「Apple預金口座」はアリペイのクローン:資金流出に苦しむ米中小銀行の“捕食者”に

Appleが発表した高利回りの「普通預金口座」は、中国のアリペイの資産運用製品のクローンに見える。約束された全米平均の10倍超の利息は、銀行破綻の影響で預金流出に苦しむ米国の中小銀行を「捕食」しかねない。

「Apple預金口座」はアリペイのクローン:資金流出に苦しむ米中小銀行の“捕食者”に
Appleカードのユーザーは、ゴールドマン・サックスの高利回りの普通預金口座に特典ポイントに当たる「Daily Cash」を自動的に入金することで、デイリーキャッシュの報酬を増やすことができます。

Appleが発表した高利回りの「普通預金口座」は、中国のアリペイの資産運用製品のクローンに見える。約束された全米平均の10倍超の利息は、銀行破綻の影響で預金流出に苦しむ米国の中小銀行を「捕食」しかねない。


先月発生した銀行の破綻により、米国の預金者はより高い利回りを提供する大手金融機関やマネー・マーケット・ファンド(MMF:公社債投資信託)に資金を移動させ、米中小銀行が大きな損失を被る結果となった。

このため、これらの銀行の多くは、さらなる顧客の喪失を避けるために、預金金利を引き上げざるを得なくなっている。特に、米連邦預金保険公社(FDIC)の保険上限額25万ドルを超える預金の割合が高い銀行や、顧客が一部の業種に集中している銀行では、この傾向が顕著だ。

米国の大手金融グループであるチャールズ・シュワブ、ステート・ストリート、M&Tは、より高いリターンを求めて顧客が資金を移動させ続けたため、第1四半期に合計600億ドル近い銀行預金の流出に見舞われた。ただし、シュワブでは銀行預金が減少する一方で、同社が運用するMMFの規模は2022年第1四半期の1430億ドルから150%増の3,580億ドルとなり、昨年末から約30%増加した。

ブラックロックのCEOであるラリー・フィンクは先週末、こうした圧力の中で、従来の銀行口座から現金が流出し続けるだろうと予測した。「ますます多くの預金が流出し、上場投資信託(ETF)やあらゆる形態の現金、MMFに流れている」と述べ、同社がその恩恵を受けていることを指摘した。

シティグループ、JPモルガン・チェース、ウェルズ・ファーゴといった米国最大級の銀行でさえ、顧客維持のために金利を引き上げている。しかし、混乱で顧客を失った地方銀行は、特に低コストの預金をFRBの割引窓口(ディスカウント・ウィンドウ)貸出制度や緊急融資ファシリティからのより高価な融資で代替しなければならなかった場合、損失を膨らませることになる。つまり、一部の地方銀行はSVBに似たピンチに陥っている可能性がある。

Appleはこの中小銀行の窮状を「活用」しようとしているとみられる。Appleは17日、同社のクレジットカード利用者向けに、年4.15%の利率で預金サービスの提供を開始したと発表した。ゴールドマン・サックスが普通預金口座の提供と管理を担う。4.15%の利回りは、0.3%台にとどまる全米平均の10倍以上である。

Apple Card’s new high-yield Savings account is now available, offering a 4.15 percent APY
With no fees, no minimum deposits, and no minimum balance requirements, users can easily set up and manage their Savings account directly from Wallet.

ただし、プレスリリースを見る限り、預金口座に移動できるのは、日本のカード会社で言う「特典ポイント」に当たる「Daily Cash」に限定されるようだ。これは同社のクレジットカードの使用に基づいて付与される。「一度預金口座を設定すると、今後ユーザーが獲得したすべてのDaily Cashは自動的にそのアカウントに入金される」とリリースは説明している。

まず、特典ポイントに限定した運用をし、オペレーションが固まったらスケールアップをしていくと考えるのが自然だ。

ゴールドマンが管理する預金の運用先は、おそらくMMFが大半を占めると考えられる。そうすれば、Appleはゴールドマンをバッファとして特に大きなリスクを背負うことなく、コストの低い預金をかき集めることができる。

MMFは金利変動に敏感だ。ブルームバーグのデータによると、過去20年間で、MMFは中央銀行の金利変動の約88%を転嫁しているのに対し、リテール現金預金金利は26%しか転嫁していない。フィナンシャル・タイムズ(FT)が引用したデータプロバイダーであるEPFRのデータによると、3月に2,860億ドル以上の資金がマネーマーケットファンドに流入し、コロナ危機のピーク以来最大の資金流入月となった。

このMMFをスマホユーザーに対して小分けにする特徴は、アリペイの「余額宝」と呼ばれるフィンテックアプリを起源とする。本家はアリペイのウォレット上の資金を余額宝に移すことで、気軽にMMF投資が実行できた。余額宝は驚くほど成功し、それを支えるファンドの運用資産はピークの2018年3月に2,680億ドルに達し、中国当局がシステミックリスクの火種になるとして縮小を迫ったことが知られる。

Appleは10月に、一連の新しい金融サービスの一環として、この製品を発表していた。先月、AppleはBNPL(後払い決済)を開始したが、このBNPLもまたアリペイの後払い機能「花唄(ファーベイ)」を中国外の金融規制に添わせる中で生まれたものだ。

Apple introduces Apple Pay Later
Apple today introduced Apple Pay Later, which allows users to split purchases into four payments, spread over six weeks with no interest and no fees.

独占禁止法制に抵触するか?

米国の金融規制を満たすため、ゴールドマンとの提携のもとクレジットカードを基点にした「アリペイの再構築」が行われていると見られる。ただ、プリセットアプリを選べるスマートフォンメーカーが、ユーザーを自らの金融サービスに丸々抱え込もうとするのは、あまりにも独占禁止当局を挑発しているようにも見える。Appleは現状、当局のターゲットに入っていないため、問題ないという判断なのだろうか。

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米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

米国人は自動車が大好きだ。バッテリーで走らない限りは。ピュー・リサーチ・センターが7月に発表した世論調査によると、電気自動車(EV)の購入を検討する米国人は5分の2以下だった。充電網が絶えず拡大し、選べるEVの車種がますます増えているにもかかわらず、このシェアは前年をわずかに下回っている。 この言葉は、相対的な無策に裏打ちされている。2023年第3四半期には、バッテリー電気自動車(BEV)は全自動車販売台数の8%を占めていた。今年これまでに米国で販売されたEV(ハイブリッド車を除く)は100万台に満たず、自動車大国でない欧州の半分強である(図表参照)。中国のドライバーはその4倍近くを購入している。

By エコノミスト(英国)
労働者の黄金時代:雇用はどう変化しているか[英エコノミスト]

労働者の黄金時代:雇用はどう変化しているか[英エコノミスト]

2010年代半ばは労働者にとって最悪の時代だったという点では、ほぼ誰もが同意している。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの人類学者であるデイヴィッド・グレーバーは、「ブルシット・ジョブ(どうでもいい仕事)」という言葉を作り、無目的な仕事が蔓延していると主張した。2007年から2009年にかけての世界金融危機からの回復には時間がかかり、豊かな国々で構成されるOECDクラブでは、労働人口の約7%が完全に仕事を失っていた。賃金の伸びは弱く、所得格差はとどまるところを知らない。 状況はどう変わったか。富裕国の世界では今、労働者は黄金時代を迎えている。社会が高齢化するにつれて、労働はより希少になり、より良い報酬が得られるようになっている。政府は大きな支出を行い、経済を活性化させ、賃上げ要求を後押ししている。一方、人工知能(AI)は労働者、特に熟練度の低い労働者の生産性を向上させており、これも賃金上昇につながる可能性がある。例えば、労働力が不足しているところでは、先端技術の利用は賃金を上昇させる可能性が高い。その結果、労働市場の仕組みが一変する。 その理由を理解するために、暗

By エコノミスト(英国)
中国は地球を救うのか、それとも破壊するのか?[英エコノミスト]

中国は地球を救うのか、それとも破壊するのか?[英エコノミスト]

脳腫瘍で余命いくばくもないトゥー・チャンワンは、最後の言葉を残した。その中国の気象学者は、気候が温暖化していることに気づいていた。1961年、彼は共産党の機関紙『人民日報』で、人類の生命を維持するための条件が変化する可能性があると警告した。 しかし彼は、温暖化は太陽活動のサイクルの一部であり、いつかは逆転するだろうと考えていた。トゥーは、化石燃料の燃焼が大気中に炭素を排出し、気候変動を引き起こしているとは考えなかった。彼の論文の数ページ前の『人民日報』のその号には、ニヤリと笑う炭鉱労働者の写真が掲載されていた。中国は欧米に経済的に追いつくため、工業化を急いでいた。 今日、中国は工業大国であり、世界の製造業の4分の1以上を擁する。しかし、その進歩の代償として排出量が増加している。過去30年間、中国はどの国よりも多くの二酸化炭素を大気中に排出してきた(図表1参照)。調査会社のロディウム・グループによれば、中国は毎年世界の温室効果ガスの4分の1以上を排出している。これは、2位の米国の約2倍である(ただし、一人当たりで見ると米国の方がまだひどい)。

By エコノミスト(英国)