなる可能性がある。日本の工業の中心地である関西の南で想定されている南海トラフ地震は、津波を引き起こす可能性がある。このような大災害のリスクに対する日本のアプローチは、より頻繁な災害に直面する温暖化した世界に示唆を与えてくれる。

この規模の地震は「日本という国家の存続を脅かし」、世界中に経済的な衝撃を与える可能性があると、名古屋大学名誉教授の福和伸夫は言う。直接的な被害だけでも11兆円に達する可能性がある。ある調査によれば、南海地震が発生した場合、GDPは11%減少すると試算されている。

このコストは、日本の多額の公的債務をめぐる危機の引き金になるかもしれない。世界のサプライチェーンは深刻な混乱に直面するだろう。1923年、地震後の外国人排斥の風評により、少なくとも6,000人の在日朝鮮人が虐殺された。この災害が日本のファシズムへの転落を早めたと主張する歴史家もいる。現代の日本が同じような方向に向かう可能性は低いが、政治的余震はまだ厄介なものになるかもしれない。

1923年の揺れは、東京の南、相模湾の沈み込み帯(相模トラフ)で正午前に始まった。約400万人の住民の多くが、直火で昼食を準備していた。同じ日に台風が直撃した北からの強風も手伝って、火は燃え広がった。余震で地盤が不安定な中、大火災は2日近くにわたって続き、街の半分が燃えた。「もしここが地獄でなかったら、地獄はどこにあるのだろう?」と、とある観測者は訪ねた。

その威力は壊滅的なものになるかもしれない。最新の「生活安全学習」センターでは、東京の人々が地震の疑似体験をすることができる。マグニチュード7で、記者はテーブルの脚をつかんで倒れこんだ。

センターのインストラクターが説明したように、生き残るためには運ではなく準備が必要だ。多くの点で、東京は準備が整っている。1923年当時、科学的知識は、揺れは地表に住む巨大なナマズによって引き起こされるという民間信仰を越えてほとんど進歩していなかった。東京大学地震研究所の地震予知研究センター長で、東京都の地震シナリオ専門委員会の委員長を務める平田直は、「誰も地震とは何かを知らなかった」と説明する。

日本の近代地震学は、震災後に設立された研究機関に遡る。その後、特に1995年に神戸を襲った阪神大震災や、2011年に東北地方を襲い福島原発のメルトダウンを引き起こした東日本大震災が発生し、プレートテクトニクスに対する理解がさらに深まった。日本は膨大な量のデータを収集し、世界有数の地震計ネットワークと早期警報システムを有している(国連は、世界の半数の国しか直面する危険に対して適切な早期警報システムを備えていないとしている)。

日本はまた、自然災害を人災に変える要因にも注目している。地震を止めることはできないが、その範囲内に住む人々の被害を軽減することはできる。1995年以降、災害関連の市民団体が急増し、ボランティアが組織されて訓練を行い、地域の絆を深め、最悪の事態に備えている。2011年の震災後、新しい国土強靱化法では、東京直下や南海トラフでの大地震の可能性を特に考慮し、より徹底した予防・軽減策が義務付けられた。東京都は昨年、「都市強靭化プロジェクト(仮称)」のために10年間で6兆円の予算を計上した。詳細が検討されていないものはほとんどない。東京都防災対策課の濱中哲彦は、何が一番心配かと尋ねられると、少し間を置いてから「トイレ」と答えた。

インフラ整備によって東京の安全性は格段に向上した。関東大震災をきっかけに、日本政府は耐震建築基準を導入した。1981年に大幅に更新され、2000年にも再度更新された。東京の建築物の約92%が耐震基準を満たしており、この数字を10年前の81%から引き上げることで、死傷者数を3,000人以上減らすことができた。

大手建設会社鹿島の栗野治彦は、災害リスクに対する意識が、日本の建設会社やデベロッパーを、法律で義務付けられている以上の安全対策への投資に熱心にさせていると言う。鹿島は最近、東京都心にある40階建ての恵比寿ガーデンプレイスタワーの屋上に、超高層ビルの揺れを半減させるために設計された1,350トンの新しい振り子を設置した(今年初めにトルコ南部で発生した地震では、建築基準法の施行が緩かったため、5万人以上が死亡した)

1923年には、犠牲者の約90%が炎で亡くなった。その後数十年にわたり、政府は重要な道路を拡張するために土地を購入し、延焼を食い止めるための防火帯を作った。建設業者は燃えにくい材料に切り替えた。関東大震災では、炎が四方から迫ってきた東京東部の畑ひとつだけで4万人近くが亡くなった(マウイ島の当局は、8月にラハイナで発生した山火事の前まで、山火事の避難地図を掲示していなかった)。

こうした改善にもかかわらず、現代の東京は新たな意味で脆弱である。東京の人口は1,400万人に膨れ上がっている。火災の発生率は低いかもしれないが、世帯数が増えれば「絶対的なリスクは大きくなる」と東京大学の廣井悠教授は指摘する。燃えやすい木造家屋が密集している地域も多く残っている。避難所には320万人分のスペースがある。プランナーは、パンデミック(世界的大流行)の最中に地震が起こるような複合災害を心配している。災害は最善の計画をも狂わせる傾向がある。「不確実性が災害の核心です」と首都大学東京の市古太郎教授は言う。

東京都民のライフスタイルも、災害への対応を難しくする方向に変化している。一人暮らしの人が増えている。政府の調査によれば、単身世帯は災害に対する意識や備えが低い傾向にある。昔の木造家屋は燃えやすかったが、現代の高層ビルに比べれば緊密なコミュニティが形成され、相互扶助の精神が育まれていた。そして、高齢化が進む日本では、ますます多くの隣人が特別な助けを必要とするだろう。日本人は国家の安全保障について、脅威的な隣国からの脅威という観点から語る傾向がある。しかし、彼らの足元もまた危険なのだ。■

From "Japan is preparing for a massive earthquake", published under licence. The original content, in English, can be found on https://www.economist.com/asia/2023/08/31/japan-is-preparing-for-a-massive-earthquake

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翻訳:吉田拓史、株式会社アクシオンテクノロジーズ

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