火力発電を消滅させる破壊的な蓄電池
再エネを正当化する発電所併設型蓄電の鍵
要点
テスラ元幹部とMIT教授が創業したフォーム・エナジーの空気鉄電池が話題を集めている。車載用には重すぎるものの、蓄電設備への応用が有望視。ただ技術や性能の詳細はまだ明かされていない。
テスラ元幹部とMIT教授が創業したフォームエナジー(Form Energy)は7月22日、100時間の電力供給が可能な空気鉄二次電池を開発したと発表した。同社はコストはリチウムイオンの10分の1以下としている。これが、主張されている性能のまま大規模に商用化されると、再エネの利活用が急加速されるだろう。
フォームエナジーはリチウムではなく鉄をベースにしているため、製造コストを大幅に削減できるとしている。鉄空気電池は重たく電気自動車(EV)には使えない。だが、定常的に電気を供給しない再生可能エネルギーを安いコストで蓄電するためなら、重たさは問題にならない。
急速に導入が進む太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーは、発電量が天候や気候により大きく変動する。また、安定して十分な発電量を得られる地域が限られるなど特有の問題があり、基幹電力としての有効利用にはエネルギーマネージメントが重要となる。そのための柔軟性を確保するため必要だと考えられているのが、再エネ発電所に併設された蓄電システムである。
フォームエナジーのウェブサイトでは、同社の技術をこのように説明している。「個々のバッテリーは、洗濯機と同じくらいの大きさだ。このモジュールの中には、単三電池に使われているような、水性で不燃性の電解液が入っている。電解液の中には、電気を蓄えたり放出したりするための電気化学反応を起こす部分である鉄電極や空気電極などのセルが、10〜20メートル単位で積み重ねられている」
「これらの電池モジュールは、数千個の電池モジュールを環境的に保護された筐体に収めたモジュール式のメガワット級パワーブロックにまとめられている。システムの規模に応じて、このパワーブロックが数十から数百個、電力網に接続される。1メガワットのシステムは、最も密度の低い構成では、約1エーカーの土地を必要とする。高密度の構成では、3MW/エーカー以上を実現できる」(エーカーは約4047平方メートル)
「モジュラー式で安全性が高く、送電網のどこにでも設置できます。私たちの技術は、蓄電コストが非常に低いという点で、他の蓄電技術とは異なる」とフォームエナジーのマテオ・ジャラミロ最高経営責任者(CEO) は米エナジーストレージのインタビューで語っている。「この技術は、リチウムイオンよりもはるかに低コストでエネルギーを貯蔵することを目的としているが、空気鉄二次電池は、リチウムの競争相手ではなく、補完的な技術として期待されている」と付け加えた。リチウムと空気鉄が一緒になれば、「低コストで信頼性の高い再生可能エネルギーの発電所とシステム一式」を作ることができると主張した。
ウォール・ストリート・ジャーナルのジャラミロへの取材によると、EVなどに搭載されているリチウムイオン電池のセルには、ニッケル、コバルト、リチウム、マンガン鉱物が現在使われており、アナリストの分析では1キロワット時の蓄電コストが50~80ドルと推定されている。
これに対し、フォームエナジーは鉄を使うことで、各セルの蓄電コストは1キロワット時6ドル未満に下がると主張している。各セルを合体して完全なバッテリーシステムにしても、コストは1キロワット時20ドル弱までしか上昇しない。これは、再生エネと蓄電の組み合わせによって、従来の化石燃料の火力発電所に取って代わることができる水準だと指摘されているという。
ただし、これらの説明はフォームエナジーの空気鉄電池の技術を見極めるには不十分だ。
フォームエナジー共同創業者でマサチューセッツ工科大学(MIT)教授のYet-Ming Chiangは2001年のリチウムイオン電池の草分けであるA123システムズの共同創業以来、連続起業家の顔を持っている。Yetはフォームエナジーと同時期に電池開発会社「24M」も立ち上げている。24Mは他社のデバイスよりも厚い電極を使用した「半固体」のリチウムイオン電池を製造しており、製造コストを50%も削減できると主張している。Yetとの長い協力関係を持つ京セラは住宅用蓄電システムに24Mの電池を採用し、2020年の初めに正式に発売した。
フォームエナジーは2017年にMITのアクセラレータープログラム「The Engine」から投資を受けて注目されて以来、電池の中身については非開示を続けてきた(現在も事実上のステルスが続いている)。ビル・ゲイツやジェフ・ベゾスが一部出資しているBreakthough Energy Venturesから大きな資金援助を受けている。また、世界最大級の鉄鋼メーカーであるアルセロール・ミッタルや、イタリアの大手石油会社Eni、Macquarie Capitalなどからも出資を受けている。フォームは2億ドルの調達を目指したシリーズDの資金調達ラウンドを発表した。
ミッタルはこの発表の1週間前に2,500万ドルの投資を発表している。フォームエナジーとミッタルは、フォームの電池システムにアルセロール・ミッタル社が非独占的に供給する鉄素材の開発に共同で取り組んでいる。
フォームエナジーは鉄を米国内で調達し、電池システムを設置場所の近くで製造する予定だ。フォームの最初のプロジェクトはミネソタ州の電力会社であるグレート・リバー・エナジーとの契約だ。この300MWのパイロットプロジェクトは2023年に稼働する予定。
空気鉄電池とは?
金属空気電池は,金属の酸化・還元により充放電を行う蓄電デバイスである。負極に亜鉛、鉄、マグネシウム、アルミニウム、リチウムなどの金属を正極に空気中の酸素を用いる。正極の反応材料に空気を用いることで、正極の反応物質の重量を理論上はゼロにできる。金属空気電池は、現在最も普及しているリチウムイオン電池を超えるエネルギー密度を持つ二次電池として位置づけられる。このため、蓄電池の重量あたりのエネルギーが最も重視される車載用電池としてリチウム空気二次電池などの開発が本格化している。
負極活物質の中でも、鉄は資源が豊富で安価である上に、充放電時にデンドライトの生成が起こらないため、二次電池への展開が期待されている。さらに、複合材料を用いて負極活物質を設計することで利用率を向上させることが可能となると考える研究グループが存在する。フォームエナジーのYet-Ming Chiangもその一人。
参考文献
- 林 和志,坂本尚敏,松田厚範.ナノ構造負極を用いた鉄空気二次電池.
- 浅見健太 W.K Tan, 河村剛, 武藤浩行, 坂本尚敏, 林和志, 松田厚範. KOH-ZrO2 固体電解質/鉄負極界面設計による 全固体型鉄/空気電池の二次電池化.
- WO2020006419A1: Metal air electrochemical cell architecture. 2020-01-02.
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