QuantumScapeのSPAC上場分析

QuantumScapeの製品のレベルとその計画の妥当性を判断すべき情報はまだ与えられていない。超秘密主義のバッテリー新興企業はテスラを追い越したことをほのめかしているが、SPAC(特別買収目的会社)を通じて、情報を公に開示しないまま上場しようとしている。

QuantumScapeのSPAC上場分析

要約

QuantumScapeは、全固体電池を成立させる重要技術を開発し、特許を取得したと主張するが、その製品の内実と計画の妥当性を判断するための情報はまだ与えられていない。

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超秘密主義のバッテリー新興企業QuantumScape(以下QS社)はテスラを追い越したことをほのめかしているが、SPAC(特別買収目的会社)を通じて、情報を公に開示しないまま上場しようとしている。

9月初め、QS社は発表でバッテリーと電気自動車のコミュニティを驚かせた。第4四半期には、ニューヨーク証券取引所に株式を公開すると発表した。SPACの「ケンジントン・キャピタル・アクイジション・コーポレーション」は、VWやビル・ゲイツなどの投資家が5億ドルを投じた会社を買収し、QS社に投資したベンチャーキャピタルなどがリターンを得る見通しが立った。発表の日の9月3日にケンジントンの株価は2倍になった。

QS社のような企業はVCマネーと相性があまり良くないことが2008年をピークとした最初のクリーンテックブームで実証された。しかし、エコシステムは新しい手法を発見した。まだ製品を投入していない段階の新興企業をSPACで逆さ合併することで、VCマネーが持つタイムリミットの中に収めることができる。株式市場には持続可能性と高いリスクに対して熱狂する個人投資家がたくさんいる。

外部の科学者によって検証されたわけではないが、QS社は、純粋な金属リチウムを使用したEV向けの全固体電池のへの近道を歩んでいると主張し続けている。QS社のスライドデッキは、そのバッテリーは従来のリチウムイオンよりも90%ほど先に大衆市場のEVを推進し、15分で充電し、現在のバッテリーを搭載した車よりもコストを抑えられると訴えている。QS社によると、VWは2025年までに向上を稼働し、一部の車にこの電池を搭載する計画だという。

極めて短いタイムラインの中で、初期段階の完全に実験的なバッテリーシステムを商業規模の工場へと移行させることには、大きな課題が残っているように見える。同社が2025年の期限を守れるだろうか。特に、QS社がその主張を評価するためのデータを開示していないことに不安がある。

他のEVやバッテリーの新興企業も同様の計画を発表しており、少なくとも10のSPACが生まれようとしている。大企業とSPACで上場するギャンブリングな企業の協業は新しい常態となりつつある。VWとQS社、フォードと高級ピックアップトラックメーカーのRivian、GMと株式公開したばかりのトラック会社Nikolaなどだ。

EVを巡る競争の中で電池は重要な地位を占める。電池はEVのコストの3分の1程度を占めており、EVを主流の製品にしようとするならば、エネルギー密度とコストの継続的な向上が非常に重要だ。ほぼすべてのEVは、主力のリチウムイオン電池で駆動している。リチウムイオン電池は40年前にオックスフォード大学で発見されたが、現在でも商業的に使用されている電池の中では最も先進的なものだ。

EVがより普及するためには、電池の技術革新が求められている。2019年に9千万台の新車を販売した自動車業界において、EVが本当に大きな存在になるのかは疑問が残る。昨年は世界で約210万台の電気自動車が販売されたが、これは全体のわずか2.3%に過ぎない。台数を増やすためには、EVメーカーは3万ドル以下の中価格帯の市場を開拓する必要がある。そのため、彼らは、リチウムイオンの次の電池、つまりEVをはるかに安くすることができる電池を探し求めている。

リチウムイオン電池の限界

20年以上にわたり、リチウムイオン電池はポータブル電子機器の台頭を可能にし、電池市場を席巻してきた。その主な理由は、適切なサイクル寿命を持つすべての電気二次電池の中で、重量(比エネルギーWh/kg)と体積(エネルギー密度Wh/L)の両方の観点から、リチウムイオン電池が最も電気エネルギーを蓄えることができるからだ。例えば、カレンダー寿命とサイクル寿命、2つのエネルギー密度(Wh/kgとWh/L)、電力密度、コスト、安全性など、Liイオン電池の性能を表す重要なパラメータは、1991年にソニーが商業的に導入して以来、着実に、しかしゆっくりと進化してきた。残念なことに、これら2つのエネルギー密度の成長率は年率7-8%程度にとどまっている。今日では、セルレベルでのエネルギー密度は約200Wh/kg、エネルギー密度は約500Wh/Lが典型的である。

この10年は、電池に過酷なものでもあった。2011年の日産リーフは、1回の充電で73マイルを走行した。今日の手頃な価格のシボレーボルトは259マイルを走行し、標準なEVは以前は考えられなかった300マイル以上を走行する。これらの車に搭載されている過小評価されているバッテリーは、車が迅速に加速することができるようにするなど、他の困難な基準を満たしている。さらに、新しいバッテリーのコストは急落しており、より安価なEVを実現している。

しかし、エネルギー密度の成長率の停滞が見て取れるようになった今、リチウム金属は非常に高い理論容量を持つことから、負極として使用することができれば高容量、高エネルギー密度を持つ電池の開発が可能となると期待される。

全固体リチウム二次電池は、主な部材として、正極、負極、固体電解質に 3 つの部材で構成される。全固体リチウム二次電池では固体電解質にアニオン(負に荷電したイオン)が酸素で構成される酸化物系固体電解質を利用するものと、アニオンが硫黄で構成される硫化物系固体電解質を利用するものが広く研究されている。

硫化物系固体電解質では、高いリチウムイオン導電率を有する固体電解質も報告されるなどの利点がある一方で、水分と反応することで人体に有害である硫化水素ガスが発生する危険性も有している。

酸化物系固体電解質では、ナシコン型構造を有するポリアニオン型固体電解質に結晶構造を示すような通称LLTOと呼ばれるペロブスカイト型固体電解質や、LLZOと呼ばれるガーネット型固体電解質があるが、比較的高いリチウムイオン導電率が報告されており、広い電位窓を有し ているため、有機電解液では利用できなかった高電位正極活物質や負極活物質に金属リチウムが利用できるガーネット型固体電解質は最も注目を浴びている。

ガーネット型固体電解質は、名称の由来の通り、宝石として利用されるガーネットや、光学結晶として利用されるイットリウムアルミガリウムガーネット(通称 YAG)などと非常に類似した結晶構造を有している。

ガーネット型固体電解質は高いリチウム導電率を有することが多数報告されており、酸化物系リチウム固体電解質の中でも、リチウムイオン導電性に優れている。一方で難焼結材料であるため、部材としての稠密化が難しく、粒界抵抗などの影響によりバルク本来が有するリチウムイオン導電性を部材として発揮できないといった課題があった。しかしながら最近では、放電プラズマ焼結法やホットプレス法などにより、稠密性の高い部材も作成され、リチウムイオン導電率が好ましいレンジに落ち着いたとの報告もされている。

部材としての稠密性が上がっているが、最近では新たに内部短絡(ショート)の問題が報告されている。内部短絡の問題とは電池の充放電中に全固体リチウム二次電池の 内部で金属リチウムが析出することで正極と負極間で短絡してしまうことである。もちろん、有機電解液を利用しない全固体リチウム二次電池では、従来の液系リチウム二次電池のように発火することはないが、短絡することで電池と しての機能は果たせなくなる。全固体リチウム二次電池での内部短絡は、固体電解質の粒界を沿って金属リチウムが成長すると考えられており、これまで様々な手法で部材を稠密化しても低電流で内部短絡を引き起こすと報告されており、課題の解決には至っていなかった。

QuatumScapeの経緯

QS社(カリフォルニア州サンノゼ)は2010年にスタンフォード大学のフリッツ・プリンツ教授、博士課程の学生の一人であるティム・ホルム、そしてシリコンバレーの著名な連続起業家であるジャグディープ・シンによって設立された。CEOに就任したシンは資金調達に長けており、シリコンバレーで最も著名なベンチャーキャピタリストであるクライナーパーキンスのジョン・ドーアとサン・マイクロシステムズ共同創業者のヴィノッド・コスラから2300万ドルの初期投資を集めた。その後、さらにラウンドを重ね、同社は2億ドルのVC資金とVWからの3億ドルの資金を獲得するまでに成長した。

QS社は、おそらく国内で最も裕福なバッテリー新興企業となり、バッテリーのトップ人材が最も集中しているという評判を得た。QS社は、過去2年間にVWによる2回の投資で約3億ドル、ケンジントンとの合併で7億ドルを調達したため、数年後に生産を開始するために必要な資金はすべて揃ったと考えている。彼らは2020年代後半までに60億〜70億ドル程度の収益を予想する。

ただし、ゲームは簡単ではない。世界中の様々な企業が秘密裏にこれらの技術開発に多額の投資を実行しているからだ。

スライドデッキ

QS社がどのような答えを持っているかは、SECに提出した書類と投資家向けに開示したスライドデッキからある程度の推測が可能だ。スライドデッキの主な主張は、QS社は、固体電解質を用いてAnode-less(初出時「無電極化」と訳したが、これは誤り。日本語と英語で陽極と負極の定義が異なるため、Anode-lessとそのまま表現することにした)を実現したことだ(下図)。

出典:QS社の全固体電池の構造を説明するスライド。出典:QuantumScapemScape

これにより、従来型に対して17%コストを削減することができると主張している(下図)。

従来型に比べ、QuantumScape製品は陽極の原材料、製造、加工コストを削減できると主張するスライド。出典:QuantumScape

Anode-less電池は、高いエネルギー密度を電池に与える。したがって、彼らは従来の黒鉛リチウムイオン電池に対する容量の80%以上の増加を主張している(下図)。

QuantumScapeは、自社製品がEVに搭載された場合、従来型から体積(エネルギー密度Wh/L)が81~88%向上することを主張している。出典:QuantumScape

リチウムイオン電池のエネルギー密度を大幅に高める方法として、リチウム金属を負極として使用することが長年求められてきた。しかし、リチウム金属の高い反応性と樹枝状成長のため、従来の液体電解質電池に安全かつ確実に導入することは困難だった。

QS社はどのようにして彼らが主張する性能を持つ全固体電池を手に入れることができたか。鍵となるのは彼らが開発した固体電解質「LLZO」の加工手法だ。しかし、彼らが使用している固体電解質の種類については、ほとんど情報が公表されていない。

CEOのシンは「QS社のリチウム金属電池は固体セラミック電解質を使用しており、従来の液体電解質よりも安全であると彼は言った」と述べている。これまでに発表されたほとんどの先進的な固体電池は、硫化物または高分子電解質をベースにしているが、固体電解質はセル内での処理が容易であり、セルに組み込むことが容易であるからだ。これは、SolidPower、トヨタ、サムスン、Ionic Materialsなどが取り組むアプローチでもある。

QS社の固体電解質が何でできているのか。彼らの特許をチェックしてみると、50以上の特許がタイトルに "Lithium garnet"(ガーネット型固体電解質)の文字を含んでいる。前述した通り、ガーネット型固体電解質は、酸化物セラミック固体電解質の一種である。代表的なLi7La3Zr2O12(LLZO)は、適度な高いイオン伝導性を有し、金属リチウムや一般的な正極材料に対して安定であることから、最も有望な材料と考える研究者が多いようだ。

LLZOの良好な電気化学的特性にもかかわらず、この材料を費用対効果の高い、スケーラブルな方法で処理することは、実現可能とは程遠いと思われていた。LLZOは、セラミック材料としては、高温(1200℃)での焼結が必要であり、非常に脆い。特許によると、QS社は、工業的に実現可能なアプローチで高密度のLLZO膜(厚さ約50μm)を作製する方法を見つけたと主張している。その独自の方法は200件の特許と100件の企業秘密で守られていると主張する。

LLZOは、セラミック材料としては、高温(1200℃)での焼結が必要であり、非常に脆いが、QuantumScapeは独自の方法で、大量生産が可能だと主張している。出典:QuantumScape

製造性の問題に加えて、LLZOは高電流密度、特に薄い膜ではリチウムデンドライト(樹枝状の結晶)の形成に悩まされることでも知られているが、QS社の主張が事実ならば、この問題を緩和する方法を見つけたと考えられる。

負極への言及はさらに曖昧になっているようだ。SECのファイリングでは、従来の挿入型負極だけでなく、フッ化鉄のようなより高度な変換タイプの材料にも言及している。彼らの目標エネルギー密度を考えると、彼らは金属フッ化物の負極を目指しているかもしれない。特許のいくつかもまた、その方向性を指し示している。

リチウム金属の負極と、グラファイト/シリコン負極、グラファイト負極の理論的エネルギー密度の比較。リチウム金属の負極が他をアウトパフォームしている。出典:QuantumScape

もう一つの関心を引き起こす問題は、どのようにして正極材料とセラミックセパレータとの界面を形成するかということである。LLZOと正極材料の無機結合は、高温を必要とし、通常、相互拡散や副反応の結果として高い界面抵抗が生じる。QS社は、セラミック固体電解質セパレータのボンディング剤に関する特許を持っている。この特許は、最も効果的な結合剤としてゲル電解質を示している。ゲルに溶剤が含まれているため、完全な固体状態ではない電池になってしまう可能性がある。

結局のところ、QSの公開情報からでは、同社が決定的なイノベーションを引き起こしたかどうか、まだ判然としない。

EnviaやSakti3の誇大広告

QSの主張を裏付けるデータがないことに疑念の目が向けられることもあるが、それは業界がEnviaとSakti3という苦い経験をたどったことと関係がある。

2012年、シリコンバレーの小さな新興企業であるEnviaは、GMの主力製品である電気自動車「ボルト」の200マイルバッテリーを製造する4年間の契約で、既存企業を打ち負かした。しかし、わずか数カ月後、Envia社がバッテリーの性能やその製造における役割を誇張していたことが判明したため、契約は破談になった。結局、韓国の大手LGがGMにバッテリーを提供することになり、Enviaという名前は虚飾を象徴するようになった。

2015年には、ミシガン州に本拠を置くバッテリー新興企業の中でも最も秘密主義的な企業の1つであるSakti3が、業績を大幅に膨らませていたとの報道がある中、掃除機会社のダイソンに9,000万ドルで売却された。それから4年間でダイソンは、Sakt3のコア特許を手放し、Sakt3のアン・マリー・サストリCEOを退社させ、バッテリープログラムを中止し、6億ドルの支出を経て、ついにはEV事業を全面的にカットした。最近では、GMの電気トラックのパートナーであるNikolaの創業者が、同社の技術主張を誇張して投資家を惑わせたという疑惑について、証券取引委員会と司法省が調査しているとの報道の中で辞任した。

結論

QSは、全固体電池を成立させる重要技術を開発し、特許を取得したと主張するが、その製品の内実と計画の妥当性を判断するための情報はまだ与えられていない。

参考文献

  1. 松田 泰明, 松井 雅樹, 今西 誠之. ガーネット型リチウムイオン導電体Li7La3Zr2O12の相関係. Netsu Sokutei, 42 (2), p. 62, (2015)
  2. 辰巳砂 昌弘. 「無機固体電解質を用いた全固体リチウム二次電池の開発」(2018). The Toray Research Center News.
  3. 「高い安全性と信頼性を実現した小型全固体リチウム二次電池を開発」. 2017年2月, 産総研.
  4. 森大輔. リチウムデンドライト抑制に向けた固体電解質の粒界および界面の改質. 2020年3月.
  5. 根守 浩良. ガーネット型固体電解質の組成と 電気化学的、化学的性質の関係. 平成27年3月
  6. Shimonishi, Yuta, T. Zhang, N. Imanishi, D. Im, D. J. Lee, A. Hirano, Y. Takeda, O. Yamamoto, N. Sammes, J. Power Sources 196 (2011) 5128
  7. 片岡邦光, 永田裕, 秋本順二. ガーネット型固体電解質単結晶を用いた全固体リチウム二次電池の開発. 日本結晶成長学会誌 Vol. 46, No. 1 (2019)
  8. 辰巳 国昭. リチウムイオン電池の基本構成とその特長.

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