2007から2008年にかけて発生した世界金融危機は、強力な心理の力が国家の富を危険にさらしていることを痛々しいほど明らかにしました。上昇し続ける住宅価格に対する盲目的な信念から資本市場への過剰な信頼に至るまで「アニマルスピリット」は世界中の金融の出来事を推進しています。この本ではノーベル経済学賞を受賞した経済学者のジョージ・アカロフとロバート・シラーが、理論的な市場ではなく、現実世界の市場が織り込む非合理的な心理の存在とその影響を指摘しています。

アニマルスピリットは、ジョン・メイナード・ケインズが1936年の著作『雇用・利子および貨幣の一般理論』で用いた用語で、経済活動にしばしば見られる主観的で非合理的な動機や行動を指します。本書はこのアニマル・スピリットという言葉を援用し、限定不合理性について説明しています。

アカロフとシラーはアニマルスピリットの概念を回復することにより、経済政策における積極的な政府の役割の必要性を再確認しました。ケインズのように、アカロフとシラーは、これらのアニマルスピリットを管理するには政府の安定した手助けを必要とすることを知っています。より堅牢で行動に基づいたケインズ主義の主張を再構築する際に、彼らは現代の経済生活におけるアニマルスピリットの広範にわたる影響を詳細に調べています。

アカロフとシラーが取り上げた、通常の経済理論では軽視されるけれども無視できない「アニマルスピリット」は5つあります。それは「安心」「公平」「腐敗と背信」「貨幣錯覚」「物語」です。

はじめに、人は投資を行うかどうかということを考える場合、リスクとリターンのバランスを考える合理的なアプローチよりも「それは安心なものか?」という印象に大きく影響されます。また「安心でない」ということになると、取引も信用(お金の貸し借り)も縮小するので、安心が損なわれた場合には、「安心乗数」がマイナス方向に働くことによって、経済活動の縮小が引き起こされます。

次に、人は自分が「公平」に対応されているかどうかに対して、極めて敏感に反応し、第三者の行動が公平性を欠いていると判断した時には憤りを感じ、これが経済的な行動に影響します。アカロフらが引用した神経科学の研究では、他人の公平からの逸脱に対して罰を与えることは、脳内に快感(幸福の感情)をもたらすようです。

それから、「腐敗と背信」と著者達が呼ぶのは、違法でないとしても相手を騙すような意図を持った行動のことだ。法律に触れない程度の会計上の見せかけから、東芝が行ったような違法で極端な不正会計まで程度に差があるが、前者が徐々に後者に移行して、これが破綻すると、厳しい批判に晒されるということが、現実世界では繰り返し起こっています。「世間」のトレンドとして「腐敗と背信」的な行動のレベルが高まると、これに対する非難が高まるときがあり、いずれも経済活動に大きく影響するのです。

また、「貨幣錯覚」とは、インフレとデフレを織り込まずに名目の金額で損得を判断する現象を指します。合理性を重んずる種類の経済学にあっては、貨幣錯覚の存在自体が好まれておらず、理論上は半ば存在しないことになっていた、とアカロフらは指摘します。しかし、貨幣錯覚は広範に存在し、たとえばデフレであっても労働者は名目賃金の引き下げに抵抗します。日本人と日本企業は預金を好みますが、これもまた貨幣錯覚に充当すると考えれます。

最後に、アカロフらは人は「物語」をもとに物事を考えるとも指摘しています。例えば、ネットバブルは、インターネットに関するいささか行き過ぎた経済価値創造の物語の存在なしには説明できないし、サブプライム危機のときは、住宅所有が現代市民の基本的な欲求であり権利であるというような意識的な前提を突くことで、業者は常軌を逸した貸付を実行しました。

「アニマルスピリット」で著者達が取り上げた5つの概念とその影響は、行動経済学の概念を組み合わせることで、説明が容易になります。それらは「フレーミング効果」「プロスペクト理論」、「オーバー・コンフィデンス」「双曲割引」といったもので、今度はこれらを組み込んだモデルを作れないか、というところまで議論は進んでいます。

『アニマルスピリット』(ジョージ・A・アカロフ, ロバート・シラー)  東洋経済新報社