”ネオ東京”は西にある 高技能者のための現代都市を創る

シリコンバレーの成功をめぐる研究はたくさんあるが、重要なのは規制側は関与せず、環境整備に力を注ぐべきだということが知られる。高技能者が世界にポジティブな影響を与えるための都市をどう作るか。

”ネオ東京”は西にある  高技能者のための現代都市を創る

都市経済学は最初ポエムのような場所から始まった。ノンフィクション作家・ジャーナリストのジェーン・ジェイコブスが都市化とそれに伴う都市問題をその足で調査するのがその始まりである。『アメリカ大都市の死と生』は記念碑的な著書であり、都市計画研究の走りではあるのの、彼女には分析に必要なバックグラウンドが足りなすぎていて、後発の経済学者が厳しい非難を浴びせてきた。山形浩生が日本語に翻訳したこのノーベル経済学賞受賞のロバート・M・ソローの批評はわかりやすい例であるが、その非難の有り様は、東京を焼け野原にした絨毯爆撃のようであり、何も後に残さない決心のようなものが感じられ、戦慄してしまう。

こんなにめっきり寒くなる前には新宿から船橋まで約30キロのマラソンをしていたが、到着地点の船橋につくと街の風景が90年代くらいでストップしていて、高齢者の姿が多くなんとも言えない切ない気持ちになった。東京では郊外へのスプロール化が進んだ後、人口減少、高齢化の力学の中で都心回帰に戻っている。船橋にも若者が消え高齢化した典型的なニュータウンの傾向を感じることができた。

内閣府の「郊外の“街の高齢化”」によると、「郊外では、かつて70,80年代に転入してきた世代が老年期へと入り始める中で、転入者数が減少し、さらに団塊ジュニア世代等の若年層が郊外から都心部へ転出していき、その帰結として高齢化が急速に進行したのである」とのことである。

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Fig 内閣府「郊外の“街の高齢化”」

こうして、かつては若年夫婦や子どもで溢れていた街全体が今や“高齢化”し、首都圏の郊外地域の老年人口比率は高まらざるを得ない。かつて郊外に建設されたニュータウンは、一部で住民の高齢化や少子化、住宅の老朽化、商業施設等の衰退等が顕在化しつつあり、「オールドタウン化」しているとの指摘がある。

若年者層の都心回帰は合理的だ。都市はとても効率的である。都市の成功は、物理インフラよりもはるかに人的資本で説明できる。教育と国のGDPとの驚くような相関ぶりは、人的資本の外部性と経済学者が呼ぶものを反映しているかもしれない。これは、人は他の高技能労働者の中で働くと生産性が高まる、という発想だ。

同時に資源利用が効率的になされることは明確であり、森のような場所を切り開いて人間が暮らすというのは水道、ガス、電気を個別の地点に供給することや人間が生み出す廃棄物の処理のコストがとても高いのである。似非エコロジー論者には注意しないといけない。ハーバード大学教授の都市経済学者エドワード・グレイザーは著書でこう説得を試みている。

同時に人は都市に集中した方がいいのだ。実はコンクリートのジャングルに住む方がはるかに地球に優しい。ヒトは破壊的な種で、ソローのようにそのつもりがなくても破壊してしまう。森を燃やし、石油を燃やし、どうしてもまわりの風景を破壊してしまう。自然が好きなら、自然に近寄らないことだ。

日本の高齢者は郊外、あるいは地方に留まらないほうがいい。都市に集中していた方が必要な物理的資源・サービスが近接地に集中している。高齢者にとって人的資源とのつながりはとても重要なのではないだろうか。船橋の市街ではデイサービス会社のハイエースをたくさん見たが、高齢者が必要とするサービスのために郊外で不要な輸送コストが生じている気もしたものだ。環境経済学者マシュー・カーンによると災害による死者数は当然ながら人口の多い国の方が多いが、死亡率は人口密度の増加につれて減少するという調査もある。

現代的な高技能者の集積

国が繁栄するか衰退するかは、その国の頭脳集積地の数と実力にますます大きく左右されており、互いに繋がりあった高スキル層が集積した都市が、アイデアと知識を生む『ラボ』として台頭するのは現在では一般的な認識になっているだろう。

グレイザーやエンリコ・モレッティは知識集約型産業と都市の蜜月関係を説明する一方、物理的な向上の価値の低下を指摘しており、その最たる例として日本の自動車産業に打撃を負わされて衰退したデトロイトの失敗を挙げている。だが、ハイテク製造業の勝者たる中国には異なる論理で成功する製造業集積都市群が生まれている。中国珠江河口の広州、香港、深圳市、東莞市、マカオを結ぶ三角地帯の珠江デルタである。

他方、米国で都市という集積の勝利を表現するのはもちろんシリコンバレーである。Hewlett-Packardが1939年に設立されて以来、スタートアップが最も成功できる地域であり続けているシリコンバレーには、スタンフォード大学を中心にしたソフトウェアエンジニア教育の基礎があり、その周辺にはアカデミアで生まれたアイデアに出資するベンチャーキャピタルが軒を連ね、世界中からハイスキル人材の移民を集めている。

2010年から今年にかけて、ベンチャーキャピタリストはベイエリアの企業に1,880億ドルを投資した。これは全米への投資額の3分の1である。2018年の第2四半期には、Apple、Alphabet(Googleの親会社)、Facebookの3つの世界有数企業はほぼ2兆5,000億ドルで評価された。 真の”ネイティブ”であるAppleとAlphabetは、それぞれLos AltosとMenlo Parkのガレージで生まれた。Facebookは生まれて間もないうちに東海岸からシリコンバレーに移ってきたのだ。AirbnbやUberを含むユニコーン57社がシリコンバレーにいる。

シリコンバレーのピークアウト

しかしこのシリコンバレーの大いなる成功は大きなコストと構造変化をもたらしてしまった。

まず人材流動性の鈍化である。Apple、Alphabet、Facebookのようなテックジャイアントが生まれ、彼らは優秀な人材を社内に抱え込むようになっている。社員に対して厳しい秘密保持義務が課せられているせいで、共通した技術的課題について会社をまたいで議論し、将来の人材流動の布石を打つという、シリコンバレーに繁栄をもたらしたカルチャーは影を潜めているという。

またApple、Alphabet、Facebookのようなジャアントの存在は新規のスタートアップの台頭を押さえつけている。ジャイアントはこれまでの大企業とは異なり、新興企業と同じくらい素早く新興企業を獲得することができる。スタートアップはまだ若いうちにコピーされたり、退場させられたり、買収されたりする。 シリコンバレーでのイノベーションは継続されているが、以前とは形態が異なっているのだ。

人材の獲得も以前ほど容易ではなくなっている。ハイスキル人材はジャイアントが他者の追随を許さない条件で獲得する。リスクの高いスタートアップの報酬は、GoogleやFacebookで同じ年数を費やすものとあまり変わらなくなっている。スタートアップはエクイティなどの条件をつけてハイスキル人材の獲得を目論むが、同じ狙いのスタートアップが雨後の筍のように生まれており、彼らはVCの資金で人材の価格を釣り上げている。そしてこれがスタートアップの首を締める結果となっている。

シリコンバレーでは通常の賃金では、労働者のニーズを満たせなくなっている。サンフランシスコの住宅価格の中央値は、アメリカ人平均の4分の1の95万ドル。 米住宅都市開発省は、サンフランシスコで12万ドル未満の収入の家庭を”低所得”とみなしているのだ。世界中から集められた高スキル技術者は”低所得”では満足しない。この賃金を払いながら経営を回すとしたら、キャッシュフローが定かではないスタートアップよりテックジャイアントの方が有利だ。

シリコンバレーのピークアウトにサンフランシスコの住宅市場が関与している可能性がある。地域は活況を呈していて、人々が流入してきているのにもかかわらず、建築規制が多く、新しい住宅がほとんど市内にできず、賃料・住宅価格が高騰している。解決策は都市の容積率を緩和して、もっと高層住宅を建てられるようにして、人口密度を上げることだ。だが、サンフランシスコの人々は建築規制の改変を好んでいないようで、行政もその方向で規制をしている。また山形浩生のこのブログでは、マンション建設会社への住民管理組合の訴訟をマッチポンプする法律事務所の存在が指摘されている。仮に住宅市場がもう少し健全にワークしていれば、シリコンバレーの天下はもっと長かったかもしれない。もちろん、スカイスクレイパーが立ちまくることで”無形財産”が失われもっと早く衰退し始めていた可能性も否定できないのだが。

日本株式会社の失敗とエクソダス

モレッティの『年収は住むところで決まる』では、80年代に興隆した日本のハイテク産業が特にソフトウェアエンジニアの凝集性を生み出せず失速した様子をこう説明している。

「1980年代、日本のハイテク産業は市場を制していたが、この20年ほどで勢いを失ってしまった。とくに、ソフトウェアとインターネット関連ビジネスの分野の退潮が目立つ。運命が暗転した理由はいろいろあるが、大きな要因の一つは、アメリカに比べてソフトウェアエンジニアの人材の層が薄かったことだ。アメリカが世界の国々から最高レベルのソフトウェアエンジニアを引き寄せて来たのと異なり、日本では法的・文化的・言語的障壁により、外国からの人的資本の流入が妨げられてきた。その結果、日本はいくつかの成長著しいハイテク産業で世界のトップから滑りおちてしまった。別の章で述べたように、専門的職種の労働市場の厚みは、その土地のイノベーション産業の運命を決定づける要因の一つなのである」(第七章)

日本政府の移民政策は誤っている。今はびこっている、技能が伴わない労働者を低賃金でこき使う慣行は最悪である。優秀な人を引き付けるには、言語バリア、住環境、税制、治安、移民フレンドリーな金融機関の存在、彼らのキャリアの保障、ハイレベルな高等教育機関であり、これらの点で他の都市よりも魅力的でないといけない。知識集約型産業の欧米系企業がアジアで最初に拠点を持つとすればまずシンガポールになりがちである。そしてその次は香港あたりになる。東京は余り高い優先順位に達さないのが現実だ。

東京に日本株式会社の中心地とイノベーションの中心地を兼ねさせるのは困難な気がする。繋がりあった高技能人材の凝集性を確保するには東京圏は広すぎるかもしれない。重要な人材にめぐりあうためのコストが意外に高いと感じられる。同時に日本株式会社のスーツの人々と、ものを創るカジュアルな人々の間には文化的な断裂がある。従来型の”エリート”と、現代的な高技能者に一致するところがなく、前者には後者のパフォーマンスを著しく低下させる傾向があるかもしれない。

シリコンバレーの成功をめぐる研究はたくさんあるが、重要なのはレギュレーターは関与せず、法制度などの環境整備やセーフティネットの構築に力を注ぐべきである。護送船団方式に代表される政府が導く企業経営のほか、官製ファンド、あるいは大企業のCVC、検察による新規企業に対する恣意的な立件などには余りポジティブな効果が認められないばかりか、ネガティブな効果すら考えられる。水と油を混ぜようとするのではなく、遠く分け隔てた後に相互にコミュニケーションをすることが正しいアプローチではないだろうか。

エクソダスの行き先は西にある。東京の表現する資源集中は捨てがたいが、オールドファッションの人が集まる都市では面白いものは生まれないものだ。

Reference

Image "Neo Tokyo" via Akira

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