日本が世界のEV競争に敗れつつある理由

日本が世界のEV競争に敗れつつある理由
2022年6月13日(月)、愛知県豊田市の同社ショールームに展示されたトヨタ自動車の電気自動車(SUV)「bZ4X」(写真)。Photographer: Akio Kon/Bloomberg
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日産自動車グループの自動車部品メーカー、ジヤトコの富士第2工場の緑の床は、静かな自信に満ちている。同社のトランスミッションシステムを構成するギアやプーリーを、勤勉な検査員が鑑定している。ロボットが部品に刻印をし、生産ラインに流す。

ジヤトコは、日本の他の自動車産業と同様、何十年もの間、自動車製造を完璧なものにしてくる。ジャストインタイム生産の先駆者であり、ハイブリッドカーの開発をリードするなど、日本は自動車産業の最先端を走ってきた。しかし、次の大きな進化である電気自動車(EV)へのシフトは、悩みの種になっている。「EVへのシフトは、大きな変革になることは間違いない」と、ジヤトコの佐藤知義CEOは言う。「我が社も大きく変わらざるを得ないだろう」。

今のところ、日本とその自動車メーカーは、業界で最も急速に成長している製品分野であるEVに向けた競争で遅れをとっている。バッテリー駆動のEVとプラグインハイブリッド車(PHEV)は、2019年には世界で販売される自動車全体の 2.6%だったが、2022年には約13%を占めるようになった。中国を含む一部の市場では、そのシェアは20%程度になる。しかし、日本ではわずか2%である。EVレースで先行する企業には、テスラや中国のBYDのような新参者と、ドイツのフォルクスワーゲンのような既存の大企業が含まれる。

炎を絶やさない

日本の自動車メーカーはその中に入っていない。日産と三菱が10年以上前に世界初のEVのいくつかを発売したにもかかわらず、世界のEV販売台数のトップ20には誰も入っていない。世界最大の自動車会社であるトヨタは、2022年の総販売台数1,050万台のうち、わずか24,000台しかEVを販売していない。トヨタ初の完全EV「bZ4X」の販売は、脱輪を引き起こす欠陥のため、昨年夏に一時停止せざるを得なかった。

批評家は、このようなEVの早期失速は、日本の自動車産業全体が脱輪することになりかねないと懸念している。半導体や家電は、当初は日本企業が独占していたが、海外の重要なトレンドに乗り遅れ、最終的に機敏な競合他社に負けた業界であるため、類似性があると考える人もいる。日本の輸出の20%近くを占め、日本の雇用の約8%を占める自動車産業が同じように衰退すれば、経済的にも社会的にも大きな影響を与えるだろう。

日本の自動車メーカー各社は、追いつくために躍起になっている。トヨタの新CEO、佐藤恒治は、電動化の推進をリードするために任命された。4月7日に行われた最初の記者会見で、トヨタは10車種の新型EVを発表し、2026年までにEVの年間販売台数を150万台に引き上げる計画を発表した。佐藤は「すぐにでもできる電動化を徹底する」と述べた。

ホンダは2030年までに30車種のEVを発売する計画で、昨年はソニーとEVの合弁会社を設立した。同社は、今月から実施される企業再編を「電動化の加速」と称している。日産は2月に、2030年までに19の新型EVモデルを発売すると発表し、現在は電動化を「戦略の中核」と呼んでいる。

日本がEVで出遅れたのは、以前の成功体験に起因するところがある。ジヤトコの佐藤知義CEOが言うように、これは「イノベーションのジレンマ」の典型的なケースである。例えば、内燃機関(ICE)と電気モーターを組み合わせた標準的なハイブリッド車では、回生ブレーキからエネルギーを回収するバッテリーで駆動する(PHEVのように外部の電気で充電するのではない)ため、業界リーダーは日本がリードする分野を損なうかもしれない新技術を採用することをためらった。複雑なハイブリッド車を微調整してきた日本企業のエンジニアたちも、よりシンプルな機構を持つEVには感心していない。「業界内には、まだエンジンに執着する人がたくさんいます」と佐藤は言う。経営陣は、EVがICEよりも少ない部品や部品で済むことから、EVシフトがジヤトコのようなサプライヤーのネットワークに与える影響を懸念していた。自動車メーカーは、最終的にEVにシフトするのは簡単なことだと考えていた。日本の大手自動車会社の元幹部は、「時が来れば、ハイブリッド車からEVに簡単にシフトできるという論理だった」と語る。

日本は、カーボンフリーの可能性を秘めたもうひとつの自動車技術である水素についても、早い段階で誤った方向に進んでしまった。日本で最も影響力のある自動車メーカーであるトヨタは、水素燃料電池が自動車を電動化する主要な手段になると考えていた。2012年から2020年まで日本の首相を務めた安倍晋三は、日本を「水素社会」にするための政策を提唱し、2015年にはトヨタが初の水素燃料電池セダン「MIRAI」を安倍首相に納車した。

鉄鋼生産や長距離トラックの燃料など、電化が難しい分野の脱炭素化には水素が大きな役割を果たすかもしれないが、消費者向け自動車の電化技術としては、今のところほとんど意味をなさないことが判明している。水素供給インフラが整備された日本でさえ、トヨタは高価なMIRAIを売り込むのに苦労しており、同国での燃料電池車の販売台数はわずか7,500台である。

中国、欧州、米国の政府は、気候変動政策の一環としてEVへの補助金を増やし続けているが、日本はEVの普及にあまり積極的でない。政府は、2035年までに販売される自動車の100%を電動化するよう求めている。しかし、これはハイブリッド車も含むもので、他の政府が次世代自動車をより狭く定義しているのとは対照的である。日本では、燃料電池車に対する補助金は、EVに対する補助金よりもはるかに大きいままである。厳しい規制が、EVの充電インフラの拡充を妨げている。日本の公共EV充電器の数は、隣国である韓国の約4分の1である。

EV技術に対する懐疑的な見方が根強いことも、日本がEVに対して警戒心を抱いている理由のひとつである。日本の自動車メーカーや政府関係者は「まだ疑問を持っている」と、業界誌『AutoInsight』の鶴原吉郎は言う。 「EVは消費者が望むものなのか? 消費者に価値を提供するものなのか? CO2削減のための最良の方法なのか?」。

トヨタの前CEOで創業者の孫にあたる豊田章男は「炭素は敵だ、内燃機関ではない」という言葉を好んで使っていた。豊田の弟子である佐藤の下でも、トヨタ自動車は「マルチパスウェイ」と呼ぶ戦略を貫いており、EVを多様な車種の一部と見なしている。

トヨタのチーフサイエンティストであるギル・プラットは、「世界全体で最も二酸化炭素排出量を削減できる方法は、世界各地に合わせたソリューションを提供することだと考えています」と言う。例えば、再生可能エネルギーの普及が欧米に比べて遅れている発展途上国では、従来のハイブリッド車がより実用的で経済的な方法で、暫定的に排出量を削減できるかもしれない。

しかし、日本の自動車メーカーは、先進国の時代の変化に追いつくには遅すぎたという意見もある。経営コンサルタントの村沢義久は「徳川幕府の鎖国時代のように、世界で起こっていることを見ようとしない」と言う。日本車はかつて燃費の良さ、つまり環境保護主義の代名詞だったが、気候変動否定主義の代名詞になる恐れがある。環境保護団体グリーンピースの最近の調査によると、日本の3大自動車メーカーであるトヨタ、ホンダ、日産は、脱炭素化への取り組みにおいて世界の自動車メーカー上位10社の中で最下位である。

トヨタがbZ4Xで経験したように、最高級のEVを設計・製造することは、日本企業が想定していたほど簡単ではないかもしれない。「トヨタ自動車は、一度やればEV市場を制覇できると過信していたのだ。しかし、彼らの提供するものは古臭いものであることが判明しました」。消費者にアピールするEVを作るには、ソフトウエアに重点を置く必要がある。ようやく準備が整い始めたというのに、日本企業はすでに忠実な顧客を失いつつある。アメリカで「遺産を築いた」日本ブランドは、「2022年の文脈で足元をすくわれた」と、アメリカの調査機関であるS&Pグローバル・モビリティは結論付けている。この調査によると、2022年にEVに乗り換える消費者は、トヨタやホンダから大きく離れていくことになる。■

From "How Japan is losing the global electric-vehicle race", published under licence. The original content, in English, can be found on https://www.economist.com/asia/2023/04/16/how-japan-is-losing-the-global-electric-vehicle-race

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翻訳:吉田拓史、株式会社アクシオンテクノロジーズ

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