インドネシアのEV供給網の野望

インドネシアは、中国が圧倒的な優位を築き、欧米が巨額の産業政策で追走するEV供給網をめぐる競争の中で、台風の目となっている。この特集記事ではEV大国化を目論む同国の野心とその政策について詳述している。

インドネシアのEV供給網の野望
2022年8月18日(木)、インドネシアのチカランにある現代自動車・マニュファクチャリング・インドネシアで、ブルームバーグニュースのジョン・ミクルスウェイト編集長とのインタビューで話すインドネシアのジョコ・ウィドド大統領(右)。

インドネシアは、中国が圧倒的な優位を築き、欧米が巨額の産業政策で追走するEV供給網をめぐる競争の中で、台風の目となっている。この特集記事ではEV大国化を目論む同国の野心とその政策について詳述している。


「私たちが欲しいのはEVであって、電池ではない。テスラには、インドネシアでEVを製造してもらいたい」とジョコ・ウィドド大統領(通称ジョコウィ)は8月中旬のブルームバーグによるインタビューで語った。フォード、現代、トヨタやスズキのいずれにも、国内にEVのエコシステムを作って欲しい、とジョコウィ氏は語った。

EVサプライチェーン(供給網)の誘致競争でインドネシアに優位性をもたらした要因は2つある。

1つ目はすでに自動車産業の集積があることだ。首都ジャカルタ東部の集積地帯には水資源、産業用の電力供給、その他のインフラ、大量の労働者と自動車工場を開設するための諸条件がすでにある。テスラのようなEVメーカーが工場を建設した際に熟練労働者の確保や自動車生産に必要な電力・水道・高速道路などのインフラ面のサポートを期待できる。一部のサプライヤーはガソリン車と共通するだろう。

これらの基盤は主に日本企業が耕したものであり、その基盤が後発のEV企業によって享受されることになる。EV勢が自動車企業の基盤を使うのはこれが初めてではない。テスラはトヨタ自動車と米ゼネラル・モーターズの旧合弁工場の土地建物を4,200万ドルと破格の価格で買収し、量産を開始した。リビアン(Rivian)も最初の大量生産要工場については三菱自動車のイリノイ州の工場を安く買っている。

もう一つのインドネシアに優位性をもたらした要因は、同国が世界最大のニッケルの産出国であることだ。米国地質調査所のデータによると、インドネシアのニッケル埋蔵量は約2,100万トンで、2020年には世界の生産量の約30%を占めニッケル生産の第1位だ。

インドネシアのニッケル生産は、主に主要な貿易相手国である中国に対して、ステンレス鋼産業用の原料を供給してきた。しかし、2009年、インドネシアは自国のニッケル加工セクターの発展を支援するため、ニッケルを含む未加工の金属鉱石の輸出を禁止する政策を実施し始めた。この政策は2017年に一時的に緩和されたが、ジョコウィ政権下の2020年1月1日に復活し、法令が「厳密に執行」され、インドネシアの精錬能力が拡張した。

インドネシアは歴史的に、鉱山での生産能力は大きいものの、ニッケルを高付加価値製品に加工する川下能力を欠いていたのだ。実際、インドネシアの2019年のニッケル生産量は、ほぼ全量が未加工鉱石として中国に輸出されていた。

ニッケル(黄緑)は主にスラウェシ島とマルク島に所在する。Andante Hadi Pandyaswargo et al(2021). (CC BY 4.0). DOI:10.3390/batteries7040080
ニッケル(黄緑)は主にスラウェシ島とマルク島に所在する。Andante Hadi Pandyaswargo et al(2021). (CC BY 4.0). DOI:10.3390/batteries7040080

ニッケル供給網を国内に組み込む努力は、インドネシアにとって実り多い物になった。4~5年前に原料を輸出していた際は、輸出額は11億ドルにとどまったが、2021年に加工過程まで国内で行えるようにした途端、輸出額は18倍近くの208億ドルになったという。

ニッケルの生産工程は複雑で、ニッケルを含む鉱床の種類によって異なる。インドネシアでは、ニッケルは主に地表近くのラテライト鉱床に存在し、露天掘りで回収される(カナダやロシアなど他の主要生産国の地下鉱床とは異なる)。現在、インドネシアで生産される市場性のあるニッケルは、ニッケル鉱石(未加工ニッケル)、ニッケル銑鉄とフェロニッケル(ステンレス鋼に使用される低級中間体)、ニッケルマット(純ニッケル金属や化学品を作るための高級中間体)という形態となっている。

ただし、インドネシア国内の精錬所のほとんどが華友コバルトのような中国資本であり、中国企業との固定納入契約を結んでいる可能性があり、国内の供給網にどの程度、生産物を供給できるかは不透明だった。

輸出税で精錬プロセスを国内に閉じ込める

この状況を変えるため、ジョコウィ大統領は、2022年中に精錬後のニッケルの輸出に課税する可能性があると言及している。

政府はニッケル含有量70%未満のニッケル製品に輸出税を課すことを検討している。このような輸出税は、特に高圧硫酸浸出(HPAL)工場の生産物である混合水酸化物沈殿(MHP、通常ニッケル含有量34〜55%)と呼ばれる中間製品を対象とする。インドネシアの電池供給網向けに新設または計画中の加工工場のほとんどはHPAL工場で、MHPを生産している。

インドネシアが国内で完結させたいと考える電池材料の産出から電池リサイクルまでの一連のプロセス。出典:インドネシア投資調整庁

この税を回避するためには、企業はインドネシア国内で精錬のより多くの工程を行う必要がある。実際、インドネシア初のHPAL工場を建設した中国とインドネシアの合弁会社は、すでにインドネシアで正極活物質を生産する計画を持っている。

輸出税によってニッケルの動きが中国への一方通行ではなくなる可能性がある。

電池の製造拠点を国内に呼び込むには十分な施策である。現在、車載用リチウムイオン電池では三元系(NMC)が主流で、これはニッケルなしでは成り立たない。近年注目されるリン酸鉄リチウムイオン(LFP)はニッケルなどの原材料を含まず低コストだが、エネルギー貯蔵の容量がNMCに劣っている。

ジョコ・ウィドド大統領インタビュー:G20、テスラ、ニッケル税について
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は19日、ブルームバーグ・ニュース編集長のジョン・ミクルスウェイトとのインタビューで、20カ国・地域首脳会議、ニッケル税、イーロン・マスクのテスラについての見解を述べた。

EV・電池の供給網拠点化を目指す

ジェトロ・ジャカルタ事務所の上野渉とシファ・ファウジアによると、 2019年8月に発令された、バッテリー電気自動車(BEV)の開発促進に関する大統領令では、ジョコウィ政権は2025年までに四輪車の生産台数の20%をBEVにする方針を示した。同令はそのほか、EV関連産業の促進、インセンティブの付与、充電インフラの整備などを規定。さらに、BEVの原材料・部品の現地調達率についても、段階的に高め、特に2030年以降は、現地調達率を80%以上と規定した。

その上で、工業大臣規定2020年第27号により、バッテリーやドライブトレインなど複数の部品に関しても現地調達率を定めた。

同時にBEVの中核部品である電池でも、インドネシアは、2030年に140ギガワット時(GWh)の電池を製造するという野心的な目標を掲げている。しかし、需要が急増しているため、2030年の世界需要の4〜9%程度(国際エネルギー機関[IEA]予測、適用シナリオによって異なる)にとどまると考えられる。

インドネシアは、電池用金属の採掘と加工から、正極活物質の生産、電池セル、電池パック、EV、そして最終的には電池のリサイクルまで、国内の統合型EV供給網を開発したいと考えている。政府は、現在のEV用電池生産ゼロから、2030年までに年間140GWhのEV用電池を生産するという野心的な目標を掲げている。生産量の3分の1は輸出し、残りは開発が始まったばかりの国内のEV産業で利用する計画だ。

国内では国営企業を関与させるための政策が進んでいる。2021年3月、インドネシア電池公社(IBC)が設立された。IBCは、鉱業持株会社のMIND ID、アンタム、国営電力会社のPLN、国営石油・ガス会社のプルタミナの鉱業・エネルギー分野の国有企業4社で構成される。

インドネシアに投資する海外のEV用電池メーカーは、IBCとの提携を義務付けられているが、IBCを構成する企業にはEV用電池の製造実績はない。これは、技術移転と雇用創出を目的とした施策と思われる。しかし、このパートナーシップにおけるIBCの正確な役割は、公開情報からはまだよく分からない。

コンサルタント会社のBenchmark Mineralsは、メーカーが公表している計画を分析し、もしそれが実現すれば、2031年までに世界で282の新しいギガファクトリーが稼動するはずであることを発見した。中国に226ヶ所と電池のギガファクトリーが一極集中すると予想されている。インドネシアが24ヶ所と躍進を見せる一方で、日本は蚊帳の外に置かれそうだ。

中国に電池のギガファクトリーが一極集中すると予想される。出典:Benchmark Minerals

企業が群がる

インドネシア政府関係者は5月、同国がジョコウィ大統領とイーロン・マスクの米テキサス州での会談を手配し、投資の可能性について議論したとされている。

テスラのチームはすでにニッケルの精錬所等インドネシアのいくつかの現場を訪問している。5月に発表された大統領事務所の声明によると、マスクは「できれば11月に」機会を探るためにインドネシアを訪問することを検討していると述べたという。

ニッケルは電池企業を引き寄せている。インドネシアはすでにLGエナジーや中国の寧徳時代新能源科技(CATL)から、EV用電池分野で多額の投資の約束を取り付けた。両者ともテスラのサプライヤーである。

CATLは4月、現地子会社である寧波現代ブルンプ・リサイクル(CBL)は、国営資源大手アンタムおよび インドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC、あるいはPT Industri Baterai Indonesia)と、ニッケル鉱山加工、EV電池材料、EV電池製造、電池リサイクルなどの「インドネシアEV電池統合プロジェクト」に関する三者枠組協定を締結した。共同投資額は59億6,800万ドルに上る。

世界第2位の電気自動車用バッテリーメーカーであるLGエナジーを含むコンソーシアム(企業連合体)は、アンタムとインドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC)との契約に調印した。このプロジェクトは、ニッケルの製錬、前駆体、正極材、セルの製造、完成品の組み立てなど、電池製造の全工程を同国内で行うものである。

このコンソーシアムには、LGエナジーの親会社LG化学、鉄鋼メーカーのポスコ、商品取引と採掘を行うLX International、中国企業の華友コバルトが参加している。

LGエナジーはまた、現代自動車との合弁事業の一環として、ジャカルタの南東65kmにあるカラワン県に11億ドルの電池セル工場を建設している。このギガファクトリーで、LGESは、正極に90%のニッケルを含む新しいニッケル・コバルト・マンガン・アルミニウム(NCMA)電池セルを生産する予定だ。この工場は2024年に生産を開始する計画。両者は8月下旬に工場建設のために7億1,000万ドルを確保したと発表した。

LGエナジーにとっては、インドネシア進出は、EV用電池に使用される化学物質や材料への投資を増やし、生産に必要な鉱物のほとんどを世界最大の加工業者である中国への依存を減らす目論見があるようだ。

輸出規制は、中国勢がインドネシア国内に精錬所を増やすインセンティブを与えている。華友コバルトは6月、第三者割当増資による最大177億元(約3,540億円)の資金調達案を発表した。調達する資金の7割弱の122億元はインドネシアで実施するニッケル・コバルト精錬の新規事業に充てるという。

華友コバルトは2022年4月にニッケル鉱山の開発権を持つ資源大手のヴァーレ・インドネシアと協力協定を締結し、精錬所の建設条件を整えていた。精錬所はインドネシアの北マルク州にあるインドネシア・ウェダ・ベイ工業団地(IWIP)に建設する計画で、工期は3年で、完成すれば年間の生産能力は、ニッケルが12万3,000トン、コバルトは1万5,700トンに達する見通し。また、華友コバルト業は今回の案件とは別に、既にインドネシアでニッケルの年産が6万トンと4万5,000トンの2つの精錬所プロジェクトを進めている。

インドネシアは日本もその供給網の提供元の一つと考えている。ジョコウィ大統領は岸田文雄首相との会談で、国内へのEV供給網の誘致を売り込んだ。同日、大臣レベルの会合の後、トヨタはEVのため今後5年間でインドネシアに27兆1,000億ルピア(約2,530億円)を投資する計画だ、とインドネシア政府は発表している。

日本企業にとっては、インドネシア国内に持つ内燃機関車の供給網と新規で構築されるEV供給網の間に競合性があり、EV投資の判断が遅延していく可能性がある。

インドネシアは、EV供給網誘致戦争において主要なライバルだったインドに対しても差をつけているようだ。過去3年間、インドとインドネシアは、市場参入とテスラがインドでの製造を検討するための条件をめぐって争ってきた。ナレンドラ・モディ政権は、テスラが最初から現地で自動車を製造することを望んでいる。マスクは、100%とも言われる自動車輸入税の引き下げを望んでおり、インドでの生産を決定する前に、輸入車で市場を試したいようだ。

参考文献

  1. Pandyaswargo, A.H.; Wibowo, A.D.; Maghfiroh, M.F.N.; Rezqita, A.; Onoda, H. The Emerging Electric Vehicle and Battery Industry in Indonesia: Actions around the Nickel Ore Export Ban and a SWOT Analysis. Batteries 2021, 7, 80. https://doi.org/10.3390/batteries7040080
  2. ”Indonesia’s Battery Industrial Strategy”. Isabelle Huber. February 4, 2022. Center for Strategic & International studies.
  3. 土田直行. 低品位ニッケル酸化鉱からのニッケル、コバルトの回収に関する技術開発及び商業化. Kournal of MMIJ Vol.124 p549-553 (2008).
  4. 上野 渉, シファ・ファウジア. EV車両・電池のサプライチェーン拠点化を目指す(インドネシア). 2022年3月25日.

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新たなスエズ危機に直面する米海軍[英エコノミスト]

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