ChatGPTがもてはやされる理由

ChatGPTがもてはやされる理由
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ChatGPTの登場の意義は、大規模言語モデル(LLM)と呼ばれるAIが、便利なツールになりうることを世間一般に対して初めて知らしめたことだろう。「言葉を生成するAI」の使い方として、対話型という形式が消費者にハマることが、1億人のユーザーを獲得したことで証明された。


ChatGPTは得意な領域で動作する分には非常に快適な体験をユーザーに提供する。一方、ChatGPTがときにウソをでっち上げることも知られている。「インターネットの父」であるヴィントン・サーフは、ChatGPTを支えるテクノロジーについて「スネークオイル」(まやかしの万能薬)非難した。

AIが既知の知識の外側を埋めようとすることを「幻覚」と呼ぶ。このような例は枚挙にいとまがないが、最近では、科学的な質問に答えたり文献調査ができたりする科学者のようなAIであるGalacticaがそれを引き起こした。このMetaが作ったAIの科学的な質問に対する回答には、デタラメな内容や人種的偏見が含まれており、公開からわずか2日で停止に追い込まれた。

それでも、ChatGPTの登場は画期的な瞬間のように見える。2017年にその基盤となる技法が提案されて以降、LLMの試行錯誤が続いてきた。ソフトウェアのサイズが増えると、AIのクオリティが増すことが通説になった。その結果、AIのサイズはみるみるうちに大きくなった。ChatGPTの大元のAIは、この傾向に先鞭をつけたとも言える。そしてその派生であるChatGPTは、一般のユーザーがAIの恩恵を享受する方法を編み出したようだ。

ChatGPTは消費者向けの素晴らしい提案だったが、研究開発の場では、言語AIの凄さはすでに十分に知られていたようだ。 例えば、GoogleにはいくつもChatGPTのライバルの対話型AIがあるが、そのAIのバイアスを検証する仕事に従事していたGoogleのエンジニアは昨夏、AIはそれ自身で「知覚できる(Sentient)」と公の場で主張した。彼の主張は、社会的な議論を引き起こした。同時期にGoogleの研究部門の幹部は「ニューラルネット(現代的なAIの根幹)は将来的に意識を持ちうる」と似たような主張をしていた。このような主張は、もはや孤立した意見ではないようだ。

これはアカデミックな到達点というだけでなく、ビジネスの側面からみた衝撃も大きい。現在のブームは、ChatGPTが、消費者が「最初にタッチする場所」を既存のプレイヤーから奪うチャンスを得たことを意味する。インターネットビジネスにおいてのこの場所を専有することの意味はあまりにも大きい。

例えば、ワーキングチェアを買おうと思いついたネットユーザーを思い浮かべてみよう。この人は最初にGoogleで検索するかもしれない。Googleは大量の人の往来を掴み、検索結果における広告、辿り着いたウェブサイトにおけるバナー広告を提示する。これによってGoogleの親会社Alphabetの驚異的な2,828億ドル(約38.3兆円、2022年通年)の売上収益と748億ドル(同)の営業利益が生まれる。

あるいは、ワーキングチェアに興味を持った消費者はアマゾンの検索を使うかもしれない。そのまま、購入に至れば、アマゾンの収入になるし、アマゾンもまた各種の広告を売っている。これらがアマゾンの圧倒的な5,139億ドル(2022年)の売上収益を支えるゲートウェイである。

この「門番」であることがもたらす超過利潤の存在は、Facebook、楽天、ヤフー・ジャパンにも共通するだろう。人々が何か行動を起こそうするときに辿るデジタル経路を専有していれば、20世紀の石油富豪のように儲かるのだ。

では、ChatGPTがどの門番の座を最も脅かしているかというと、検索だろう。ChatGPTの利便性を一部のテックサビーなユーザーが認めた今となっては、ユーザーが何か疑問を覚えたとき、最初に尋ねる相手が検索ではなく対話AIになる可能性は否定できなくなっている。

つまり、Googleの牙城を脅かされている。Googleの検索結果は、年々増加する広告で埋め尽くされており、ユーザーの認知機能に莫大な負荷をかけていることは明白である。また、Googleは検索最適化(SEO)という友人であり敵でもある存在に悩まされている。あなたが知りたいことを検索したとき、長文のブログに行き当たり、必要な情報はブログをスクロールし尽くした後に見つかった(あるいは見つからなかった)という経験をしたことがあるだろう。Googleがリンクを付けるWebは年々肥大化し、品質が悪化している。すると、ユーザーとウェブをつなぐ検索の利便性は落ちていく。こういった状況は、人類の脳の力という希少な資源を無駄にしているという非難を免れ得ない。

一方、ChatGPTの画面には質問と回答以外の不要な情報がない。商業インターネットが普及して以来ずっと人類の時間を無駄にしてきた余分な低品質情報を排除し、人類の脳をより生産的なことに利用できる可能性を示しているのだ。

検索はGoogleの「金のなる木」である。 Googleの親会社であるAlphabetの売上収益は、2011年以来、年平均20%以上の成長を示してきた。この間、営業費用控除後のキャッシュフローは3,000億ドルを超え、その大部分は検索事業から得られている。もし検索が揺らぐということは、不落城に見えたGoogleのビジネスが壊れることを意味する。

ChatGPTを展開するAI研究所OpenAIは、「両面作戦」で言語AIを展開する戦略をとっている。

一つは、ユーザーへの直接提供で、サブスクで収益化する。OpenAIは月額20ドルで常にChatGPTを利用できる有料サブスクリプションサービス「ChatGPT Plus」の提供を2月から開始している。もう一つの展開方法は、「API」という外部からAIを使う手段の開放である。OpenAIは3月初旬、ChatGPTがAPIで利用可能になったと発表した。

注目すべきは、このAPIを活用して、それぞれの分野に対して調整されたAIを作るという活用方法だ。欧米圏の若者に人気の高いSnapchatを提供するSnap、富裕層が利用する買い物代行のアプリInstacart 、誰でもECサイトを作れるEC基盤ソフトウェアのShopifyが、初期の採用企業に名を連ねた。これらのサービスでは、それぞれの事業ドメインに微調整されたChatGPT(の大元となるAI)が、ユーザーに対して提供される。

言語AIの各種のドメインへの分化は、ChatGPTに限らず、様々な分野で進んでいる。これはある種のカンブリア期(生物の種類や数がこの時期に爆発的に増えた時期)の到来である。

この両面展開の鍵になるのは、AIを安くできるかだ。現状、言語AIを司るソフトウェアは作るのも、育てるのも、使うのも高価である。ChatGPTが行うLLMの展開方法では、1回の応答で数セントかかる、と言われている。AI研究所のOpenAIがChatGPTを実行するためのコンピューティングパワーのコストは、1日あたり10万ドルという試算もある。Alphabetの会長であるジョン・ヘネシーは、同社のチャットボット「Bard」のようなAIの応答は、通常のキーワード検索よりも10倍以上のコストがかかりうると主張した。

しかし、OpenAIは、早くもこの「安いAI」をめぐる競争に先鞭をつけている。OpenAIは最近、ChatGPTの大元となる言語AIについて「システム全体の最適化により、12月以降ChatGPTは90%のコスト削減を達成した」と主張した。価格は既存のソフトウェアよりも10倍安いという。12月初旬に公開し、ユーザーが1億に膨れ上がる中で、ソフトウェアを軽量化する手法を編み出したということのようだ。

今のところ、言語AIを人々に布教する闘いではChatGPT陣営が大きく先行している。だが、Googleのような大手企業のほか、北米で雨後の筍のように新興企業が生まれ、熾烈な競争が起きている。

専門知識の伝播が超高速化したこのジャンルにおいて、今後十数年に渡るとみられるAI戦争は、まだ緒戦の段階にいるとみられる。この戦争が終わったとき、我々の生活や経済活動は根本から変わっているのかもしれない。

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OpenAI、法人向け拡大を企図 日本支社開設を発表

OpenAI、法人向け拡大を企図 日本支社開設を発表

OpenAIは東京オフィスで、日本での採用、法人セールス、カスタマーサポートなどを順次開始する予定。日本企業向けに最適化されたGPT-4カスタムモデルの提供を見込む。日本での拠点設立は、政官の積極的な姿勢や法体系が寄与した可能性がある。OpenAIは法人顧客の獲得に注力しており、世界各地で大手企業向けにイベントを開催するなど営業活動を強化。

By 吉田拓史
アドビ、日本語バリアブルフォント「百千鳥」発表  往年のタイポグラフィー技法をデジタルで再現

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アドビは4月10日、日本語のバリアブルフォント「百千鳥」を発表した。レトロ調の手書き風フォントで、太さ(ウェイト)の軸に加えて、字幅(ワイズ)の軸を組み込んだ初の日本語バリアブルフォント。近年のレトロブームを汲み、デザイン現場の様々な要望に応えることが期待されている。

By 吉田拓史