人間の記憶は誤りに満ちています。1970年代のエリザベス・ロフタスによる実験は、これを実証しました。 ロフタスは、人々に自動車事故のビデオを見て、「車が互いに衝突したときの速度はどれくらいか」という簡単な質問に答えるよう求めました。質問は簡単でしたが、人々の反応は質問の言い回しに完全に左右されていました。ビデオ自体は同じであっても、車がお互いに「ぶつかる("bumped into")」または「当たる("hit")」速度よりも、車がお互いにどれだけ速く「衝突("smashed into")」するかを尋ねた場合、人々は速い速度を推定します。

この問題は「記憶バイアス」と考えることができます。 私たちの記憶システムはカメラよりもストーリーテラーとして働くため、言語と視点が私たちの行動に大きく影響し、あるがままに思い出せません。最近、ロフタス自身を含む研究者のグループがこの問題に戻り、フェイクニュースについて調べたのです。

2018年のアイルランドで行われた中絶法を廃止するかをめぐる国民投票の前の週に、研究者はアイルランドの3000人以上の人々を募集して、6つの短いニュース記事を調べました。 それらの物語のうち4つは真実でしたが、残りの2つは偽物であり、偽物は各人の政治的偏見と矛盾するか、一致するものを配置したのです。

参加者は、どのストーリーも偽物であるとは言われませんでしたが、割り当てられた6つのニュースストーリーの1つを読むたびに、ストーリーで言及されているイベントを思い出せるかどうかを尋ねられました。彼らはどのようにしてそのストーリーに最初に出会ったのか、そしてその時にどのように感じたのかも尋ねられました。チームは、偽のニュース記事が研究者が「創作」したため、偽のニュースが言及するありもしないイベントに関連する記憶を人々が報告した場合、それらの記憶は偽りになるという”仕掛け”を使いました。

中絶容認派と中絶反対派を含む参加者は、実話を覚えている可能性が等しく、57〜58%が以前に実話に出会ったと報告しました。しかし、フェイクニュースへの反応の仕方はより興味深いものでした。中絶法の廃止に「はい」の投票者(中絶反対派)の54%が、「いいえ」の投票者(中絶容認派)のキャンペーンに関するスキャンダルを覚えていると回答したのに対し、「いいえ」の投票者の38%だけが覚えていると回答しました。同様に、「いいえ」の投票者の40%が、「はい」の投票者のキャンペーンに関するスキャンダルを覚えていると回答したのに対し、「はい」の投票者のわずか30%が覚えていると回答しました。

どちらのチームも、自分のナラティブに矛盾するときよりも、好まれたナラティブに合ったときに、フェイクニュースにだまされる可能性が高くなりました。自分の意見に合致するフェイクニュースに対して冷静な判断力を失う可能性があることが実験で実証されました。

新しい情報を見て、「はい、それがまさに私が思っていたとおりだ」と考えると、それは既存の記憶になめらかに統合されます。

フェイクニュース記事に関する誤った記憶は、しばしばとても詳細なものでした。「いいえ」キャンペーンのスキャンダル(外国からの違法な資金調達に関するフェイクニュース)の記憶を説明する際、24歳の「はい」有権者の1人は「この話の後、私は自国の決定に他の国々が関与することに賛成しなかったため、私は『いいえ』のキャンペーンに興味を持ちませんでした」と説明しました。 これを、同じ話に対する19歳の「いいえ」投票者の回答と比較してみましょう。「何も悪いことが起こったとは思わない」とその人は言いました。繰り返しますが、これはフェイクニュースに対する反応です。

また、彼らは最初の実験の被験者のうち2000人以上に語彙テストを行いました。これは研究者が認知能力とフェイクニュースを信じることの関係を調べるためです。彼らは、認知能力が高い参加者は、不都合なものより都合のいい(つまり、自分の信念と一致する)フェイクニュースを信じる傾向が少ないことを発見しました。言い換えれば、調査サンプル内の最も賢い人々の間では、フェイクニュースを信用するか否かについて「はい」と「いいえ」の有権者の間に大きな違いはありませんでした。強い認知能力は、利己的な記憶バイアスに対してある程度の抵抗力があるように思われました。

研究者たちはさらに1つのテストを試みました。彼らは、被験者の全員に、以前の実験で見たストーリーのいくつかはフェイクニュースであったかもしれないと伝えました。参加者は、内容が個人的な見解と一致した場合に、フェイクストーリーを選ぶ可能性が88%低くなりました。フェイクニュースが人々に聞きたいことを伝えると、記憶システムに直接埋め込まれていると考察することも可能です。

この調査は、シンプルなメッセージを提示しています。内容が都合のいいものであるとき、人々はそれを信じる可能性が高くななります。たとえそれが記憶を「創造」する必要があるとしてもです。これは、エイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンが指摘した「確証バイアス」を想起させます。これは、信念を確認する証拠のみを受け入れる傾向を指します。情報が信念と矛盾する場合、情報を完全に拒否するか、より都合がよく見えるように再解釈することがよくあります。

ニュースが世界の仕組みに関する私たちのストーリーに合わない場合、心理学者はしばしば「認知的不協和」と呼ぶ不快感を引き起こします。私たちは、記憶バイアスにより、自分自身によってだまされやすいのです。YouTubeとFacebookが、楽しそうなコンテンツを推薦することで私たちの生活を包み込んでいる世界では、別の視点から世界を見ることがますます難しくなっています。人々は、居心地のいいフィルターバブルの中から飛び出さなければ、不快な意見について考慮する機会を得ることは決してありません。行動に関するフレームワークの中で、反応を演じさせるのではなく、人々が反応を選択できるようにするため、情報への開かれた露出は重要です。選択する行為は、私たちに学び成長する機会を提供します。

抑圧された記憶の概念に対する批判やのちに与えられた情報などによって変容する偽りの記憶(虚偽記憶)

参考文献

Murphy, Gillian. Loftus, Elizabeth F.  Grady, Rebecca Hofstein. et al. False Memories for Fake News During Ireland's Abortion Referendum. 2019.

Loftus, Elizabeth F. John C. Palmer. "Reconstruction of Automobile Destruction" 1974.

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