予測不能な未曾有の出来事の衝撃 『ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質』

ブラック・スワンは、すべての白鳥は白であるべきだというあなたの信念を突然打ち砕く黒い白鳥であり、あらゆるもののあり方を激変させる極端な出来事の象徴です。タレブの主張は、希少かつ極端な出来事は、金融市場およびより広い世界において、通常想定しているよりもはるかに大きな影響を与えるというものです。

予測不能な未曾有の出来事の衝撃 『ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質』

このブログは『ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質』の書評です。ブラック・スワンは、すべての白鳥は白であるべきだというあなたの信念を突然打ち砕く黒い白鳥であり、あらゆるもののあり方を激変させる極端な出来事の象徴です。著者のナシム・ニコラス・タレブの主張は、希少かつ極端な出来事は、金融市場およびより広い世界において、通常想定しているよりもはるかに大きな影響を与えるというものです。

確立分布の代表的な形として「正規分布」を用いることが多いです。確かに、さまざまな現象が正規分布で近似できます。しかし、タレブは金融市場や我々の世界の大半がべき分布に従うものだと主張します。実際、タレブより先に同様の主張をする人はいました。たとえば、本書よりも前に出版された『 歴史は「べき乗則」で動く』(マーク・ブキャナン)は、様々な歴史的出来事に光を当て、そこにべき乗則の存在を見出す非常に面白い読み物です。

この良書に対しお世辞にも読みやすい書籍とは言えない本書が注目を浴びた理由は、世界金融危機のピークとなった2008年夏のリーマン・ショックの1年前に出版されており、現実の出来事が、タレブの説の信憑性を高めたことが大きいでしょう。

タレブは本書の中で、1988年のLTCM(ロングタームキャピタルマネジメント)破綻、2001年の米国同時多発テロ事件、2004年のスマトラ島沖地震、Googleの驚くべき成功など、数々の社会現象をブラック・スワンと位置づけています。他方、一部の経済学者は1987年の株式暴落をプログラム取引のせいにしましました。1929年の暴落は過剰な借金が原因だとし、1997年の暴落はアジア諸国の対外負債の膨張を原因としましたが、カタストロフィが発生するメカニズムをうまく説明できないでいました。

ブラックスワンとは、べき分布のテールで発生する稀で極端な出来事のことを指し、それらが起きた後は物事のあり方が一変してしまう現象を指しています。統計学では通常、正規分布で仮定し、大概の場合、それで近似がとれます。しかし、実際には、正規分布では近似できない現象も多いのです。

べき分布は一種のベルカーブ(正規分布)に似ていますが、そのテールははるかに長いため、極端なイベントがかなり頻繁に発生します。同種のべき分布で発生する大きなイベントをめぐる理論としては、ディディエ・ソネットの「ドラゴンキング」が存在します。こちらは複雑系の手法を応用することで、「予測不可能性を予測しようとする」ものです。

本書はエッセイ形式をとっており非常に困惑を生み出すような文体で、ブラックスワン現象の比喩を重ねていきます。「オーストラリア大陸(の黒い白鳥)が発見されるまで、旧世界の人たちは白鳥と言えばすべて白いものだと信じて疑わなかった」「はじめて黒い白鳥が発見されたとき、一部の鳥類学者(それに,鳥の色がものすごく気になる人たち)は驚き、とても興味を持ったことだろう」「何千年にもわたって何百万羽も白い白鳥を観察して確認してきた当たり前のことが、たった一つの観察結果で完全に覆されてしまった」と説明しています。

タレブは、物理学者マンデルブロの成果に触れています。マンデンブロは、金融市場の価格変動が正規分布ではなく、理論的には分散が無限大である安定分布に従っていると主張しました。マンデンブロはフラクタル幾何学の創造者であり、金融の世界では長らく異端者の扱いを受けましたが、後続者たちの研究が彼の貢献を明らかにしたという経緯があります。タレブは、黒い白鳥がいる世界では、予測をしようとするのではなく、その世界に順応するしかない、と主張しています。そして、反知識を利用して、失うものがほとんどなく、万が一起これば得られるものが大きいものに賭けるのがよいと主張します。すなわち、彼がトレーダーとして採用する「バーベル戦略」を導入する。これは可能な限り超保守的かつ超積極的になることを意味します。お金の一部(85〜90%ぐらい)をものすごく安全な資産(アメリカの国債など)に投資し、残りはものすごく投機的な賭け(オプショ ンなど)に投資する戦略です。

タレブは次の書籍でブラックスワンがいる世界に順応するべきであると考え、反脆弱性(アンチフラジャイル)という考え方を提案します。

ブラック・スワンはあらゆるところで言及される言葉になりました。たとえば、最近では、国際決済銀行(BIS)が、各国・地域の当局が気候変動に伴うリスクに対処しなければ、システミックな金融危機を引き起こす「グリーン・スワン」を招くことになりかねないとする分析論文を公表しています。厳密な科学の言葉ではないものの皆の共通理解を深めるバズワードを作ったことは、タレブの重要な仕事だったでしょう。

タレブはレバノン系アメリカ人のエッセイスト、哲学・数学研究者、オプショントレーダーです。タレブは現在、ニューヨーク州立大学のTandon Engineering リスクエンジニアリング学科の特任教授(4分の1の職位のみ)を務めています。

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米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

米国人は自動車が大好きだ。バッテリーで走らない限りは。ピュー・リサーチ・センターが7月に発表した世論調査によると、電気自動車(EV)の購入を検討する米国人は5分の2以下だった。充電網が絶えず拡大し、選べるEVの車種がますます増えているにもかかわらず、このシェアは前年をわずかに下回っている。 この言葉は、相対的な無策に裏打ちされている。2023年第3四半期には、バッテリー電気自動車(BEV)は全自動車販売台数の8%を占めていた。今年これまでに米国で販売されたEV(ハイブリッド車を除く)は100万台に満たず、自動車大国でない欧州の半分強である(図表参照)。中国のドライバーはその4倍近くを購入している。

By エコノミスト(英国)
労働者の黄金時代:雇用はどう変化しているか[英エコノミスト]

労働者の黄金時代:雇用はどう変化しているか[英エコノミスト]

2010年代半ばは労働者にとって最悪の時代だったという点では、ほぼ誰もが同意している。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの人類学者であるデイヴィッド・グレーバーは、「ブルシット・ジョブ(どうでもいい仕事)」という言葉を作り、無目的な仕事が蔓延していると主張した。2007年から2009年にかけての世界金融危機からの回復には時間がかかり、豊かな国々で構成されるOECDクラブでは、労働人口の約7%が完全に仕事を失っていた。賃金の伸びは弱く、所得格差はとどまるところを知らない。 状況はどう変わったか。富裕国の世界では今、労働者は黄金時代を迎えている。社会が高齢化するにつれて、労働はより希少になり、より良い報酬が得られるようになっている。政府は大きな支出を行い、経済を活性化させ、賃上げ要求を後押ししている。一方、人工知能(AI)は労働者、特に熟練度の低い労働者の生産性を向上させており、これも賃金上昇につながる可能性がある。例えば、労働力が不足しているところでは、先端技術の利用は賃金を上昇させる可能性が高い。その結果、労働市場の仕組みが一変する。 その理由を理解するために、暗

By エコノミスト(英国)
中国は地球を救うのか、それとも破壊するのか?[英エコノミスト]

中国は地球を救うのか、それとも破壊するのか?[英エコノミスト]

脳腫瘍で余命いくばくもないトゥー・チャンワンは、最後の言葉を残した。その中国の気象学者は、気候が温暖化していることに気づいていた。1961年、彼は共産党の機関紙『人民日報』で、人類の生命を維持するための条件が変化する可能性があると警告した。 しかし彼は、温暖化は太陽活動のサイクルの一部であり、いつかは逆転するだろうと考えていた。トゥーは、化石燃料の燃焼が大気中に炭素を排出し、気候変動を引き起こしているとは考えなかった。彼の論文の数ページ前の『人民日報』のその号には、ニヤリと笑う炭鉱労働者の写真が掲載されていた。中国は欧米に経済的に追いつくため、工業化を急いでいた。 今日、中国は工業大国であり、世界の製造業の4分の1以上を擁する。しかし、その進歩の代償として排出量が増加している。過去30年間、中国はどの国よりも多くの二酸化炭素を大気中に排出してきた(図表1参照)。調査会社のロディウム・グループによれば、中国は毎年世界の温室効果ガスの4分の1以上を排出している。これは、2位の米国の約2倍である(ただし、一人当たりで見ると米国の方がまだひどい)。

By エコノミスト(英国)