まえがき

Spotifyは、ナップスターやiTunesの登場以降、収益性が悪化した音楽業界を変えた破壊的かつ救済的なアプリであり、巨大テック企業と渡り合いながら事業を拡大してきた例外的なサービスである。このSpotifyから効果的なコンテンツ市場の設計を検討してみよう。

音楽業界の新しい収益化手法を確立

Spotifyは、2008年に開始された世界最大の音楽ストリーミングサービスであり、61か国で1億5,900万人のアクティブユーザーがいる。2018年4月の同社の新規株式公開(IPO)の時点で、Spotifyは40億ユーロの収益を上げ、収益は毎年45%の割合で増加している。音楽ストリーミングサービスは、音楽業界全体と比較して大きな成長を遂げている(Figure1を参照)。この急速な成長に伴い、Pandora、Apple Music、Tidal、SoundCloud、Amazon、Googleがすべての加入者を魅了するために戦っているため、競争が激化している。

Figure1 Source: IFPI, “Global Music Report 2018: Annual State of the Industry”, https://www.ifpi.org/downloads/GMR2018.pdf, accessed November 2018.

Spotifyは先月末、第3四半期の収益で市場の予想を上回り、5400万ユーロ(約6000万ドル)の営業利益を計上したことを発表した。Spotifyは厳しい競争環境のなかで常に”収支とんとん”の財務を継続してきた。Spotifyの売上原価は、主にアーティストやレコードレーベルに支払われるロイヤリティに起因して非常に高くなっている。Spotifyが有料会員から得た収益の60〜70%は、レーベルとアーティストに費やされてきた。これにペイメント処理、クラウド、ストリーミング設備などの通常の費用を加え、Spotifyは常にわずかに赤字だった。

それが、いまなぜ黒字化したのか?

Spotifyの「株主への手紙」は、黒字転換のさまざまな理由を説明している。新規加入者の増加により、月間アクティブユーザーが2億4800万人(うち1億1,300万人がプレミアムユーザー)になったこと、それからオリジナルコンテンツの宣伝やアーティストのマーケティングに使われる予算を圧縮したことを指摘する。加えて、手紙はSpotifyの「Two-sided marketplace(両面市場)」の機能を拡張する「スポンサーレコメンデーション」などのアーティスト向けの新しいツールも重要な役割を果たしたと説明する。彼らは2018年3月の投資家向けのイベントでTwo-sided marketplace の発展を投資家に対し約束していたそうだ。

Two-sided marketplace (両面市場)

さて、Two-sided marketplace とは何か? これは2つの異なるタイプの顧客の間で直接対話できるようにすることで価値を生み出すマーケットプレイスのことを指す。Uberだったら、片方の側に乗客があり、もう片方に運転手のがあり、この両者のコミュニケーション、取引、サービスの提供を通じて価値が創造されている。運転手が供給、利用者が需要の側に立っており、Uberは需要側と供給側のマッチングの仲立ちをしているのだ。

成功を収めた”マーケットプレイス”にはTwo-sided marketplaceが多く含まれる。American Express、PayPal、eBay、Uber、Facebook、iPhone、WhatsApp、Netflix、Amazon、およびYouTubeはすべて、Two-sided marketplace と見なすことができる、とSequoia Capitalのブログは指摘する

これらのプラットフォームが存在するのは、プラットフォームの供給側と需要側をより効率的な方法で一致させるための仲介者が必要だからです。この仲介者は、それらなしでは発生しない交換を可能にし、双方にとって価値を生み出します。 PayPalの支払いネットワークは、カード所有者と小売業者を結び付けます。 Amazonは、買い物客と小売業者を結び付けます。 YouTubeとNetflixはビデオクリエイターと視聴者を結び付け、Facebookはコンテンツプロバイダーとコンテンツ消費者を結び付けます。 YouTube、Netflix、およびAmazonの場合、両側のネットワークは、生産/消費モデルの類似ととらえられます。

プロダクト開発上の要所は、このTwo-sided marketplaceにおいて、需要側と供給側のエンゲージメントを保つことができるか、ということだ。Spotifyの場合は、ユーザーとアーティストがプラットフォームに愛着を示すかどうか、が重要である。この答えのひとつにマッチングを改良することがあり、それが機械学習の応用という形をとっており、Spotifyの競争力の源泉なのである。

それで、マーケットプレイスの需要側と供給側に強烈な磁力を発生させる「ネットワーク効果」が主にシリコンバレーでは指摘されている。ネットワーク効果とは、財またはサービスのユーザーの追加が、他のユーザーにその製品を使うことの価値を高める場合に、起こるとされている。ネットワーク効果が存在する場合、製品またはサービスの「価値」は(一般的に)それを使用する他の人の数に応じて増加する。典型的な例は電話であり、より多くのユーザーがいればいるほど、電話を使う(人々の主観的な)「価値」や利便性は増加する。これは、FacebookやSnapchatのように、一方の側でコンテンツを作成し、他方の側でコンテンツを消費するTwo-sided marketplace製品でも同様である。これらの製品ではユーザーの数が増えると、より多くの人とつながることができる。そのため、一般的に、WhatsApp、Facebook Messenger、Instagram Direct、およびSnapchatの場合、ユーザー数の増加はネットワークに正の効果を及ぼす。

Facebookのようなユーザー生成コンテンツ(UGC)を提供するTwo-sided marketplaceは、Netflixのようなプロが生成したコンテンツ(PGC)を提供するTwo-sided marketplaceと異なる。具体的にはUGC市場では「いいね」等の機能で、コンテンツの供給者に対し報酬を与え、高い質のコンテンツを供給することへのインセンティブを設計することが効果的だ。他方、PGCに関しては質の高い商品の流通は所与の条件であり、需要側を惹きつける高品質コンテンツのラインアップを作れるかが重要になる。これがNetflixがコンテンツに対し多額の投資をしたり、自らオリジナルコンテンツを製作する理由である。

UberはS1で「流動性ネットワーク効果(liquidity network effect)」を増やすことが彼らの戦略と説明している。①これはより運転手の供給を増やすことにより、②待ち時間や価格を低くすることができる、③これが乗客の拡大を促し、④これが運転手の収益性を改善することで、⑤よりたくさんの運転手が惹きつけられる−というモデルである。

Source: UBER TECHNOLOGIES, INC. FORM S-1 REGISTRATION STATEMENT

Uberはこの流動性ネットワーク効果を促すために、ドライバーや消費者向けのプロモーションなどのインセンティブを使用して、ネットワークの両側のプラットフォームユーザーを引き付ける。インセンティブを削減するのに十分な規模に達するまで、赤字になる可能性があるが、より大きなネットワークを持つ事業者は、より小さなネットワークを持つ事業者よりも高い利益率を持つと考えられるため、投入するインセンティブの総量に影響しない。影響するのは競合がテイククレート(運転手から徴収する手数料)やインセンティブに変更を加えたときなどの限定的な状況に限られると、同社のS1は説明する。

機械学習によるコンテンツ推薦

さて、Spotifyのような商品だと、いい音楽に絶え間なく出会えると、ユーザーの愛着が高まる。Spotifyはそのような施策に通暁しており有料会員のロイヤルティに強い自信を持っているようだ。2019年第3四半期の財務報告ではこのようなことを指摘している。

公開データは、我々はAppleに比べ、月あたり約2倍の加入者を追加している、と示している。さらに、我々は月間エンゲージメントは(Apple Musicの)約2倍であり、解約率は半分であると考えている。

これをうまくやるやめの有力な手段が、機械学習だ。Spotifyの戦略の中核は、パーソナライズされた推薦を提供し、ユーザーが新しい音楽を発見できるようにする能力である。これは機械学習への投資によって可能になる。 IPOの目論見書で、同社はこの戦略を強調し、「すべてのユーザーに提供するパーソナライズされたエクスペリエンスを深めるために、人工知能と機械学習機能への投資を続けます」「このパーソナライズされたエクスペリエンスが重要です」 と主張している。Spotifyの豊富なデータプールを考えると、同社は競争上の優位性を生み出し、ユーザーに継続的に改善するサービスを提供する態勢が整っている

IPOの目論見書によると、Discover WeeklyやRelease Radarなどの機械が生成するパーソナライズされたプレイリストは、2年前の20%未満と比較して、プラットフォームで聴くすべての31%を占めている。

同社の推薦システムは、協調フィルタリング、自然言語処理(NLP)、ディープラーニングによる生音声の解析などの手法を採用していると言われる。協調フィルタリングにより、Spotifyは好みが似ているユーザーの好みに基づいてユーザーに推薦を提供できる。NLPを使用して、同社はウェブから発見した記事、ブログ、曲のメタデータを精査し、各曲の「タグ」を生成し、それらのタグを他の曲のタグと比較する。同社はまた、どのアーティストまたは歌が頻繁に言及されているかを分析する。オーディオ処理により、Spotifyは音楽要素(テンポ、拍子記号、キーなど)を理解し、曲の共通性を識別できるという。この3つのミックスでSpotifyの推薦はなされていると説明されている。

2014年にインターンとして入社してきたSander Dielemanによる取り組みをきっかけにSpotifyによるディープラーニング(深層学習)の活用が本格化したようだ。Dieleman氏はDeepMind社でリサーチサイエンティストを務めている。彼が在職時の成果を記したブログがこちらだ。音楽を波形にばらし、そこから音楽の特徴を抽出することで、利用者の好みへのより細やかな対応が可能になるようだ。

Spotifyはいくつかの買収を通じて戦略を強化した。 2014年、Spotifyは1億ドルの評価額でEcho Nestを買収し、音楽の推薦機能を強化した。2017年3月、Spotifyはオーディオ機能検出技術を開発するSonalyticを購入した。42017年5月、Spotifyはより正確な音楽検索と推奨を提供するスタートアップであるNilandを買収している。これらの買収により、音楽の推薦について知識の深い人々を雇うことができたのだ。

「機械学習」と「人工知能」は会社のIPO目論見書で15回言及されている。会社にとってのテクノロジーの重要性の指標のようだ。

Spotifyの機械学習の全容はもちろん明らかにされていないが、同社の機械学習チームは論文数本を発表している。私の学習が終わったらもっと突っ込んだ記事を書いてみたい(会社の財務のことで忙しいのでちょっと先になりそうだが……)。

参考

Photo by Fimpli on Unsplash