SBG傘下のアームが中国市場を失うのは時間の問題

中国の電機産業はRISC-Vへと急速に移行し、米中対立を背景に政府の力強い支援を受ける。ソフトバンクグループ(SBG)子会社のアームは、そう遠くない将来、売上の25%を占める中国市場を失うことになるだろう。

SBG傘下のアームが中国市場を失うのは時間の問題
2023年9月14日木曜日、米国ニューヨークのナスダックマーケットサイトにて、アーム社のIPOを行うレネ・ハース最高経営責任者(CEO)。写真家 マイケル・ネーグル/ブルームバーグ

中国の電機産業はRISC-Vへと急速に移行し、米中対立を背景に政府の力強い支援を受ける。ソフトバンクグループ(SBG)子会社のアームは、そう遠くない将来、売上の25%を占める中国市場を失うことになるだろう。


中国のコンピュータ科学研究者が、AIを使ってRISC-V CPUを設計する実験について論じた論文を発表した。この自動化されたAIプロセスは、人間が主導するCPU設計よりも約1000倍速く、5時間以内に完了した。CPUは65ナノメートル(nm)で製造され、最大300メガヘルツ(MHz)で動作した。CPUの性能は、比較的古いアーキテクチャであるi486(Intel486)と同等だったという(*1)。この研究は、AIが半導体分野の設計プロセスを合理化し、「自己進化する機械」にる変化する可能性さえ示唆している。

AIがチップ設計に採用された例はこれが初めてではない。この研究の新規性は、自由な命令セットアーキテクチャ(ISA、*2)である「RISC-V」で行われたことだ。これはかつてなく、エレクトロニクス産業を前進させる可能性がある。例えば、デバイスメーカーが必要な半導体の要件をAIにわたすと、AIが数時間で設計し、そのデータを受け取ったファウンドリ(半導体製造工場)がすぐさまチップを造るという未来を予見できる。このとき、デバイスメーカーはIntel、AMD、Arm(アーム)のような制約から解き放たれ、自分たちの製品に最適なチップを造ることができる。

いま中国では、欧米日の禁輸措置によって、欧米のチップ技術への依存を減らす努力に並々ならぬ力が注がれている。その戦略の重要な柱になっているのが、「RISC-V」である。フリーでオープンソースであるRISC-Vは、欧米の技術に頼らずにチップを設計・製造するためのより高速で安価な代替手段を提供する。 

中国は何年もの間、RISC-Vの可能性を探ってきたが、今年、同国はついにRISC-V構想への資金提供に本腰を入れた。中国は、技術国産化と禁輸措置防御の視点から、いま主流のX86(インテル、AMD)やARM(アーム)でもないISAを使いたい。

トップ研究機関である中国科学院で情報通信技術の副責任者を務めるコンピュータ科学者のYungang Baoは、8月バルセロナで開催されたRISC-Vサミットのプレゼンテーションで「今年、科学技術部と中国国家科学基金がすでにRISC-V関連の研究提案を募集しています。これは非常に大きな変化です」と語っている。

RISC-Vは中国にとってこの上なく好ましい存在だ。RISC-Vの開発はRISC-V Internationalによって管理されている。RISC-V Internationalはスイスに拠点を置く中立的な組織で、RISC-V を「国境なき技術」として宣言している。中国の企業、研究機関は、2030年までに完全なオープンソース・チップ・エコシステムを構築するため、2018年にChina RISC-V Allianceを設立した。現在、約70の中国企業がRISC-V Internationalに加盟しており、加盟企業数87のEU、77の米国に次ぐ規模となっている。

中国の努力は、RISC-Vをベースとした一連の「主権半導体」を作り、インテルやアームのような企業への依存を減らそうとする大陸欧州の試みと同期している。EUが出資するEuropean Processor Initiativeは、AI、スーパーコンピュータ、自動車、その他の電子機器向けのRISC-Vチップを設計している。

中国のRISC-Vに対する熱意は、オープンソースとしての数々の利点に起因している。「チップ設計の革新には高いコストがかかり、インターネット新興企業が実用的なプロトタイプを提供するために300万ドルを必要とするのに対し、チップ設計の新興企業は約2,000万ドルを調達しなければならない。Bao博士によると、このエコシステムを利用することで、3~5人のエンジニアからなるチームが5カ月以内に効率的に設計を開発し、展開することができる」とRISC-V Internationalに投稿されたブログに書かれている。これらは深センを中心に駆動した中国のエレクトロニクス産業のイノベーションの流儀を彷彿させるものだ。

フラッグシップのXiangShan

中国のRISC-Vプロジェクトのフラッグシップと言えるのは、オープンソースの高性能RISC-Vコア「XiangShan(香山)」である。XiangShanはすでに企業の採用例がある。誰もがGitHubからXiangShanプロジェクトにアクセスでき、すでに400以上のフォーク(分岐したプロジェクトの意)がある。

GitHub - OpenXiangShan/XiangShan: Open-source high-performance RISC-V processor
Open-source high-performance RISC-V processor. Contribute to OpenXiangShan/XiangShan development by creating an account on GitHub.

XiangShanの1世代目は、2022年1月に半導体に実装され、2世代目は1世代目より40%性能が向上したと言われている。 Baoのチームは、アジャイル・ハードウェア開発フローをサポートするオープンソース・プラットフォーム「MinJie」を開発した。

スーパーコンピューター専門誌HPC Wireによると、中国科学院は、アリババ、テンセント、ZTEを含む中国のトップ企業とXiangShan-v3を共同開発している。これは、Armが2021年に発表したNeoverse-N2サーバーCPU設計の性能に匹敵するものになるという。

アームの現地法人はコントロール不能

アームの現地法人は、SBGが2016年にアームを買収した後、中国における所有権の過半数を現地の投資家に譲った。SBGとアームはその後、現地法人のアレン・ウー最高経営責任者(CEO)と数年にわたる争いになり、ウーは解雇されたが退社を拒否するという異様な事態になった。最終的にSBGとアームは昨年、ウーを追放することで勝利したが、彼は自身が支配する事業体を通じてアーム・チャイナの株式を保有し続けている。

米エレクトロニクスメディアEEtimesによると、ソフトバンクグループ(SBG)が2018年に、現地法人アームチャイナの株式の51%を低価格で中国の投資家たちに売却したことが、大きな負の遺産になっているという。

また、上場目論見書の中で、アームの現地法人は、地元や政府の強力な支援を受けている利害関係者との複雑な取り決めを通じて事業を行っていることが、注記されている。アームは、中国部門を支配していないことを認めており、現地法人に対するすべての支配権を失うリスクに直面している、と記述していた。

幹部がスピンアウトして競合企業を立ち上げたことも判明している。現地法人の研究開発責任者、販売地域責任者、政府関係責任者を兼ねるBorui Jingxinが退社し、チップ設計企業を創業した、とブルームバーグが11日に報じた。ブルームバーグが引用した企業データベースのQiChaChaによると、同社の資本金は、以前のわずか4,500万元から2月には80億元(約1650億円)に引き上げられた。新たな資金は、背景は不明だが同じ住所と支配株主を共有する深圳の企業2社と、同市南山区の国有資産監督機関が所有する第3の企業から提供された。

アームは上場目論見書で、中国のリスクに多くの紙幅を割いている。「もしアームが、アーム・チャイナとの間で商業関係を維持できない場合、中国市場へのアクセスは著しく低下し、事業や成長予測にも悪影響が及ぶ可能性がある」と書いている。

ここにRISC-Vの台頭と、昨今の米中対立が追い打ちをかけている。アームが中国を失うのは時間の問題だろう。

脚注

*1:AIは、CPUの入出力を観察して導き出したBSD(Binary Speculation Diagram)を使用し、99.999999999%という驚異的な精度を達成した。その結果、CPUは最大300MHzで動作し、Linuxオペレーティング・システムと互換性を持った。AIはフォン・ノイマン・アーキテクチャを自分で「発見」することさえできた。

*2:ISAとは、CPUがソフトウェアによってどのように制御されるかを定義する、コンピュータの抽象モデルの一部。ISAはハードウェアとソフトウェアの間のインターフェイスとして機能し、プロセッサが何をすることができるのか、またどのようにそれを行うのかを規定する。

参考文献

Pushing the Limits of Machine Design: Automated CPU

Design with AI. arXiv:2306.12456 (cs.AI) https://doi.org/10.48550/arXiv.2306.12456

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