拡大する創薬とAIの融合

創薬へのAI活用が加速している。潤沢なベンチャー投資を背景に創設された野心的なAI企業が、創薬コストの高騰に苦しむ製薬会社と利害関係が一致し、協同するケースが続出している。

拡大する創薬とAIの融合
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要点

創薬へのAI活用が加速している。潤沢なベンチャー投資を背景に創設された野心的なAI企業が、創薬コストの高騰に苦しむ製薬会社と利害関係が一致し、協同するケースが続出している。


今年4月、ドイツのバイオテクノロジー企業EVOTECH(エボテック)は、新しい抗がん剤分子の第1相臨床試験を発表した。この抗がん剤は、人工知能(AI)技術を低分子創薬に応用している英国オックスフォードのExscientiaとの共同開発によるものだった。

ExscientiaのAI設計プラットフォーム「Centaur Chemist(ケンタウルス・ケミスト)」を利用することで、従来の創薬プロセスでは4〜5年かかっていた医薬品候補化合物(固形がんと闘うT細胞を助けるA2受容体拮抗薬)が8ヶ月で見つかったという。このシステムは、何百万もの潜在的な小分子のさまざまな特性を計算機上で分類して比較し、10~20個の小分子を探して合成し、実験室でテストして最適化し、最終的に臨床試験用の薬剤候補を選択する。

2012年に英国のダンディー大学からスピンオフしたExscientiaは、この発表から3週間後に2億2,500万ドルのシリーズD資金調達を発表し、さらに任意に引き出し可能な3億ドルの株式コミットメントを発表した。

2020年には、日本の大日本住友製薬と共同で新薬候補を発表した。新薬候補は2つあり、1つは強迫性障害(OCD)を治療するために設計された選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)である。もう1つのがん治療薬は、AIの助けを借りて設計された最初の2つの分子であり、臨床試験に入ったとExscientiaは主張している。大日本住友製薬の創薬経験・知識と、ExscientiaのCentaur Chemistとの融合で業界平均で4年半を要するとされる探索研究を12カ月未満で完了したという。

また、Exscientiaはブリストルマイヤーズスクイブ(BMS)、サノフィ、バイエル、グラクソ・スミスクライン、ロシュ・ダイアグノスティックス、オックスフォード大学と創薬パートナーシップを結び、独自のパイプラインを構築している。

Exscientiaは、AIを活用した創薬・開発戦略を軸に過去10年間に設立された数多くの企業の一つに過ぎず、そのうちのいくつかは最近多額の資金を調達している。これらの企業の中には、低分子医薬品候補の同定(「何であるか」を突き止める)を促進するツールを開発しているところもある。

また、最近、新規株式公開(IPO)で4億3,600万ドルを調達したRecursion Pharmaceuticalsのように、細胞の行動に関する膨大なオーダーメイドのデータを作成し、これをAIを使って解析することで、革新的な医薬品の発見につながる生物学的洞察を得ようとしている企業もある。

また、IBM、Microsoft、Googleなど、医療分野に特化していない既存のテクノロジー企業も参入している。最近はGoogleの親会社であるAlphabetは、人工知能を利用して創薬を行う新会社Isomorphic Laboratoriesを設立した。

AlphabetがAIと創薬の融合に挑戦
Googleの親会社であるAlphabetは、人工知能を利用して創薬を行う新会社を設立することを先週木曜日に発表した。この新会社は、AIを使ってタンパク質の構造を予測するという画期的な研究を行ってきたDeepMindの成果をベースにしている。

慢性腎臓病と重篤な肺疾患である特発性肺線維症の新薬を発見するために、アストラゼネカとBenevolentAIが2019年に開始したコラボレーションでは、アストラゼネカは、自然言語処理を用いて文献から抽出したデータ、化学的・薬理学的実験で得られたデータ、遺伝子研究で得られたデータなど、異なるソースから得られた大量のデータをまとめるナレッジグラフの利用に興味を持った。ナレッジグラフは、コンピュータがさまざまなデータの関連性を見つけ出し、それをグラフィカルに表示することで、単一の実験では得られない洞察をもたらすという。

アストラゼネカは、ナレッジグラフの作業を依頼する企業として、BenevolentAIが最適であると判断した。2021年1月、両社は慢性腎臓病の新しい創薬ターゲットを発表した。BenevolentAIのコンピュータがターゲットを予測し、アストラゼネカの実験がそれを検証した。

ジョンソン・エンド・ジョンソンのベンチャーキャピタル部門であるジョンソン・エンド・ジョンソン・イノベーションはいくつかの企業に株式投資を行い、取締役会にも参加している。また、同社は、新興企業のインキュベーターであるJLabsを通じて投資を行い、若い企業と協力している。その一つが香港のInsilico Medicineで、2019年にJLabsに参加し、2020年11月にヤンセンとのコラボレーションを開始し、ヤンセンが選んだ複数の創薬ターゲットに対する低分子候補を設計している。

数十年前から、分子の構造的特徴と生物学的活性との関係を理解し、新たな候補を提案するための計算機的アプローチが行われていた。現在では、さまざまな計算手法を用いて、大量の既存化合物からなる仮想ライブラリをスクリーニングし、新たに発見されたターゲットにマッチする化合物を実験的に調べることが日常的に行われている。実際、低分子化合物の探索は、AIを医薬問題に応用している多くの企業の焦点となっている。

低分子化合物がAIにとって魅力的なのは、適切なデータから学習することができ、それによって新しい分子の予測が可能になるからである。低分子は、化学構造がよくわかるので、コンピュータで利用できるフォーマットに簡単に変換できる。また、過去数十年の間に公共および産業界のデータベースに蓄積された膨大な量の高品質データに基づいて、ヒトタンパク質ターゲットとの相互作用など、小分子の挙動の根底にある物理化学的原理を探る可能性について科学者たちは十分に理解している。

臨床試験のデザインも、電子カルテ、患者の属性、過去の臨床試験の結果から得られた情報など、さまざまな既存のデータセットにAIの力が発揮されている分野だ。

しかし、一部のアプリケーションでは、既存のデータでは量、質、適合性に限界があるため、最初からAIアプリケーションを念頭に置いてデータを生成するアプローチへの関心が高まっている。

例えば、Insitroは、創薬における機械学習に適した高品質の生物学的データセットを迅速に生成するために2018年に設立された。現在、ブリストルマイヤーズスクイブ(BMS)との契約で、その技術を用いて、筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症の予測モデルを作成し、ターゲットの特定を行っている。昨年10月に締結されたこの5年間の開発契約では、契約一時金として5,000万ドル、一定のマイルストーンを達成した場合にはさらに2,000万ドルが支払われ、将来的には総額20億ドルを上限に、医薬品の販売額に応じたロイヤルティが支払われる。Insitroがターゲットを特定したら、BMSはその中からどのターゲットを追求するかを選ぶ枠組みだ。

同様に、Recursionでは、数百万個の細胞サンプルを薬や遺伝子の摂動で処理し、染色し、画像化するために、一連のロボットを使用している。その後、機械学習アルゴリズムを適用して、摂動と細胞の形態的特徴との間の情報的関係を検索する。十分にキュレーションされた画像データの作成は、ターゲットの同定、ターゲットの逆畳み込み、ライブラリのエンリッチメント、リードの最適化、毒性試験など、創薬における幅広い問題にも役立つ可能性があるという。

バイエルは、このアプローチが十分に有望であると判断し、2020年9月にRecursionと線維性疾患に関する契約を締結した。この契約には、3,000万ドルの契約一時金に加え、最大10個の創薬プログラムでマイルストーンに到達するとそれぞれ1億ドルが支払われ、10億ドル以上の価値になる可能性があった。同時に、バイエルの投資部門であるLeapsは、Recursionの2億3,900万ドルのシリーズD資金調達に5,000万ドルを提供した。

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By 吉田拓史
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