クレディ提訴はソフトバンクのアキレス腱 グリーンシル問題

グリーンシルからSVFポートフォリオ企業への資金供給の理由

クレディ提訴はソフトバンクのアキレス腱  グリーンシル問題
Photo by Tomohiro Ohsumi / Getty Images

要点

グリーンシル問題で莫大な損失を被ったクレディ・スイスはソフトバンクを提訴することを検討している。訴訟が提起されれば、関連する事業体すべてに資金を注入していたソフトバンクの行いが、利益相反に当たるかどうかより明快になる可能性がある。


英金融会社グリーンシル・キャピタルの経営破綻を巡り、同社から資金回収を進めているスイス金融大手クレディ・スイス(CS)がソフトバンクへの訴訟を検討しているとフィナンシャル・タイムズが6月初旬に報じた

これに続き、6月中旬には、CSは、ソフトバンクのCEOである孫正義との長年にわたる個人的な貸し借り関係を解消し、孫の会社との取引を厳しく制限したとウォールストリート・ジャーナルが報じている。WSJが取材した関係者によると、CSは現在、ソフトバンクに関わるビジネスを行う際には、リスクチェックと承認をさらに重ねることを要求しており、新規ビジネスの非公式な禁止に相当するとのことだ。

ソフトバンクグループの有価証券報告書によると、2021年2月の時点で、孫は保有するソフトバンク株のうち約3300億円相当(3,400万株)をクレディ・スイスに担保として差し入れており、これは銀行の中でも最大級の額だった。この株式担保融資の関係は約20年前にさかのぼるが、5月にはその融資がゼロになった。提出書類によると、孫は他の数多くの銀行とは相当額の株式担保を維持している。

関係者の話によると、ここ数カ月、グリーンシルの破綻をめぐって関係がこじれていたとWSJは報じている。問題が表面化したのは2020年の夏で、CSの幹部が、銀行がグリーンシルと共同で運営している100億ドルの投資ファンドにまつわる利益相反の可能性を検討したときだったという。

これらの動きは、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)が最大の投資家であったグリーンシルの破綻により、数十億ドルもの損失を被ることになった顧客の怒りを鎮めるために、CSが資金回収に奔走していることを意味している。

CSは、グリーンシルのサプライチェーン・ファイナンス(SCF)ファンドに顧客の資金を投資していた。このグリーンシルの主力製品は、企業が顧客に請求書を発行した後、支払いを受けるまでのキャッシュフローが欠如した期間、請求書を担保として企業を救済するための融資を行うものだった。グリーンシルは、この売掛債権担保融資を証券化し、CSが運用するファンドに販売していた。

7月2日にCSのウェブサイト上で発表した7億5,000万ドルの返済により、これまでに顧客に返還された総額は56億ドルとなった。SCFのファンドの総額101億ドルの半分以上である。

紛争の中心となっているのは、CSの富裕層顧客が、米国の建設会社カテラに貸している4億4,000万ドルの資金だ。カテラは、グリーンシルの顧客であり、SVFの支援を受けていた。報道によると、SVFはカテラに20億ドル以上を投資しており、12月には資本再編の一環としてさらに現金を注入していた。カテラはグリーンシルが破綻後、新たな貸し手を見つけることができず、6月に米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請していた。

ここに利益相反の可能性が浮上している。ソフトバンクは一時は融資先、グリーンシル、CSのファンドのすべてに資金を注入していた事がわかっている。FTが入手したクレディ・スイスのマーケティング資料によると、3月末時点で、最大エクスポージャー(潜在的な損失の範囲)の上位10社のうち4社がSVFの支援企業であり、52億ドルの資産の15%を占めている。これらのエクスポージャーが増加していた時期は、SVFのテクノロジー関連企業の株式価値が1兆9313億円も下落していた時期と一致する。

ソフトバンクはCSのファンドに静かに5億ドル以上の自己資金を投資したため、ソフトバンクのポートフォリオ企業への融資が焦げ付いてグリーンシルが破綻しても、自らを被害者の一人に加えることができた。2020年4月にFTが報じたところによると、ソフトバンクは、SVFが支援する新興企業の債務に大きな賭けをしたCSのファンドへの5億ドル程度の投資を、CSが「循環型資金調達」の仕組みの見直しを完了した後、償還している。

また、ソフトバンクはグリーンシルの親会社である豪法人に対しても、負債を取り戻す側に立っている。グリーンシルの破産管財人は経営破綻直後の3月、34人の債権者は3月、17億5千万豪ドル(13億5千万ドル)を超える請求を同社に提出したと発表していた。そのうち約11億5,000万ドルはソフトバンクによるものだった。

塩漬けの投資先に資金を回す手段?

The Economistの報道によると、グリーンシルは、他の金融機関が融資をためらうSVFの投資先への融資元として機能していた可能性があるという。2019年5月からSVFはグリーンシルに14億ドルを投資し、創業者をペーパービリオネアにしたが、2020年初頭からこの投資はその価値を証明し始めたという。

報道によると、SVFの投資先企業の中には、カテラやオヨのような、お金をひどく必要としている企業があった。WeWorkの大失敗の後、大半の金融機関はビジョンファンドの多くの企業に近づかないようにした。グリーンシルはその穴を埋める役割を担っていたという。グリーンシルは、カテラとオヨに資金を提供したが、これはクレディ・スイスの顧客が間接的に資金を提供したことを意味している。「塩漬け」状態にあるSVFのポートフォリオ企業が新たな投資ラウンドを行うことは、ソフトバンクにとって得策ではない場合があった。新たな投資ラウンドで企業価値が下がれば、ソフトバンクは保有株式の再評価を余儀なくされ、損失を被る可能性があるからだ。苦境に立たされている企業への融資のパイプラインとして、グリーンシルを活用した可能性が浮上してくる。

経営破綻したカテラの建材を集めた倉庫。建設業界に疎い投資銀行出身の3人が創業し、建設業の革新を訴えたが、絵に書いた餅になった。同社は投じられた3,300億円を燃やした。Image via Kattera.

ソフトバンクは、支援した企業の創業者全員を集めた懇親会を定期的に開催している。孫は、SVFやソフトバンクが少数株主となっているポートフォリオ企業の集まりを、「群戦略」と銘打っている。ここで彼は個々の企業が自律的に動いていることを強調している一方、SVFのポートフォリオ企業が「家族」のように協力し合うことを勧めている。ポートフォリオ企業は、たとえそれがソフトバンク以外の投資家や取引先の利益にならないとしても、「家族」を優先する必要性を感じることがあるかもしれない。

グリーンシルは破綻以降、金融・政治スキャンダルの中心となっている。同社のガバナンス(企業統治)が最低レベルだったことが明らかになっているが、これらは、ある種の目的にとってふさわしい「柔軟性」を表現しているとも言えるだろう。

グリーンシルは政治的な基盤を持っていた。デービッド・キャメロン政権にしっかりと食い込んだ、創業者のレックス・グリーンシルは、2012~16年に内閣の顧問として働き、17年には「経済への貢献」を評価されて大英帝国勲章3等の叙勲を受けていた。キャメロン前英首相は、年間100万ドルの報酬を受けるグリーンシルの顧問として、コロナに関連する政府の融資プログラムへのグリーンシルの関与を支援するなど、英政府に対して広範なロビイングをした。キャメロンは有利な行使条件のストックオプションを付与されており、友人に「6,000万ポンド(約90億円)手に入る」と漏らしていたという。

不正会計の疑いも浮上している。英会計規制当局は6月、2019年のグリーンシルの財務諸表の監査をめぐり、英会計事務所サフェリー・チャンプネス(Saffery Champness)に対する調査を開始したと発表した。チャンプネスと並んで、規制当局は、英国の実業家サンジーヴ・グプタが所有し、グリーンシルの最大の顧客の1つであるワイランズ銀行の2019年の監査をめぐって、PwCも調査をしていると明らかにした。これに先立って、独当局はグリーンシルの現地法人を閉鎖させ、不正会計の疑いがあるとして捜査当局に告発している。

特に資金回収が焦げ付いている、2社への融資は非常に香ばしい匂いがする。英重大不正捜査局は5月、最大の融資先(12億ドル)である英資源複合企業GFGアライアンスにおける不正行為やマネーロンダリングの疑いについて調査を開始したと発表した。この調査はグリーンシルとの資金調達の取り決めを含んでいる。

第二の融資先(8.5億ドル)である米ウェストバージニア州のジム・ジャスティス知事(共和党)のブルーストーンは、CSからの資金回収の圧力に対して、3月、グリーンシルが不正な融資慣行でだましたとしてニューヨークの連邦裁判所に提訴。早くても2023年まではグリーンシルの融資返済を開始するとは想定していないと明らかにしていた。

参考文献

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