自動運転の最終形態「ロボタクシー」を巡るグローバル競争

完全な自律走行の実現は、人工知能が駆動する自律システムの開発におけるベンチマークとして非常に重要である。ここで培われた技術が他の分野に応用されることで、社会に大きなインパクトをもたらすだろう。

自動運転の最終形態「ロボタクシー」を巡るグローバル競争

ブルームバーグによると、Appleは、最終的に車両を出荷することを目標に、電動車駆動システム、安全メカニクス、バッテリー技術、車両内装、車体外装を開発するハードウェアエンジニアの数百人に及ぶ自動車部門を社内に持っていることが明らかになった。同部門のエンジニアたちは「Appleが計画を進めていけば、5年から7年でApple Carがリリースされる可能性がある」と考えているという。

2014年からAppleは「プロジェクト・タイタン」に取り組み始め、クパチーノ本社近くの秘密の場所で最大1,000人の従業員が電気自動車の開発に取り組んでいた。ここ数年の間に、内部の争いやリーダーシップの問題などが自動車プロジェクトに影響を与え、2016年のではAppleが自動車の計画を棚上げすることを示唆するほどだったが、Appleは開発の問題を克服し、現在も消費者向けの自動車の開発を計画している。

Apple Carプロジェクトは何度かリーダーが変わり、開発の過程で数百人の従業員が解雇されてきたが、2020年にボブ・マンズフィールドが退任した後、現在、自動車部門のリーダーはAppleのAI・機械学習チーフであるジョン・ジャンナンドレアが務めている。ここ数年の間、Appleが自律運転ソフトウェアに焦点を移したという噂が囁かれていたが、Appleは2018年8月にテスラのVehicle ProgramsのVPを務め、Appleでは以前プロジェクトタイタン(自動車プロジェクトのコードネーム)を率いていたダグ・フィールドを再雇用したことで、Appleが再び自動車という選択肢を模索しているのではないかとの憶測を呼んでいた。Appleの自動車チームには元テスラのエンジニアが名を連ねており、その数は数十人に及ぶ。奇抜な発言で知られるイーロン・マスクはAppleの自動車部門を「テスラの墓場」と呼んだことがある。

2020年12月には、Appleが現在も本格的な自動車の開発に取り組んでいることがわかり、現在は3年から6年後に自動車をリリースする計画となっている。ロイターはAppleが2024年を目指していると伝えているが、AppleのアナリストであるMing-Chi Kuoは、車が発売されるのは早くても2025年から2027年になると考えている。Appleは製造パートナーと協力して車を生産する可能性があり、航続距離や効率を高めるために次世代のバッテリー技術を開発しているという。Appleは現代自動車や他の自動車メーカーと協議を重ねており、2024年の生産開始を目指して3月までに契約を結ぶとされている。

Ming-Chi Kuoは、この車がAppleの「次のスター製品」になると考えており、AppleはTSMCが委託製造する自社設計のチップを搭載し、自動車市場の潜在的な競合他社よりも「ハードウェア、ソフトウェア、サービスのより良い統合」を提供することができると主張している。

ゴールドマン・サックスのアナリスト、ロッド・ホールは、Apple Carはサービスを支えるハードウェアプラットフォームとして理にかなっていると考えているが、車をリリースするための高いコストは投資家にとって限定的な影響を意味する可能性があることを注意している。

Appleは秘密主義を貫いていたが、2017年初頭から、Appleは2015年型 Lexus RX450h数台を使用して、カリフォルニア州の公道での自動運転車のテストを行っていることが地元メディアで報じられてきた。センサーやカメラを搭載したSUVはクパチーノの一般道で目撃されていた。2019年にはAppleは高価な現在のLiDARシステムよりも小型で、より手頃な価格で量産が容易なLiDARセンサーのサプライヤー4社との協議を行ったとロイターが報じた。

Appleは、自律走行ソフトウェアに取り組んでいるいくつかのチームを持っている。カナダでは、元BlackBerry QNX エンジニアらで構成されたチームがオペレーティングシステムの開発に協力しているほか、別のチームがヘッドアップディスプレイや自動運転機能など、その上で動作するソフトウェアの開発に取り組んでいる。

Appleはまた「PAIL」と呼ばれる自動運転シャトルサービスにも取り組んでいる。このシャトルプログラムは、シリコンバレーにあるAppleのオフィス間で従業員を輸送するものだ。Appleはフォルクスワーゲンと提携しており、フォルクスワーゲンの8人乗りT6トランスポーターバンに自律運転ソフトウェアを搭載し、従業員のシャトルとしての役割を果たすとしている。

高価な自律走行車は共有化される

Appleが自律走行車(AV)と電気自動車(EV)を兼ねる大型プロジェクトを進めているという事実は、両者の市場が熱狂していることを端的に示している。株式市場はとても前のめりだ。テスラを筆頭とするEV関連企業は2020年で最も株価が上昇したセクターだった。テスラを含むEV関連株の時価総額の合計は、ガソリン車の完成車メーカーの時価総額の合計と、ほぼ同じ水準になろうとしている(毎日凄まじい値動きだが)。販売台数では電気自動車はガソリン車の2%程度にすぎないのにもかかわらずだ。

電動化し、自律化した自動車はどのようなインパクトをもたらすだろうか。Guidehouse InsightsのプリンシパルアナリストであるSam Abuelsamidは、自律走行技術は車の価格に5,000ドルから20,000ドルを追加すると見積もっている。これは自家用車化の障害になるだろう。そのため、Waymo Oneのようなロボタクシー(robo-taxis)と呼ばれる自律走行車の車群によって形成されるタクシーサービスが近い将来の主流モデルになりそうだ。

昨年、イーロン・マスクは、2020年には100万台のロボタクシーが道路を走るだろうと予測したが、実現しなかった。マスクは4月に「今年中に(提供できるのは)単に"機能性"を備えた車になるだろう」と述べた。「規制当局の承認が大きな未知数だ」と彼はツイートで語った。

Alphabet傘下のWaymoはアリゾナ州フェニックスで、ロボタクシーサービスを部分的に提供開始し、競争の先頭にいると考えられている。Waymoは10月、車両の性能や試験に関するデータを公開したが、セーフティドライバー付きの600万マイル(960万キロメートル)の走行において、Waymoの事故率は極めて低く、命に関わるような衝突は発生していなかった。これらの結果から、Waymoの車両は平均的な人間の運転手よりも著しく安全であると考えることができる。

ロボタクシーは運転者を必要としないため、従来型のタクシーやUberやLyftのような配車サービスと比べて低コストだ。配車はロボタクシーの前段にあるサービスであり、配車企業は運転手を載せながらモビリティを都市の中でどう配分すればいいのか洞察を深めてきた。ただし、配車企業間の運転手の確保競争や、自動車の購入費用をギグワーカー側に負わせるような隠されたコストの存在などで、都市交通の問題(渋滞や交通事故)を正面から解決するアイデアにはならなかった。

配車からロボタクシーという経路は論理的なステップだったものの、その道程を歩んでいたUberは足を踏み外した。同社の自律走行車の研究開発は停滞し、カーネギーメロン大学のNational Robotics Centerから招き入れたチームはそのまま、Waymoの元エンジニアであるChris Urmsonが設立した自動運転車会社Aurora Inovationへと移っていった(AuroraはUberの自律走行車の優先的な提供を約束している)。Uberはその過程で、いくつかのヘビーな打撃に見舞われたが、そのうちのひとつが知的財産権をめぐるWaymoとの訴訟だった。WaymoはUberのライバルのLyftの株主でもあり、訴訟の和解を通じてUberの株主にもなった。Waymoは配車企業がそのままロボタクシー業者に進化するシナリオに保険をかけていたように見える。

現在、米中日で雨後の筍のように自律走行車の新興企業が立ち上がり、実証実験を行なっている。2020年12月4日、アリババ、MediaTek、上海汽車集団の支援を受けるスタートアップAutoXが、深圳の繁華街でテレオペレーターや安全運転手なしで顧客を送迎していることを発表した。同社によると、これは中国で展開された最初の完全無人運転車であり、昨年アリゾナ州フェニックスで開始されたWaymoの完全無人運転プログラムに続いて、世界で2番目に運行されたものという。

AutoXによると、深圳の繁華街では25台ものロボットタクシーが稼働している。AutoXは今回が公式のロボタクシーサービスの提供となったが、これまでに上海、深圳、武漢、蕪湖、広州、サンノゼに100台以上の自律走行車を配置し、数百万マイルの走行実績を蓄積した。

バイドゥ(百度)のロボタクシーサービスは、2019年9月に湖南省長沙市に45台のドライバーレスカーを導入したのがその始まりだ。2019年12月、Baidu Apolloは北京が発行した有人自律運転試験ライセンスを取得している。環球時報が引用した北京自律走行車路上テストレポート2019年版によると、「Apolloは2013年にBaiduが先発技術の研究開発を開始して以来、最大のテスト車両の艦隊、最高の総走行距離、最も多様なテストシナリオで業界の同業者を打ち負かした」とバイドゥは主張している。

日本のティアフォー社は、東京都西新宿の決められたルートを回遊するロボタクシーを試験している。ティアフォーは18都道府県の約50市区町村において、約70回という国内トップクラスの実証実験数を誇っている。同車が主導する「Autoware」のオープンソースの自動運転ソフトウェアというアプローチは、プロプライエタリで秘密主義的な開発を進める米中勢とは一線を画している。

ロボタクシーは都市交通の万能薬ではない

完全な自律走行の実現は、人工知能が駆動する自律システムの開発におけるベンチマークとして非常に重要である。ここで培われた技術が他の分野に応用されることで、社会に大きなインパクトをもたらすだろう。

しかし、都市交通の観点からみたとき、自律走行車はすべての課題を解決する万能薬ではない。政策立案者が都市交通の効果的な改善方法を探しているとき、ロボタクシーは限定的な手段に過ぎない可能性がある。渋滞や交通安全の課題に対する解決策として提案されてきたが、既存の交通インフラとの相互作用についての疑問が残っているからだ。

MITエネルギー・イニシアチブ・モビリティ・システム・センターのリサーチプログラムマネジャーのジョアンナ・ムーディらはモビリティに関する報告書の中で、ロボタクシーがさらなる規制とともに導入されない限り、既存の公共交通システムと競合し、自家用車による移動を減らすよりも、はるかに多く公共交通機関の利用者数を減らす可能性があると主張している。ムーディらは公共交通機関が充実しているニューヨークのような密集した都市でさえ、ロボタクシーは人々の自動車利用を促し、渋滞と車の走行距離を増加させる、と想定している。自律走行車の利便性が人を引き寄せることで、最も輸送効率が高い公共交通機関から人を遠ざけ、道路の混雑を招く可能性があるということだ。

ムーディは、規制により、公共交通機関への1マイル以内の移動手段としてのみ機能するように、ロボタクシーを地理的フェンスで囲うこと(ジオフェンシング)で、この課題を避けることを提案している。これに自家用車所有のためのコスト増加を組み合わせることで、「マイナスの影響を受けずにモビリティのメリットの多くを得ることができる」と主張している。

自律走行車の私的所有が実現しそうな国は、そもそも都市計画で失敗を犯している可能性がある。アメリカの都市のようなスプロール構造を持っている場合、自家用車以外の選択肢がないが、これでは自律走行車は渋滞の緩和をもたらさない。

21世紀は都市人口が増加し続ける世紀と考えられている。より混雑を深める都市において人々に十分な移動性を提供できるかを考えた時、最も重要なのは、大量の人を効率的に輸送できる公共交通機関だ。もしかしたらもっと重要なイノベーションは、公共交通機関の方にあるかもしれない。常に送電線に接続されていない電池(あるいは燃料電池)とモーターで駆動する列車や、自律走行シャトルバスのほうが、都市交通へのインパクトは大きいかもしれない。

あるいは、渋滞や交通事故、温暖化ガス排出の問題を解決するなら、都市の構造を変化させるのは効果的な選択肢だろう。仮に定額制のモビリティアズアサービス(MaaS)が存在するなら、公共交通機関に加え、共有型の電動スクーターや電動二輪車によるマイクロモビリティ、そしてジオフェンスをかけられた自律走行車の組み合わせを、ユーザー(住民)に提供するのが、尤もらしいソリューションとなるだろう。

*参考文献はリンクで示した。

Image credit: "Autoware動作のVisualization" via Tier4.

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By 吉田拓史
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