CATLの破壊的なナトリウムイオン電池は「本物」か?
蓄電などエネルギー密度が高くなくてもよい領域で潜在性
要点
CATLが発表したナトリウムイオン電池は、エネルギー密度でリチウムイオン電池に敵わないだろう。しかし、希少な鉱物に依存しないこの電池は、利用要件に余裕のある再生可能エネルギーの蓄電やバーチャルパワープラント(VPP)のような領域にインパクトを与える可能性がある。
中国の寧徳時代新能源科技(CATL)は20日、かねてから予告していた新型のナトリウムイオン電池を発表し、2023年に新技術のサプライチェーンを構築する計画であると発表した。
電気自動車の普及に伴い、リチウムイオン電池の需要が急増している。リチウムイオン電池はコバルトなどの希少金属が利用されているうえに、リチウムそのものも決して豊富とはいえない元素で、産出地域が偏っている。リチウムの権益をめぐる陣取り合戦はすでに起きており、価格の高騰や安定供給が難しくなる可能性など、懸念材料が存在する。
そのため、自動車メーカーや電池メーカーは現在の3つの主要技術であるNCA(ニッケル・コバルト・アルミニウム)電池、NCM(ニッケル・コバルト・マンガン)電池、LFP(リン酸鉄リチウム)電池に代わる技術を求めている。
ナトリウムイオン電池は、リチウム、コバルト、ニッケルを含まず、資源的に豊富であり、リチウムのような課題はない。また、ナトリウム硫黄電池というナトリウムを利用した電池もすでに実用化されている。
CATLは、長年にわたりナトリウムイオン電池の電極材料の研究開発に取り組んできたと明らかにした。「正極材料では、より高い比容量を持つプルシアンホワイト材料を適用し、電子を再配置することで材料のバルク構造を再設計し、材料のサイクル時に急速に容量が低下するという世界的な問題を解決した。負極材では、独自の多孔質構造を持つハードカーボン材を開発し、ナトリウムイオンの豊富な貯蔵と高速移動を可能にし、さらに優れたサイクル性能を実現した」と同社はリリースで主張している。
発表によると、CATLの第1世代ナトリウムイオン電池は、化学システムの一連の革新に基づき、高エネルギー密度、急速充電能力、優れた熱安定性、優れた低温性能、高集積効率などの利点を備えている(下図)。CATLのナトリウムイオン電池セルのエネルギー密度は最大で160Wh/kgを達成でき、室温でSOC80%まで15分で充電できる。さらに、-20℃の低温環境下では、ナトリウムイオン電池の容量保持率は90%以上で、システム統合効率は80%以上に達する。
「第1世代のナトリウムイオン電池は、様々な交通機関の電化シナリオで使用することができ、特に極低温の地域では、その優れた利点が明らかになる。また、エネルギー貯蔵分野のあらゆるシナリオへの応用に柔軟に対応することができる」。
スーパーコンピューターとシミュレーション技術を用いて、原理に対する深い理解と高度なアルゴリズムと計算能力の応用により、ナトリウムイオン電池に最適な化学システムを開発し、工業化への道を歩み、継続的に進化させていくための深い探求を行っている、とCATLは説明している。次世代ナトリウムイオン電池のエネルギー密度の開発目標は、200Wh/kgを超えることだという。
CATLは、ナトリウムイオン電池とリチウムイオン電池を統合したバッテリーパックを発表した。これは、ナトリウムイオン電池とリチウムイオン電池を一定の割合で混合して1つの電池システムに統合し、バッテリマネジメントシステム(BMS)の精密アルゴリズムによって異なる電池システムを制御するものだ。「この『ABバッテリーシステムソリューション』は、現在のナトリウムイオン電池のエネルギー密度の不足を補うことができ、また、高出力や低温での性能などの利点を拡大することができる。この革新的な構造システムのおかげで、リチウム・ナトリウム電池システムの応用シナリオが広がる」と主張している。
このイベントで、CATL研究所の副所長であるQisen Huang博士は、ナトリウムイオン電池の製造は、リチウムイオン電池の製造装置やプロセスと完全に適合しており、製造ラインを迅速に切り替えて高生産能力を実現することができると述べた。「現在のところ、CATLはナトリウムイオン電池の産業展開を開始しており、2023年までに基本的な産業チェーンを形成する予定。CATLは、川上のサプライヤーや川下の顧客、研究機関に呼びかけ、ナトリウムイオン電池の普及と開発を共同で加速していく」。
ナトリウムイオン電池の課題と解決策
ナトリウムイオン電池は、正極と負極の間でイオンを移動させるという、リチウムイオン電池と同じ原理の電池。リチウムイオンに比べてナトリウムイオンは体積が大きく(エネルギー密度が低く)、構造安定性や材料の運動特性に関する要求が高い。このことがナトリウムイオン電池の商用化のネックになっている。
今回発表された160Wh/kgのエネルギー密度はスタート地点ではあるが、これは鉛蓄電池のエネルギー密度よりは高いが、リチウムイオン電池には及ばないレベルだ。
電極材料の試行錯誤が続いている。これまでの研究で開発されてきた同電池の炭素負極材料の容量はリチウムイオン電池の負極材料である黒鉛の理論容量と比較すると劣っていた。
ナトリウムを利用した二次電池として現在ナトリウム硫黄電池が市販されている。この電池は負極にナトリウム、正極に硫黄、両電極を隔てる電解質にβアルミナ固体電解質(セラミックス)を用い、硫黄とナトリウムイオンの化学反応で充放電を繰り返す仕組みである。理論エネルギー密度は786Wh/kgで4,500サイクルの寿命が期待されている。電力貯蔵用途などの大容量蓄電システムとしての導入例が増えている。
一方で、金属ナトリウムや硫黄を使用することから、取り扱う上での安全確保や事故発生時の対策が大きな課題となっている。2011年9月21日に発生した東京電力所有の蓄電用のナトリウム硫黄電池の火災事故では、水をかけると爆発する恐れがあるため,消火活動が通常よりも難しく、火災は小康状態のまま2週間続いた。
他にも多数の挑戦がある。日本からも東京理科大学と岡山大学のグループは昨年12月に、従来の「ナトリウムイオン電池」の負極材料よりもはるかに高い容量を示す「ハードカーボン」(難黒鉛化性炭素)の合成に成功したと発表している。CATLもまた負極にハードカーボン材を使用したと主張しており、興味深い。
今回のCATLの発表は電池の電極材料について詳しく触れていない。ただ、CATLが主張するような技術革新がなされたとしても、ナトリウムイオン電池がテスラに搭載されるような未来は描くのが難しい。実際、CATLの電池供給先であるテスラはリチウムイオン電池をより改善し内製化する計画(4680バッテリー)を進めている。
中国経済誌の財新によると、ある中国大手の電池企業の技術責任者は財新記者の取材に対し「ナトリウムイオン電池の特性を考えると、(航続距離を長くするために、エネルギー密度の高さが要求される)電気自動車(EV)向けではリチウムイオン電池に取って代わるのは困難だ。しかし(農村市場向けの)低速EVや、蓄電などエネルギー密度が高くなくてもよい領域では一定の潜在市場があるだろう」と語った。
韓国のSNEリサーチ社が発表した最新のレポートでは、2021年のEVにおける世界のエネルギー使用量について、これまでのところCATLが単独で30%近くのシェアを持ち、リーダーとして位置づけられている。
CATLは3つの戦略的開発方向を定義している。第一の開発方向は、定置用化石エネルギーを再生可能エネルギー発電とエネルギー貯蔵で代替すること、第二の開発方向は、移動用化石エネルギーをEV用バッテリーで代替し、E-モビリティの開発を加速すること、第三の開発方向は、電化とインテリジェンスを活用した市場アプリケーションの統合イノベーションを推進し、様々な分野での新エネルギーアプリケーションへの取り組みを加速することだ。
これらは一つ一つ非常に大きな市場だ。ナトリウムイオン電池は再エネと蓄電の「第一の開発方向」に役立つ可能性があるだろう。
参考文献
- Azusa Kamiyama et al. MgO-Template Synthesis of Extremely High Capacity Hard Carbon for Na-Ion Battery. Angewandte Chemie International EditionVolume 60, Issue 10 p. 5114-5120. https://doi.org/10.1002/anie.202013951
- 趙潔. ナトリウムイオン電池の研究動向と課題. NTTファシリティーズ総合研究所.
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