このブログは『身銭を切れ 「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』(ナシム・ニコラス・タレブ)の書評です。タレブはレバノン系アメリカ人のエッセイスト、哲学・数学研究者、オプショントレーダーで、特に金融危機を予見した『ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質』で有名な著述家です。タレブは現在、ニューヨーク州立大学のTandon Engineering のリスクエンジニアリングの特任教授(4分の1の職位のみ)を務めています。

タレブは、『まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか』で、トレーダーが陥りやすい統計的バイアスと錯誤を指摘しました。彼は、トレーダーは以前と同じように物事が続く確率を過大評価する傾向があり、まれな出来事を過小評価する傾向があると説明しました。金融用語では、彼らはボラティリティの評価を見誤り、そのときどきの価格の動きに捕らわれる傾向がある、と表現できます。

その後、彼はその本のなかのひとつの議論を『ブラック・スワン』という41言語に翻訳されたベストセラーで拡大しました。それは、金融危機の1年前に出版され、金融危機が同書の主張を、事後的に説明することになりました。ブラック・スワンは、すべての白鳥は白であるべきだというあなたの信念を突然打ち砕く黒い白鳥であり、極端な出来事は根本的に知ることができないという予測不可能性の象徴です。同種のべき分布で発生する大きなイベントをめぐる理論としては、ディディエ・ソネットの「ドラゴンキング」が存在します。こちらは複雑系の手法を応用することで、予測不可能性を予測しようとするものです。

タレブは、次の『反脆弱性――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』で、「ブラック・スワン」に代表されるような非線形性の社会に我々が身を委ねていることを前提に、反脆弱な個人になることを勧めました。反脆弱な個人は、予測不可能で、世界のあり方を変えてしまう事象が起きたときでも、その環境にすぐさま適応し、アップサイドをとれると説きました。またその書籍で、彼が再三に渡り槍玉に挙げたのは、人を犠牲にしながらも、オプションは自分のもので、その報酬は自分がもらうというずるいやり方です。このエージェンシー問題における非対称を楽しむ人々を許さない重要な倫理が「身銭を切る(Skin in the Game)」ことなのです。

彼は、不確実性に関する4つの著書を「INCERTO」(インサイト、洞察)と呼んでおり、それらの関係性についてはこの図のようなものだと説明しています。INCERTO via Nassim Nicholas Taleb's Home Page https://www.fooledbyrandomness.com/

『身銭を切れ 「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』のもともとのタイトルである”Skin in the Game”の起源は競馬に由来しています。馬主は所有馬の着順で報酬が異なり、馬を購入し育成するために支払ったコストを回収できるかという「ゲーム(Game)」のなかに「肌身(Skin)」を持っています。馬主は結果に最も影響を受けるステークホルダーです。これが比喩になっており、利益を手にするにはそれと対称のリスクを取る必要がある、そしてそのリスクを他人に転嫁する人はしばしば悪しき判断を下す、という含意があります。

タレブは言葉の定義について「ここで定義する(そして本書全体で使われている)『身銭を切る』という言葉の意味を、単なる金銭的なインセンティブの問題と誤解しなてはいけません。利益の分配の話ではなく、むしろ対称性の問題だ。いわば損害の一部を背負い、何かがうまくいかなかった場合に相応のペナルティを支払うという話だ」と説明しています。

本書では、前作の反脆弱性までに煮詰めた、結果に個人的な利害関係がある場合にのみ、その人はゲームへの参加が認められるべきであるという彼の長年の信念を、もっと前進させています。 経済学者から政策立案者、知識人、ジャーナリストまで、身銭を切らず、ゲームに参加していないすべての人の助言は無視されるべきであり、信頼性と完全性の両方を欠いているので、多くの懐疑心をもって扱われるべきだ、と主張しています。身銭を切らない人は、アップサイドを自分のものにし、ダウンサイドを相手のものとすることで、非対称性を甘受しようとします。タレブは、この 「Skin in the game」と「非対称性」の概念を基にして、経済から歴史、科学から宗教に至るまで、さまざまな事象を分析しているのです。

プリンシパル=エージェント関係において、エージェントが誠実に職務を遂行しているか否かを逐一監視するには、プリンシパルは多大な労力を払わねばなりません。エージェントはこの間隙につけこんで、プリンシパルの利益のために委任されているにもかかわらず、プリンシパルの利益に反してエージェント自身の利益を優先した行動をとります。タレブが最も問題視しているのは、他者を犠牲にしながらオプションを所有する手法です。オプションは、通常は買い手が利益を得て売り手が損失を被る場合に行使されるため、適切に管理されなければ、非対称的なペイオフ構造を生み出しますが、エージェントが突くのはこの点です。成功すれば自分のもの、失敗した損はあなたのもの、という態度のことです。

「社会」で働いたことがあれば、タレブの言うことが身にしみて分かるはずです。人間が作った組織はしばしばこのような非対称性で構成されています。

例えば、日産は東京地検特捜部も絡めた内部抗争で、弁護士費用だけでも200億円を失い、国際的な評判を大いに損ねてしまいました。これは、会社の損が自らの損になる形にゲームに肌身を埋め込んでいない経営陣によるモラル・ハザードだったのではないでしょうか。世の中はそのようなことで満たされており、これが人間の失敗なのです。このような人間の作る制度の失敗を、メカニズムデザイン、マーケットデザインで改造できるのはないかというのが、私が起業家をしているモチベーションでもあります。