AppleはiPhoneで終わる?

世紀の大儲けですでに満足、「次の大きなもの」で出遅れる

AppleはiPhoneで終わる?
Photo by Sumudu Mohottige on Unsplash

要点

Appleはティム・クックの下でiPhoneで儲ける体制を洗練化させ、世界で最も稼ぐ会社となった。しかし「その次」は見えてこない。Appleはすでに「つまらない会社」になったのか?


歴史上、ティム・クックほど多くの株主価値を生み出したCEOはいない。スティーブ・ジョブズの後を継いだとき、同社の時価総額は3,490億ドルだった。現在では2兆5,000億ドルに達しており、これは上場企業の中でも最も高い数値だ。彼の指揮の下、年間売上高は2011年の1,080億ドルから昨年は2,740億ドルへと急増した。純利益は2倍以上の570億ドルに達し、サウジアラムコの石油による利益を上回り、Appleは世界で最も多くの利益を計上する企業となった。

長年、iPhoneの衰退を予測してきたアナリストたちが驚いたように、iPhoneはお金を稼ぎ続けている。全世界での販売台数は、ピークだった2015年の2億3,100万台から減少しているが、それはほんの少しだ。Appleは昨年も2億台のiPhoneを販売した。そしてこの間、iPhoneの平均小売価格は上昇を続けている。iPhoneの各機種は平均して40パーセントの粗利益率を誇っている。濡れ手で粟とはこのことだろう。

クックには多くの功績がある。その第一は、iPhoneビジネスの洗練化だ。モバイルコンピューティングを求める世界中の人々を満足させるために、彼はiPhoneの絶え間ない改良を続けた。彼がCEOに就任した直後に発表されたiPhone 4sが、まだ本質的には発展途上の携帯電話であったのに対し、9月に発売が予定されているiPhone 13は、約50倍の速度のプロセッサを搭載した手のひらサイズのスーパーコンピュータとなる。AppleはiPhoneのチップに関しては自社設計しており、このデザインがMacBookに移植されると、従来のインテルのものを上回る性能を示し、業界を驚かした。

彼が就任してからの主な新製品であるApple WatchやAirPodsも、強大なiPhoneの延長線上にあると考えられる。Appleのスマートフォンは現在、全世界で10億台以上が使用されており、地球人の7人に1台の割合で使用されている。

第二にサプライチェーンの最適化だ。iPhoneはは中国の技術的台頭と切っても切り離せない製品だが、もともとサプライチェーンを統括していたクックがAppleを率いるようになると、中国の重要性はより高まってもいる。2020年のAppleのサプライヤー上位200社のうち、香港を含む中国に拠点を置くサプライヤーは51社で、2018年の42社から増加し、初めて台湾を抜き去った(日経アジア調べ)。アップルはその厳格な品質基準で知られているが、中国のサプライヤーの増加は、同国の製造・技術能力の向上と、価格競争力を物語っている。

第三にApp Storeの繁栄である。これは、App Storeについて曖昧な態度をとっていたジョブズに欠けていたものだ。App Storeは、より多くのアプリメーカーを惹きつけ、より多くのユーザーを惹きつけ、さらに多くの開発者を惹きつけ、その結果、App Storeは売上高で世界最大のデジタルマーケットプレイスとなった。現在、App Storeには約200万本のアプリが登録されており、Appleがスポンサーとなって行った調査によると、2020年にはアプリ開発者に6,340億ドルの請求と売上がもたらされるとのことだ。

しかし、AppleにはiPhoneの次が生み出せるか、ということを人々は問うようになっている。

自動車で躓く

9月の初め、アップルの自動車担当チーフであるダグ・フィールドが、フォードの先進技術・組み込みシステム担当チーフに移籍した。フィールドは、Apple社の特別プロジェクト担当副社長として、「プロジェクト・タイタン」と呼ばれる自律走行型電気自動車を作るための取り組みの事実上の責任者を務めていた。

今回の離脱は、過去数年間で数々の変遷を遂げてきたAppleの自動車部門にとって、大きな揺り戻しとなる。2014年にプロジェクトを開始したにもかかわらず、自律走行型電気自動車の作業はまだ初期段階にあると、1月にブルームバーグが報じていた。

Appleは、同社のソフトウェア部門のトップであるケビン・リンチを自動運転車プロジェクトの責任者に任命したとされている。リンチは、アップルの技術担当副社長として、watchOSソフトウェアを開発した。また、iPhoneの「Health」アプリや調査研究用のアプリなど、健康関連のソフトウェアの開発も担当している。時計のソフトウェアを作っていたリンチに自律走行と電気自動車という2つの難関に挑むこのプロジェクトに対する適性があるのだろうか。

Appleのクルマが昨年走行した1万9,000マイルの「自律走行マイル」は、アルファベットのWaymoカープロジェクトがカリフォルニアで完了した63万マイルに比べれば、ほんのわずかだ。また、その数は縮小傾向にあり、2018年と比べるとわずか4分の1となっている。また、Waymoは、テストドライバーによる介入の間に、同社の車両が平均して約3万マイル走行したとしているが、Appleは145マイルだった。

最近の特許取得状況を見ると、Appleチームは現在、車そのものではなく、利用者の体験に取り組んでいることがうかがえる。先月だけでも、アップルは、文字や速度、光の警告を表示できる車外照明技術、車の屋根から展開するエアバッグと乗客の安全ベルトを含む安全システムに関する特許を取得している。自動車本体に関しては諦め模様なのだろうか。

ARの強烈なライバル

AppleとそのCEOであるティム・クックは、これまで「AR(拡張現実)」を強調してきた。しかし、先日のイベントでは、iPad上で動作するあるARアプリについて少し触れただけで、AR技術は登場しなかった。これはARで競合するFacebookと比較すると、心もとない状況だ。

Facebookのマーク・ザッカーバーグは、AR技術がヘッドセットやメガネに搭載され、初代iPhoneのタッチスクリーンが10億ドル規模の企業を生み出したように、テクノロジー業界に大きな変化をもたらすだろうと語っている。The Informationが社内の組織データを分析したところによると、Facebookには拡張現実(AR)や仮想現実(VAR)のデバイスに取り組む部門に約1万人の従業員がいるという。この数字は、Facebookで働く世界中の人々のほぼ5分の1をReality Labs部門(AR / VR部門)が占めていることを意味する。マジックリープという新興企業の勢いが完全に失われたため、このジャンルで最も優秀な技術者を雇うチャンスがFacebookには与えられてきたということだろう。

これに対し、The Informationの報道が正しければ、iPhoneはAppleのAR / VRデバイスにフォースパワーを提供すると言われる。Appleは、iPhone 13 Proに搭載されているA15 Bionicチップを、スマートフォン史上最速のチップと呼んでいるが、これは通常のiPhone 13に搭載されている4つのGPUではなく、5つのGPUを搭載している。グラフィックスの向上は、ARやVRアプリのパフォーマンス向上にもつながると考えられ、iPhone 13 Proに搭載されているA15 Bionicチップは同社のAR / VR戦略の布石となっているかもしれない。

半導体部門から人材流出

ただし、M1チップが従来型のインテルアーキテクチャを上回るパフォーマンスを表現し、勝利に湧いていた同社の半導体部門から、重要人材の流出が起きた。ハードウェアテクノロジー部門のディレクターのブライアン・キャンベルは、Appleが買収しM1チップを設計する原動力となったP.A.Semi社出身のメンバーを引き連れて、ハイエンドRISC-Vチップを開発するスタートアップ企業を立ち上げた

現在、iPhone 13とそのA15の検証が進んでおり、iPhoneのシングルコア性能の向上の鈍化が伝えられているが、この人材流出は一つの要因になっている可能性がある。

半導体技術者がRISC-Vというフロンティアに旅立つのは好ましいことではあるが、Appleから見ると、iPhoneが時代を牽引しなくなった兆候として捉えられる出来事でもある。業界のクリエイティブな人は明確にモバイルの次を探している。そしてAppleにはまだ確かなそれが見当たらないのだ。

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