EU、Googleのオンライン広告事業に独占禁止法調査を開始

プライバシーと独占禁止のトレードオフ

EU、Googleのオンライン広告事業に独占禁止法調査を開始

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要点

Googleが広告プラットフォームでプロプライエタリ(専売的)の傾向を高めているのは確かだが、独占禁止の文脈でサードパーティ広告事業者にデータのアクセスや追跡を許すとユーザーのプライバシーが損ねられる。このトレードオフに出口はあるか。


欧州委員会は22日、Googleが自社のオンラインディスプレイ広告技術サービスを優遇し、競合する広告技術サービスのプロバイダー、広告主、オンラインパブリッシャーに不利益を与えたことにより、EUの競争規則に違反したかどうかを評価するため、正式な反トラスト(独占禁止)調査を開始したと発表した。

今回の正式な調査では、特に、Googleがウェブサイトやアプリ上の広告目的で第三者によるユーザーデータへのアクセスを制限する一方で、そのデータを自社で使用するために確保していることで、競争を歪めているかどうかが検証される。

競争政策を担当するマルグレーテ・ベスタガー上級副社長は「Googleは、オンラインディスプレイ広告のサプライチェーンのほぼすべてのレベルに存在している」ことを問題視している。「私たちは、Googleが、いわゆるアドテク(広告技術)において、競合するオンライン広告サービスの競争を困難にしていることを懸念している。サプライチェーンを構成するすべての人々にとって、公平な競争環境は非常に重要だ」と語っている。

欧州委員会によると、YouTubeに広告を表示するために広告主にGoogle独自のAd Managerの使用を義務付けたり、独自のアドエクスチェンジを優遇している疑いがあるなど、同社の広告慣行のいくつかを調査している。欧州委員会は、Googleがオープンプラットフォームをうたった広告製品群を提供しているものの、事実上、Googleの製品のみを利用することが奨励される枠組みとなっていることを主要な調査対象としている。他の調査内容はこの通り。

  • 広告主、パブリッシャー、競合するオンラインディスプレイ広告の仲介者などの第三者が、Googleの広告仲介サービスで利用可能なユーザーIDやユーザー行動に関するデータにアクセスすることを、Googleが制限していること。
  • Chrome上でのサードパーティcookieの設置を禁止し、Privacy Sandboxのツール群に置き換える計画の市場への影響
  • Android端末において、ユーザーがパーソナライズド広告をオプトアウトした際に広告識別子を第三者に提供することをやめる計画の市場への影響。

EUは過去10年間で、さまざまな反トラスト法違反により80億ユーロ(約1兆500億円)以上の罰金をGoogleに科している。これまで、Googleに対し、「Googleの別の製品である比較ショッピングサービスに違法な優位性を与えることで、検索の優位性を乱用した」として、2017年に27億ドル、「一般的なインターネット検索における支配的な地位を固めるために、Android端末メーカーやモバイルネットワーク事業者に違法な制限を課した」として、2018年に51億ドル、「第三者のウェブサイトとの契約において、Googleのライバル企業がこれらのウェブサイトに検索広告を掲載することを妨げる多くの制限条項を課した」として、2019年に16億9,000万ドルの制裁金を科している。

この正式な調査は、Googleが米国で同様の反トラスト法上の法的措置に直面していることを受けたもの。昨年10月、米国司法省は、Googleが検索および広告市場を違法に独占しているとして、同社を反トラスト法違反で告訴した。

Googleは、欧州委員会と「建設的に関わっていく。欧州の何千もの企業が、毎日、新規顧客の獲得やウェブサイトの資金調達のために当社の広告商品を利用している」との声明をThe Vergeに出している。「その理由は、競争力があり、効果的だからだ」。Googleによると、上位の広告主の多くは4つ以上のプラットフォームを利用して広告を購入しており、同社の技術は700のライバル広告プラットフォームと80のライバルパブリッシングプラットフォームと相互運用可能であるという。

FLoCを巡る論争

それから、現在、オンライン広告業界で注目を浴びているトラッキングシステムFLoC(Federated Learning of Cohorts)について触れておこう。

GoogleがサードパーティCookieの代替策としようとしているFLoCは、ブラウザベースの機械学習などを使って、ユーザーの関心事を判断し、他のユーザーとの間で分類するものだ。これは、電子フロンティア財団(EFF)など、ユーザーのプライバシーを重視する団体から批判されている。

ライバルのブラウザーメーカーも、FLoCを好ましく思っていない。FirefoxのメーカーであるMozillaは、最近The Vergeに次のように語っている。「私たちは、関連性の高い広告を提供するために、ユーザーの理解を得ずに収集され共有される、何十億ものユーザーに関するデータポイントを業界が必要としているという仮定に納得しない」。ブラウザメーカーのBraveは「FLoCの最悪の側面は、プライバシーに配慮しているという名目で、ユーザーのプライバシーを実質的に傷つけていることだ」と述べている。

また、競合企業がFLoCを防ぐための施策を打つ例が出てきている。Amazonは、Amazon.com、WholeFoods.com、Zappos.comを含む自社製品のウェブサイトにFLoCをブロックするコードを投入したとDIGIDAYと専門家の調査が明らかにした。報道によると、Digidayは、3人の技術者の協力を得て、Amazonが自社のデジタル資産にコードを追加し、GoogleのChromeブラウザを使用する訪問者をFLoCが追跡できないようにする様子を観察した。これらのサイトには、訪問者の行動をコホートに知らせたり、IDを割り当てたりしないようにGoogleのシステムに伝えるコードが追加されていることがわかった。

今回の欧州委員会の調査は、このGoogleがサードパーティCookieからFLoCへと移行する点に圧力をかけたことになる。プライバシーの観点からは、Chromeユーザーの訪問履歴が第三者に渡らず、嗜好の手がかりだけが渡されるFLoCの方が好ましいのだが。

コメント

Googleが広告プラットフォームでプロプライエタリ(専売的)の傾向を高めているのは確かだ。ただ、Facebookのようにより専売的な傾向が強いプレイヤーがいる中で、Googleの慣行だけを取り締まることには少し違和感がある。問題とされているディスプレイ広告は比較的、開放性の高いカテゴリであり、GoogleやAmazonの検索広告、Facebookの広告全般は完全に専売されている。

ケンブリッジ・アナリティカ事件のセンセーション以降、Googleのようなインターネット広告事業者は、プライバシー保護を求められてきた。その結果、サードパーティCookieからのオプトアウトのようなプライバシー保護仕様を導入した結果、オンライン広告市場はGoogle、Facebook、Amazonのような巨大なオーディエンスを抱えるサービスを多数持つプレイヤーに有利に働いた。

調査の結果、サードパーティcookie等の利用を再度認めたり、広告IDのオプトイン許可規約がなくなることになれば、プライバシー保護の観点では大きな後退になる。

このオンライン広告の分野では、大手企業が圧倒的に優位性を持っており、何らかの線を引く必要があるが、それがどのような形になるべきかはとても難しい問題だ。

Photo by Ernesto Velázquez on Unsplash

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