デジタルルピーの明るい未来

デジタルルピーの明るい未来
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要点

インドがデジタルルピー開発へと舵を切った。モバイル決済では中国の先例を活かし、政府が運営する決済基盤の導入で少額決済の手数料をタダにした。中央銀行デジタル通貨(CBDC)でも中国とは一味違うアプローチを見せるか。


中央銀行のインド準備銀行(RBI)は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の「段階的な導入戦略」に向けて取り組んでいると、RBIのT・ラビ・サンカー副総裁が7月下旬、明らかにした。近い将来、汎用デジタル通貨のパイロット運用が行われる可能性があるという。

インドはこれまで、①高額紙幣を廃止②国内決済業者を公的決済基盤「UPI」へ誘導③モバイル決済利用者の急増、のプロセスで人々に電子的なお金に慣れさせている。

政府が提供するデジタル決済基盤UPIは、8月の取引量が7月と比較して9.56%、取引額が5.4%増加した。UPIが8月に処理した取引件数は35億5,000万件、取引金額は6兆3921億ルピー(約9兆6,168億円)に達した。この一月の取扱高はPayPayの2020年決済取扱高の3倍である。

インドはすでにデジタル決済のイノベーションの面で世界をリードしている。UPIは24時間365日利用可能で、小売と卸売の両方の顧客が利用でき、ほとんどがリアルタイムで、取引コストはおそらく世界で最も低く、デジタル決済は(過去5年間で)55%という素晴らしい年率で成長している。UPIのように1ルピーから取引ができる決済システムを他に見つけるのは難しい。

インドは中国の先例から学び、テンセントとアントグループがデジタル決済の大半を握ることになった市場構造を良しとせず、政府が決済基盤を構築し、ライセンスを付与された業者がこの決済基盤の利用を認められる仕組みを採用した。そのかわり業者は、低所得者層が取引シェアの大半を占めるはずであろう少額決済に対しては手数料をゼロにすることを法律で規定されている。

UPI インド政府主導のデジタル決済共通基盤
UPI は、政府主導の多くのデジタル決済製品が相互運用可能なリアルタイム・モバイル・ペイメントを提供するためのソリューション。決済サービスプロバイダーがインド決済公社のサービス群を使用するためのインターフェイスであり、背後のシステムが銀行口座間取引を即時的に実行する。

これがCDBCに移行する場合、中国と同様に暗号通貨を利用するか、UPIの延長線上にCBDCを設計するかによってシナリオが分岐する。現行のUPIがすでに優秀なシステムであることはRBIの判断に多かれ少なかれ影響するはずだ。

ただ、インド国民は、変化への準備ができていると言っていいだろう。依然として「Unbunked」と呼ばれる金融機関へのアクセスを持たない人々を多く抱える同国では、デジタル金融へのアクセスが開かれることを人々は好意的に捉えており、現金取引に慣れた日本の消費者のような課題はあまりないだろう。また中国と同様、インドのインターネットはモバイルを基点としており、そこにデジタルウォレットや暗号通貨ウォレットが置かれるのはごく自然なことなのだ。

サンカーは文書の中で「CBDCの導入は、現金への依存度の低減、取引コストの低減によるシニョリッジ(通貨発行益)の増加、決済リスクの低減など、大きなメリットをもたらす可能性がある。CBDC の導入は、より強固で、効率的で、信頼できる、規制された、法定通貨ベースの決済手段につながる可能性がある」と主張。

「CBDCは、今後、すべての中央銀行の武器となるでしょう。これを設定するには、慎重に調整し、実施には微妙なアプローチが必要です。理事会での検討や利害関係者との協議が重要です。また、技術的な課題も重要です。よく言われるように、すべてのアイデアはその時を待たなければなりません。おそらく、CBDCの時代はもうすぐそこまで来ているのではないでしょうか」

サンカーは中央銀行は、現金やデジタル形式の支払いと共存する可能性のある提案されたCBDCの範囲や法的枠組みについて、いくつかの検討を行っていると述べた。RBIはCBDCを中央銀行がデジタル形式で発行する法定通貨と定義。「CBDCは不換紙幣と同じであり、不換紙幣と1対1で交換可能である。形が違うだけだ」。

サンカーの講演内容は、8月下旬のダス総裁のCNBCのインタビューで裏付けられた。ダス総裁は、①12月までに最初のデジタル通貨の試験プログラムを開始する可能性がある、②中央銀行はデジタル通貨のために中央集権的な台帳を持つか、いわゆる分散型台帳技術(DLT)を持つかの選択も検討している、と明らかにしている。

サンカーの書簡は、準備銀行が2018年12月から2019年1月にかけて6都市の個人の小売支払習慣について行った試験的な調査を紹介している。これによると、支払いや定期的な出費のためにお金を受け取る際には、依然として現金が好まれている。少額の取引(金額が₹500まで)では、現金が主に使用されている。

インドではデジタル決済の普及が進む一方で、特に少額の取引では現金の使用に対する関心が持続しているというユニークなシナリオが存在しているようだ。「現金への嗜好がデジタル決済への不快感を表している限り、CBDCがそのような現金の使用に取って代わることはないと思われる。しかし、例えば匿名性を理由とした現金への嗜好は、匿名性が保証されている限り、CBDCの受け入れに方向転換することができる」とサンカーは記述している。

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新たなスエズ危機に直面する米海軍[英エコノミスト]

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