複雑性のなかでうまくやるには両極端なリスクに資源を投じる方が良い
「反脆弱性」を備えた人は、環境の劇的な変化の中で、正常性を失わず、むしろ利益に変えてしまうことがあります。複雑系の世界では反脆弱性こそが重要な能力なのです。
『ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質』で、ナシーム・ニコラス・タレブは、私たちの世界のほぼすべての根底にある、ありそうにない予測不可能な出来事について書いています。タレブはこの『反脆弱性――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』、「ブラック・スワン」に関して最初に教えた教訓、すなわち、非常にありそうもない出来事が歴史の過程で段階的な変化をもたらしてきたことを本書で一般化しています。
タレブの洞察には、「自分はそのようなイベントをほぼ予測していた」と主張し、「類似したイベント」を予測する能力を向上させることを「学習」と考える人々を根本的に退けることが含まれます。金融業界の専門家は、このような説明と予測を混同させる後知恵の幻想に囚われている、と彼は切って捨てるわけです。
彼が反脆弱性な考え方、生き方を読者に推奨するのは、「ブラック・スワン」に代表されるような非線形性の社会に我々が身を委ねているという考え方に起因します。非線形は社会現象の本質的な特徴なので、それを線形の均衡理論で近似しようとするマクロ経済学の予測はしばしば外れることがあります(本書ではジェセフ・スティグリッツがその非難の対象とされています)。線形システムではいくつかの作用があると、システム全体の結果は各々の作用に比例した結果や足し合わせた結果になります。ところが非線形システムでは比例や足し合わせは成り立たず、予期しないような劇的な変化が見られます。
タレブの世界観の中では、非線形は凸、凹、凸凹混在のどれかであり、それぞれに変動性への相性が存在します。例えば、私はスタートアップの起業家ですが、将来性のあると見越したものを作って失敗とわかるとすぐ撤退し、うまくいったプロジェクトに資金を徹底的に集中するという変動的な戦略を実行することで凸関数を楽しむことができます。このような戦略をブロックバスターと呼んでおり、企業によっては複雑系の知見を活用している例も存在するのです。このような非線形で凸関数を活かす人こそが反脆弱である、彼は説いています。
タレブの反脆弱性の世界観は、人々を3つのエージェントに区別します。「脆弱な」エージェントは、通常の状態を維持するために環境を制御する必要があるエージェントです。環境のわずかな変化は、壊滅的な結果をもたらす可能性があります。対照的に、「堅牢な」エージェントは、環境の変化に応じて通常の状態を維持します。ただし、「反脆弱性」エージェントは、環境が変化しても常に事前に定められた正常感を持たずに現在の状態を維持または改善します。ときには環境の変化を利用し、大きな利得すら獲得してしまいます。彼は、読者にこの「反脆弱性」エージェントになることを勧めているのです。
タレブは「オプション性」が重大な欠陥をもたらしていると指摘します。金融におけるオプションは、その保有者に、金融商品ないしは金融契約の購入、売却、あるいは何らかの形態でキャッシュフローを変化させる権利を提供し、義務は負わせないものです。オプションは、通常は買い手が利益を得て売り手が損失を被る場合に行使されるため、適切に管理されなければ、非対称的なペイオフ構造を生み出します。彼が再三に渡り槍玉に挙げているのは、人を犠牲にしながらも、オプションは自分のもので、その報酬は自分がもらうというずるいやり方(ドラえもんのジャイアンのようなやり方)です。このようなエージェンシー問題の非対称性を解消するために必要なのが、「Skin in the Game」すなわち『身銭を切れ』です。これは下巻の7部23章で詳細に説明されており、重要な倫理であるとのことです。タレブの次の書籍のタイトルがこの『身銭を切れ』になりました。
それから、生存戦略のひとつの鍵として指摘されるのがバーベル戦略です。ミドルリスクを一様にとるべきではなく、極端に安全な資産(たとえば国債)を多くと、稀にしか起きないがその時には極端に儲かるオプションを組み合わせるほうが生き延びやすくアップサイドも期待できる、と説くのです。凹性と凸性を理解し、損失局面を限定的に、収益局面を青天井にする組み合わせでポジションを作るのは直感的にも正しい反脆弱性が担保された正しい戦略です。
反脆弱性――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方 ナシーム・ニコラス・タレブ ダイヤモンド社