日本の政策立案者はいかにして深い穴に落ちたか [英エコノミスト]

日本の政策立案者はいかにして深い穴に落ちたか [英エコノミスト]
日本銀行の植田和男総裁(2023年4月28日) Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg
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日銀による金融引き締めに賭ける投資家は、過去30年あまりの超低金利の中で、ほとんど勝利の経験をしたことがない。日銀の植田和男新総裁による最初の決定は、その例外ではないことを証明した。中央銀行の主要政策であるイールドカーブ・コントロール(10年物国債の利回りを0.5%に抑え、積極的な国債購入を行う)は、4月28日、据え置かれた。その代わりに、日銀の政策立案者は金融政策の見直しを発表した。この見直しは1年、場合によってはそれ以上続くと予想されている。

投機筋が再び火傷を負った指を治療する姿は、殺伐とした喜びに満ちている。しかし、この政策レビューは、一見すると官僚的な運動よりも有意義であることが判明するかもしれない。日本経済が1990年代にデフレに突入して以来、日銀が下した決断を評価する報告書である。

その出発点は、中央銀行が置かれている厳しい現実であろう。2016年に始まったイールドカーブ・コントロールは、日銀の膨大な資産購入が債券市場の機能に問題を引き起こし、追加的な刺激策がほとんど不可能であるという事実に対する譲歩であった。しかし、今、日銀が抱えている問題は大きく変わっている。日本のインフレ率は1980年代初頭以来の高水準にあるが、金利がわずかに上昇するだけでも、経済には大きな打撃を与えかねない。停滞した経済を刺激するために何十年も試行錯誤してきた日本の中央銀行は、どの方向にも大きく動くことができず、厄介な窮地に陥っている。

その理由を理解するためには、問題の根源に立ち返ることが必要だ。1980年代後半、日本は株価と不動産価格を中心とした巨大な資産バブルに見舞われた。世界で最も価値のある企業10社のうち6社が日本を本拠地とした。しかし、1989年の利上げでバブルは意図的に弾け、株価は直ちに下落し、地価は1990年代を通じて下落の一途をたどった。それ以来、日本は野村総合研究所のリチャード・クーが言うところの「バランスシート不況」に陥っている。企業や家計は投資や消費よりも借金の返済に集中し、経済成長を阻害している。

数十年にわたる倹約の結果、日本の住民は負債よりも金融資産をはるかに多く持っており、金利の上昇に対して非常に脆弱であるようには見えない。家計は株に貯蓄するのではなく、銀行預金を好んで保有し、その残高は1,100兆円(約8兆ドル)と、日本のGDPのほぼ200%に相当する。非金融機関はさらに561兆円を保有している。

世界では、家計は金利の上昇で圧迫されるのが普通だ。少なくとも短期的には、日本の家計は恩恵を受けることになるかもしれない。調査会社キャピタル・エコノミクスのマルセル・ティエリアントは、日本の金利が1ポイント上昇するごとに、家計の純金利収入は4.7兆円、つまり年間可処分所得の1.5%が増加すると指摘している。通貨高で輸入品が安くなることもあり、家計はむしろ金利上昇を喜ぶと思われる。

しかし、その痛みは他の場所にも及ぶだろう。最初に被害を受けるのは、民間企業の節約で負債が大きくなった政府機関である。昨年の予算では、国債の平均金利が0.8%でも、昨年の予算では歳出の約8%が利払いに充てられていた。

その影響は、かつてほどではないにせよ、何年もかけて滴り落ちてくる。日銀が日本の債券市場の半分以上を所有し、さらに長期の債券を所有していることが、金利上昇が財政に影響を与えるペースを速めている。日銀が債券を購入すると、基準金利を生む資産を作ることになる。金利が上昇すれば、日銀は直ちにこの資産を増やすことになる。政府はこの増加分を負担することになる。

金利上昇の痛みを直ちに感じるのは、経済の第二の部分である銀行システムである。金利が上がれば、中小の金融機関の資産に大きな含み損が発生する。コンサルタント会社の日本経済研究センターは、長期金利が1%ポイント上昇すると、地方銀行の経済価値(資産と負債の予想キャッシュフローに応じた価値)は、資本金の60%に相当するほど低下すると指摘している。

日本の最も脆弱な金融機関の一部を劇的に弱体化させることによって需要を潰すことは、理想的な方法ではないにせよ、最近のインフレを抑制する方法として、いずれは機能することになるだろう。しかし、長期的な需要不足の問題を解決することも、今や困難になっている。過去30年間に政府債務が大幅に増加したにもかかわらず、財政刺激策は、経済全体の崩壊を防ぐには十分だが、より強い成長に火をつけるには不十分であった。長年にわたり、より積極的な政府支出によって個人消費を増加させるという協調的な努力が、日本に対するケインズ派の明確な処方箋であった。しかし、国債の利回りが上昇したことが、事態を複雑にしている。

ベルリンの壁が崩壊したのと同じ時期に始まった危機から、日本がまだ立ち直っていないというのは少し奇妙に聞こえるが、日本経済は資産バブルの崩壊から協調して回復した経験がないのである。1990年の日本の一人当たりGDPは、アメリカの水準を約18%下回っていた。2021年には、同じ指標で、日本の一人当たりGDPはアメリカの39%以下となった。

このように、世界第3位の経済大国である日本が、政策担当者たちの手によって、厄介な状況に置かれ続けている。植田は、アカデミックな立場から日銀の門外漢であり、それを端的に伝えるチャンスである。レビューは、助けを求める叫びであるべきだ。問題を認めることは、解決への第一歩であり、その解決策が不快なものである場合はなおさらである。■

From "How Japanese policymakers ended up in a very deep hole", published under licence. The original content, in English, can be found on https://www.economist.com/finance-and-economics/2023/05/04/how-japanese-policymakers-ended-up-in-a-very-deep-hole

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翻訳:吉田拓史、株式会社アクシオンテクノロジーズ

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