中国当局、滴滴の一件で中国企業の米上場スキームにメスか

中国企業が多用するタックスヘイブンの「複雑な事業体」

中国当局、滴滴の一件で中国企業の米上場スキームにメスか

要点

中国当局は、中国企業がタックスヘイブンを利用して米上場を果たすスキームに神経を尖らしていたが、滴滴が当局の静止を無視して米上場したため、一気に規制する方向に動きそうだ。


中国共産党中央委員会総局と国務院総局は7月6日、海外に上場している中国企業への監督を強化すると発表した。滴滴出行(Didi)へのサイバーセキュリティ調査の開始を発表した直後のことだ。詳細は明確にされていないが、文書は、すでに海外に上場している企業や、これから上場しようとしている企業に新たな規制を設けることを求めている。

米国の資本市場は、過去10年間、中国企業にとって有利な資金調達源となってきた。特に、米国で上場している同業他社との比較によって企業価値を設定し、豊富な流動性を活用したいと考えている中国のテクノロジー企業にとっては、有利な資金調達源となってきた。

Refinitivのデータによると、2021年に米国で上場した中国企業からは、6月30日に取引が開始されたDidiを含め、34件の取引で125億ドルという記録的な資金が調達されているという。

しかし、米中デカップリングの流れの中で、両者は相互依存関係を薄めようとしている。米証券取引委員会(SEC)は3月、米国の監査基準に準拠していない場合、外国企業を米国の取引所から排除するルールの展開を開始した。これは、中国企業が3年連続で米国の監査基準に準拠していない場合、中国企業を米国の取引所から排除することを目的としたものだ。

5月にロイターが報じたところによると、北京はオーディオプラットフォーム「Ximalaya」に対し、米国での上場計画を中止して香港での上場を選択するよう圧力をかけていたとされている。ある関係者は、米国の規制当局がニューヨークに上場している中国企業の監査を拡大する可能性があるという北京の考えを指摘している。

アリババやバイドゥなど、米国に上場している中国の大企業数社は、最近、香港での二重上場を始めている。

当局の態度に対して引き金を引いたのが、今回の滴滴の米IPOだ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、滴滴は1週間前に中国当局からの上場延期の提案を無視して上場した。その後、同社はサイバーセキュリティの調査やアプリストアでの利用禁止などの問題に見舞われ、6日(米現地時間)には株価が20%も下落した。

サイバーセキュリティ当局は、6月22日にニューヨーク証券取引所に株式を上場し、16億ドルを調達した「トラックのためのUber」であるFull Truck Alliance(満帮)にも照準を合わせている。Full Truck Allianceも滴滴と同様、ソフトバンクGのファンドからの出資を受けている。

長期的には、カリブ海の小国を基点に非常な複雑な企業構造を作り北京の支配から逃れていた企業は、より困難に見舞われることが、今回の滴滴の一件から明らかにされた。ウォール街の投資銀行も中国企業を米証券取引所に導くことで儲けることが難しくなっただろう。

変動持分事業体

おそらく今後、中国政府がメスをいれるのは、変動持分事業体(Variable Interest Entities:VIE)という複雑な事業体だ。

今回の滴滴として上場されたのは、ソフトバンクGが運用するファンドなどが出資するケイマン諸島の持ち株会社Xiaoju Kuaizhi Inc.だ。この持株会社のADR(米国預託証券)がナスダックで取引されている。この会社は、外国人が立ち入ることのできない機密性の高い営業許可を持つ中国の配車事業を、ケイマン、香港、本土にまたがる構成企業を通じ、契約によって管理している。

滴滴のVIEはケイマン諸島のXiaoju Kuaizhi Incの下にケイマン諸島の子会社5社とヴァージン諸島の子会社2社がぶら下がっている。同時に、Xiaoju Kuaizhi Incは香港の子会社を通じて北京の外資独資企業(Wholly Foreign-Owned Enterprise:WFOE)を保有しており、このWFOEがDidiのいくつかの事業体と契約を交わすことで、滴滴のビジネスを管理している。

2014年のアリババグループが中国企業の米国上場の1つのパターンとして広めたとされるVIEにより、ニューヨークへの道がスムーズになった経緯がある。通常、中国企業が国内上場するには、長い承認プロセスを経る必要がある。しかし、ケイマン諸島のようなタックスヘイブンを本拠地とする企業は、北京の監視下に置かれない。この抜け穴が、米国での中国系企業の上場熱を高めた。リサーチ会社Dealogicによると、2014年にアリババが250億ドルを調達したのをはじめ、過去10年間で200社以上の中国企業が780億ドルを米国で調達している。

中国テクノロジー企業がVIEスキームを利用するようになった経緯について、野村資本市場研究所シニアフェローの関志雄は、2016年の報告書でこのように説明している。「インターネット企業は、創業初期に、継続的で大量の投資が必要であるが、中国の資本市場は、このようなニーズに十分応えていない。国有銀行などは主に実績のある国有企業を対象に融資を行っているが、リスクと収益性の評価の難しいインターネット企業への融資には消極的である。民間資本も、産業の長期的発展という視野に欠けており、インターネット産業の成長という絶好の投資機会を見逃した。結局、中国におけるインターネット企業は、創業初期段階から、資金面において、外資の支援に依存せざるを得なかった。その一方で、中国市場の巨大な潜在力が発揮されることを見込んで、外国投資家は中国のインターネット企業に積極的に投資してきた」。

Photo: "FT ringing the Closing Bell at the NYSE"by Financial Times photos is licensed under CC BY 2.0

参考文献

  1. 増田耕太郎. ケイマン諸島を経由する中国企業の 米国証券市場への上場
  2. 関 志雄. 問われる中国のインターネット企業の海外上場の在り方 -VIE スキームの功罪を中心に-

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