社会的影響は群衆の叡智をいとも簡単に歪める
個々が考えた結果の平均を取れば、専門家の推測を上回るのが、群衆の叡智ですが、ほとんどの意思決定は社会環境のなかでおこなわれており、個々人が影響し合うことから自由では有りません。
「群衆の叡智(Wisdom of the crowd)」はとても知られた決まり文句になりましたが、実世界の証拠によって裏付けられています。人々のグループがあいまいな情報の推定値を提供するように求められるとき、彼らの答えの多くは間違いがあったとしても、彼らの答えの中央値はしばしば正しいものに著しく近いでしょう。しかし、群衆は「社会的影響」がない場合はめったに行動しようとしません。そして、チューリッヒの研究者らは、仲間が考えていることに関する情報を個人に提供することで群衆の叡智を台無しにするのに十分であることを示しました。
群衆の叡智は、単一の専門家のそれではなく、個人のグループの集合的な意見です。このプロセスは、インターネット時代にメインストリームに押し出されました。Wikipedia、Yahoo! 知恵袋、Quora、Stack Exchange、および人間の集合的な知識に依存するその他のWeb資源のようなサービスがその代表例とされていました。
社会的影響は社会心理学の観測範囲で、個人間や集団間において、一方が他方の行動、態度、感情などを変化させることです。
論文"How social influence can undermine the wisdom of crowd effect"(社会的影響が群衆の叡智効果をいかに損なうか)の主著者であるJan Lorenzが指摘しているように、群衆の叡智は実際には統計的現象です。スイスとイタリアとの国境の長さや殺人率などですが、正確な数字はわかりません。それらの答えが実際の値を上回ったり下回ったりする可能性がある限り、誤った推定は互いに相殺する、と想定します。「群衆の叡智の効果は、個人の推定誤差が大きいが、互いに相殺するほど偏りがない場合に機能します」とLorenzは論文で指摘しています。これにより、群衆の回答の平均は、正しい回答の近くに配置されます。場合によっては、群衆は実際には専門家のグループよりもうまくいくこともあります。
しかし、 Lorenzは、ほとんどの意思決定は社会環境のなかで行われていることに気付きました。人々はお互いに話し合い、答えを比較し、さまざまな形のフィードバックを得ることができます。そこで、これらのプロセスが群衆の叡智にどのように影響するかをテストすることにしました。そのために、彼らは12人からなるパネルに同じ質問を5回行い、参加者が毎回回答を変更できるようにしました。答えが正しくなるための真剣な試みであることを確認するために、推測の正確さに基づいて金銭的な報酬が設定されました。
Lorenzらは、被験者を「他の被験者の予測を全て教えられるグループ」、「他の被験者の予測の平均だけを教えられるグループ」、「全く教えられないグループ」の3つに分けて、同じ課題を5回繰り返して予測させました。平均だけを教えられるグループの予測の平均は予測を繰り返していくたびに正解から離れ、最も悪い成績を示した。対して、残りのふたつのグループは予測を徐々に改善し、5回目にはほぼ正解に近い予測を示したのです。
他の被験者の予測をすべて教えられる場合、予測は様々な範囲に飛び散っている数値からは有用な情報を読み取りづらく、12人の群衆の叡智に頼るほかはなく、全く教えられない場合も同様でした。他の被験者の回答の平均を知らされるグループ、つまり介入群(調べたい影響を観測するために介入を加えているグループ)には、平均と自分の予測の「誤差」を修正しようとする心理状況を与えたのです。
Lorenzらは、他の群衆が自分の近くに答えを出しているのを見ると、被験者はその答えが正しい可能性が高いという根拠のない自信を持つ傾向を観測しました。
この実験を通じて、Lorenzらは「情報交換」を通じた他者の推測を参考にすることによって、ミスリードや自己の意見への過信が生じることを示しました。彼らは「人間の社会的影響」に左右されやすく、「個人のエラーを縮小」する行動が、全体として「集合の多様性を低下させる」現象を生じさせる、と指摘しました。
2011年当時、「群衆の叡智」というフレーズはテクノロジー産業にいる人々が使いたくてしょうがない流行り言葉のようでした。群衆の叡智の元の説明は、限られた数の質問タイプと状況にのみ適用されるものでしたが、時代の空気の中で、あらゆる状況に「群衆の叡智」が適用されたのです。
たとえば、この論文から10年弱たった現在、ソーシャルメディアは一部の小さなコミュニティを除けば、「群衆の叡智」から程遠いように見えます。この論文で、群衆の叡智は限定された条件下でしかうまく働かず、また社会的影響を行使し合う場であるソーシャルネットワークでもうまく働かないことを、思い出すことができるでしょう。
参考文献
Jan Lorenz, Heiko Rauhut, Frank Schweitzer, and Dirk Helbing. How social influence can undermine the wisdom of crowd effect. 2011.
Mason WA, Conrey FR, Smith ER. Situating social influence processes: dynamic, multidirectional flows of influence within social networks. 2007.
ジェームズ・スロウィッキー. みんなの意見は案外正しい. 角川文庫. 2004.
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