Amazonがゼロから広告マーケットプレイスを構築した戦略

Amazonは需要側に対し、有利な条件を提示し、供給側を惹きつけつつも、マーケットプレイスのメカニズムデザインはマーケットプレイス運営者が有利になる構造を忍ばせます。

Amazonがゼロから広告マーケットプレイスを構築した戦略

広告バイヤーにとってAmazonのデマンドサイドプラットフォーム(DSP)とは、主にAmazonが所有する在庫、および管理下に入れている在庫をプログラマティックで購入し、eコマースの買物客の購買データに基づいた洞察を使用して広告をターゲティングする手段です。Amazonは、広告主がAmazonのDSPを介してアクセスできるように、テレビネットワークのコネクテッドテレビ広告枠など、外部のパブリッシャーから高品質の広告在庫を取り込むことで、バイヤーの視野を広げようとしています。

最近、AmazonはDSPを使用して、急成長するコネクテッドTV広告市場での足場を確保しています。2018年9月、同社は、Fire TVの広告で収益化をするアプリの運営者に対して、Amazonが広告インプレッションの30%をAmazon Publisher Servicesが販売する権利を持つことを要求し始めました。 代理店の幹部によると、その動き以来、AmazonはAmazon DSPを使用してその在庫を購入することを広告バイヤーに売り込んでいます。運営者(パブリッシャー)側としては話が違うということになっているそうですが、Amazonの圧力は強いと言われます。

さらに、同社は2019年、テレビネットワークのFire TV在庫をAmazon DSPに集中させるために、多数のテレビネットワークでテストを実施しました。テストでは、テレビネットワークはFire TVアプリの在庫を広告主に直接販売でき、広告主はAmazonのDSPを使用してこれらの購入を行う必要があります。これにより、広告主はAmazonの購買データから得られる洞察を使用して広告をターゲティングできます。

Amazonは、コネクテッドテレビを、主要な広告ライバルがまだ支配していない市場でリーダーシップを発揮する機会、と考えているようです。 Facebookは昨年、コネクテッドテレビ事業を閉鎖する前にそのエコシステムのなかで広告ネットワークを構築しようとしました。他方、GoogleのDSPはコネクテッドTV市場に進出し、GoogleのDSPを使用してコネクテッドTVキャンペーンを実行する広告主の数は過去1年間で137%増えた、と同社は2019年5月に明らかにしました。

Amazonは効果的にコネクテッドテレビ広告にはずみをつけようとしています。Fire TV内のテレビネットワークの在庫をより多く取得できる場合、Amazonは広告主からDSPへの投資を増やすことができ、パブリッシャーからより質の高い在庫を引き付けるのに役立ちます。

Amazonには質の高い在庫を確保することで、広告マーケットプレイスの取引量を引き上げた前例があります。2016年12月、AmazonはTAM(Transparent Ad Marketplace)を導入し、サイトとモバイルアプリのディスプレイと動画の在庫をオークションにかけました。 ヘッダー入札ツールであるTAMを使用すると、パブリッシャーは、Amazonを含む複数の需要元に在庫を同時にオークションを開催できます。これにより、AmazonはGoogleのDoubleClickのアドサーバーに載った在庫の一部を自社の商流に載せることに成功しました。

サイト運営者がTAMを介して在庫を販売する主な魅力は、Amazonの購買データへの洞察に基づいてターゲティングをした広告を販売できることでした。広告主はターゲティング広告に対してより多くの支払いを行う傾向があり、それはパブリッシャーがより多くのお金を稼げることを意味します。

ただし、パブリッシャーがAmazonの購買データへの洞察を使用してターゲット設定されたTAMを介して広告を販売するには、少なくとも1つの他の需要ソースをTAMに追加する必要がありました。

Amazonは、Amazonの在庫と競争する外部パブリッシャーの在庫を招き入れ、複数の需要ソースをTAMにプラグインすると、一見、利益相反のように映ります。が、在庫数を増やし流動性を高めることで、買い手と売り手の両面市場を活性化させよう、と考えていたようでした。結果としては、Amazonの広告マーケットプレイスは即座に成功を収め、独立系アドテクが本来Googleの商流が扱う在庫を、強引に自らの在庫に引き入れるために発案したヘッダー入札の勝者が、同じくビッグテックであるAmazonになるという皮肉な状況が生まれました。

ただし、パブリッシャーは、Amazonに強い影響力を与える制度設計に不満を持っているとされています。Amazonは、広告主に対してどのパブリッシャーの広告を買っているかを共有していますが、どの広告主が在庫を購入しているかはパブリッシャーと共有しない仕組みを採用していると言われます。このパブリッシャーが情報劣位になる仕組みは、Amazonに、パブリッシャーに対する優越的な交渉力をもたらし続けることは目に見えています。

AmazonのDSPが促進している「プログラマティックダイレクト」に関しても、取り決めがトロイの木馬になる懸念があります。現時点では、Amazonはプログラマティックダイレクトを使用して、パブリッシャーに高品質の在庫へのアクセスを提供させることができます。これらのプログラムによる直接的な取り決めでは、広告主と直接取引しているため、パブリッシャーはそれに満足しています。しかし、Amazonは広告主がDSPを採用するので、結局はAmazonを仲介者として挟みます。パブリッシャーは在庫プロバイダーの役割にとどまり、その在庫の流通を握るのはAmazonになるからです。つまり、Amazonが媒介として需要と供給に対し力強い影響力を保持する仕組みを、巧妙な形で制度に入れ込んでいるのです。

つまり、Amazonは需要側に対し、有利な条件を提示し、供給側を惹きつけつつも、メカニズムになかにマーケットプレイス運営者が有利になる構造を忍ばせています。

Amazonは、この戦略をFire TVの動画広告在庫取引にも応用しようと見受けられるのですが、OTT動画広告市場は著しく拡大しているものの、NetflixやAmazon Primeのような購読型動画配信が強いジャンルであり、在庫数がクリティカルマスを超えるのかには不安が残ります。

参考文献

Amazon Advertising.Amazon DSP.

Joel Stamp. 3 reasons to buy Fire TV video inventory from Amazon Advertising: An interview with Ryan Mayward. Nov 7, 2019. Amazon Advertising.

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米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

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