醜い世界において、ワクチンは称賛に値する美しい贈り物である[英エコノミスト]
10月2日、生化学者のカタリン・カリコと免疫学者のドリュー・ワイズマンに授与されたノーベル医学賞は、偉大な負け犬の物語を締めくくるにふさわしいものである。RNAを細胞に取り込もうとするカリコ博士の洒落にならない主張が、彼女のキャリアを後退させた。カリコ博士の粘り強い努力の結果、2人はまったく新しい方法で、脅威に対する免疫システムの呼び水となる技術を開発したのである。コロナ・パンデミックが発生したとき、彼らが可能にしたmRNAワクチンは何百万もの命を救い、さらに何十億もの人々が再び普通に生きられるようになった。
彼らの受賞は異例である。過去にワクチン接種の分野でノーベル賞を受賞した科学者は、1930年代からワクチンとして使用されている黄熱ウイルスの弱毒株を発見したマックス・タイラーだけである。ジョナス・ソークもアルバート・サビンも、ポリオワクチンの開発では受賞していない。天然痘の根絶も祝福されなかった。
アルフレッド・ノーベルの遺言が、賞は人類に最大の利益をもたらした者に贈られるべきであると定めていることを考えれば、このような劣悪な記録は不相応である。しかし、ストックホルムへの旅行も、多額の小切手も、爆薬の企業家を描いた175グラムの金メダルもなかったとはいえ、ワクチン科学者たちはもっと称賛されるべきだ。セント・ポール大聖堂にあるクリストファー・レン(編注:イギリス王室の建築家であり、ロンドン大火からの復興を行い、バロック建築をイギリスに取り入れた人物)の碑文にこうある。「Si Monumentum requiris, circumspice (記念碑を前にしたら、周りを見回してください)」。 ワクチンメーカーの功績は、生存する何億もの人々の人生に刻まれている。
世界保健機関(WHO)によれば、ワクチンは他のどの医療発明よりも多くの命を救ってきたという。これを否定するのは難しい。ワクチンは、安く、確実に、そして驚くほど多くの人々を病気から守っている。そして、その能力は拡大し続けている。2021年、マラリアに対する最初のワクチンが承認され、今週は2番目のワクチンが承認された。
ワクチンは非常に有用であるだけでなく、ケアとコミュニケーションの組み合わせにおいて、美しく人間的な何かを体現している。ワクチンは、時に言われるように免疫システムを騙すものではなく、免疫システムを教育し訓練するものなのだ。公衆衛生の資源として、医師は患者の細胞に警告の言葉をささやくことができる。信頼関係が希薄な時代にあって、政府の政策と個人の免疫システムとの間のこの親密さは、容易に脅威と誤解される。しかし、ワクチンは陰謀でもコントロールの道具でもない。
この驚異的な技術をさらに尊重する最善の方法は、より多く、より良く使用することである。ワクチン接種の公平性を高める官民パートナーシップであるGaviは、今世紀、貧困国や中所得国の子どもたちに10億回分以上の各種ワクチンを提供し、これにより1,700万人以上の死亡が回避されたと考えている。それでも、何百万人もの子どもたちが予防接種を受けていない。
ノーベルの遺贈は、彼の爆発物が可能にした破壊に対する償いだとよく言われる。20世紀の戦争における爆薬の軍事利用は、1億~1億5千万人の命を奪ったとも言われている。ワクチン接種は、人類に与えられた数少ない恩恵のひとつである。それはまるで、世界が20世紀の恐ろしい戦争のひとつを逆に実行し、毎年、毎年、何百万人もの命を救うことができるかのようである。罪滅ぼしが必要なら、その機会を与えるべきだ。■
From "In an ugly world, vaccines are a beautiful gift worth honouring", published under licence. The original content, in English, can be found on https://www.economist.com/leaders/2023/10/05/in-an-ugly-world-vaccines-are-a-beautiful-gift-worth-honouring
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翻訳:吉田拓史、株式会社アクシオンテクノロジーズ