欧州、「自前のOpenAI」を欲しがる

欧州は「自前のOpenAI」を求めている。欧州の優秀なAI技術者たちは、米国で経験を積み、現在は欧州で新興企業を立ち上げている。政府や学術機関の支援も手厚い。

欧州、「自前のOpenAI」を欲しがる
出典:Mistral

欧州は「自前のOpenAI」を求めている。欧州の優秀なAI技術者たちは、米国で経験を積み、現在は欧州で新興企業を立ち上げている。政府や学術機関の支援も手厚い。


ロンドン市は今週、英国は欧州における人工知能(AI)投資をリードしており、他国を引き離している、と主張した。市が10月30日に公表した「AI: Accelerating Innovation(AI:イノベーションの加速)」報告書によると、英国では、2022年に民間資本によるAI投資が30億ポンド(5,400億円)に達し、フランス、ドイツ、その他の欧州諸国の合計と比較して約2倍の資金を確保した。

UK leads AI investment in Europe – ahead of France and Germany
The United Kingdom is leading artificial intelligence (AI) investment in Europe placing it ahead of its closest competitors, according to a new report by the City of London Corporation supported by EY. In the UK, private capital investment was £3 billion in 2022, with UK AI scale-ups securing nearl…

報告書は、英国の金融・専門サービスの発展におけるAIの極めて重要な役割を強調している。金融サービスでは26%、法律サービスでは30%と、AI導入率が急上昇していることを強調し、現在、英国の組織の約6社に1社(43万2,000社)が、少なくとも1つのAI技術を採用していると記述した(*1)。

この種の発表は、AIにおいて米国の後塵を拝する欧州の願望を示す一つの例証とも言えるだろう。地域はAIで主導的な地位を求めており、「欧州版OpenAI」を作りたいと考えているようだ。

フランスの新興企業Mistral(ミストラル)は、2023年初頭の創業直後に2億4,000万ユーロと評価され、一躍欧州のAIスタートアップの筆頭と目されるようになった。投資家はLightspeed Venture Partners、Redpoint、Index Venturesのようなベンチャーキャピタルと欧州のプレイヤーが混在する形となっている。Mistralは、Google DeepMindとMetaの元従業員によって設立され、公共データと顧客提供データを利用した企業向けソリューションにAIを活用することを目指している。

Mistralは9月、初の大規模言語モデル(LLM)、「Mistral 7B」をリリースした。このモデルは73億のパラメータを誇り、MetaのLlama 2 13Bのような大型モデルを凌ぐと報告されている。英語タスクとコーディング能力に長けており、ビジネスに多様なユースケースを提供する(*2)。ブログはMistral 7Bは「すべての評価基準においてLlama 2 13Bを大きく上回り、Llama 34Bと同等。また、コードと推論のベンチマークでも圧倒的に優れている」と記されている。

Mistralが示した性能比較。出典:Mistral、https://mistral.ai/news/announcing-mistral-7b/
Mistralが示した性能比較。出典:Mistral、https://mistral.ai/news/announcing-mistral-7b/
Mistral 7B
The best 7B model to date, Apache 2.0

フランスの新興企業DustはLLMを企業のワークフローに統合してナレッジ共有を効率化し、カスタムメイドの社内アプリケーションを作成することで、チームの生産性を高めることに注力している。Stripeに買収されたTotemsの共同創業者であるGabriel Hubertと元OpenAIリサーチャーのStanislas Poluが共同創業。著名な投資家や業界関係者の支援を受け、シードラウンドで550万ドルを調達した。

ドイツの新興企業Aleph Alphaは、類型で2,830万ユーロ(約45億円)の資金調達に成功した。最新の2,300万ユーロの資金調達ラウンドは、Earlybird VC、Lakestar、UVC Partnersを含む欧州の投資家によって主導された。

現在Aleph Alphaがもつ顧客の種類は銀行から政府機関までさまざまで、同社のLLMを使って財務報告書を作成したり、何百ページもある文書を簡潔にまとめたり、特定の企業の仕組みをAIに調べさせたりしている。同社は、AI実験やイノベーションを行うためのパブリックAPIを様々な分野に提供する計画だ。

コンピュータ資源の整備も進む。例えば、フィンランドのトゥルク大学は、欧州で最速、世界で3番目に高速なスーパーコンピュータLUMIを利用して、欧州の様々な言語の新しいLLMを作成する欧州共同研究の一翼を担っている。AMDのCPUとGPUを使用するLUMIは、フィンランドのCSCデータセンターにあり、トゥルク大学、AMD、CSCが共同でこのプロジェクトに取り組んでいる。

欧州は、アマゾンやグーグル、フェイスブックに匹敵するような巨大テック企業の輩出で遅れをとっている。その要因としては、2000年代前後の米国のハイテクセクターの強固なエコシステム、大規模な国内市場、豊富なベンチャーキャピタルなどが挙げられる。しかし、欧州の投資家の間ではリスク選好度が高まっており、AIへの投資も活発化していることから、欧州がこのギャップを埋める日も近いと考えられている、と英ガーディアンのDan Milmoは書いている。

脚注

*1:報告書は、強力なAIガバナンス、国際的な規制の調整、ビジネス・モビリティ・ビザの緩和による人材獲得の必要性を強調している。英政府は、明確な規制ガイダンスを確保し、関連するリスクを認識しながらAIの可能性を活用することを提唱しており、英国が世界のAI情勢において競争力を維持できるようにしている。

*2:Mistral 7Bは、様々なテストで優れた性能を実証している。大規模マルチタスク言語理解(MMLU)テストでは、Mistral 7Bが60.1%の精度を達成したのに対し、Llama 2モデルは44%強と55%にとどまった。しかし、コーディングタスクでは、Mistral 7Bは微調整されたCodeLlama 7Bにわずかに及ばなかった。

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OpenAIは東京オフィスで、日本での採用、法人セールス、カスタマーサポートなどを順次開始する予定。日本企業向けに最適化されたGPT-4カスタムモデルの提供を見込む。日本での拠点設立は、政官の積極的な姿勢や法体系が寄与した可能性がある。OpenAIは法人顧客の獲得に注力しており、世界各地で大手企業向けにイベントを開催するなど営業活動を強化。

By 吉田拓史