東京海上、英グリーンシル破綻の損失はどの程度か

クレディ・スイスと奪い合うカルネアデスの板

東京海上、英グリーンシル破綻の損失はどの程度か
丸の内、東京海上日動火災保険ビルのくぐりえびす像。"Tokyo Marunouchi Skyscraper"by Yoshikazu TAKADA is licensed under CC BY 2.0

要点

東京海上の豪子会社が英グリーンシル問題の直撃弾を受けた。グリーンシル破綻で生じた損失を巡って、クレディ・スイスとの綱引きに発展しようとしている。東京海上が背負う潜在的損失はどの程度のものなのだろうか。


一時は革新的な金融会社と目されていたグリーンシルが3月に破綻するに至った経緯は、同社に保険の多くを提供していた豪州の無名の保険会社The Bond & Credit Co(BCC)が昨年、保険引受人の1人に調査を開始し、契約の更新を拒否したことに端を発している。東京海上日動火災保険は、2019年4月に豪保険会社Insurance Australia Group(IAG)からBCCの株式の過半数を取得し、子会社化している。

ソフトバンクGが出資し、キャメロン元英首相を顧問にしていたグリーンシルは、企業間の売掛債権を扱う「サプライチェーンファイナンス(SCF)」という金融サービスを手掛けていた。グリーンシルの主力製品は、企業が顧客に請求書を発行した後、支払いを受けるまでのキャッシュフローが欠如した期間、企業を救済するための融資を行うものだった。グリーンシルは、この売掛債権担保融資を証券化し、クレディ・スイス(CS)が運営するファンドに販売していた。

このビジネスモデルは、売掛債権が焦げ付いた際のリスクマネジメントが重要であり、保険会社が全面的に支える構造になるケースがある。グリーンシルのケースはまさにこれだった。融資の裏付けとなる売掛債権を保険でカバーすることで、投資家はこのファンドをほとんどリスクのないものとして扱うことができた。言い換えれば、この保険を引き受ける保険会社は過剰なリスクを押し付けられているとも言えるだろう。

東京海上にリスクをもたらしている保険契約は、東京海上がBCCを買収する前に締結されたものだ。英議会財務委員会からの質問に対するBCC取締役Toby Guyらの回答によると、グリーンシルは2019年2月22日頃、IAGの子会社であるBCCの取引信用保険に加入した。東京海上は、2019年にBCCを買収した際に、この保険を引き受けた。BCCは2021年3月1日に保険の更新を発行する権限を有していなかった。

最終的に東京海上は保険の更新をしない決断をとり、それがグリーンシルの破綻につながった。BCCは何ヶ月も前の2020年7月に、グリーンシルに対して、更新条件を提示しないことを書面で確認していたと主張している。Guyらは「BCCと東京海上日動は、2020年7月までに、そして2020年の残りの期間を通じて、グリーンシルに対して特別な懸念を抱き始め、いかなる保険の提供にも非常に消極的になった」と陳述している。

再保険でカバーされていない?

破綻寸前のグリーンシルは、2021年3月1日にニューサウスウェールズ州の最高裁判所で、被告であるBCC、IAG、東京海上に対して、保険契約に基づく補償の提供を強制することを求める仮設的強制差止命令を申し立てたが、最高裁は棄却している。その後、グリーンシルは破綻したものの、これにより、大損失を被った投資家の資金を回収するため、CSがこの保険による補償を要求しようとしている。

グリーンシル問題は非常に複雑化しており、英資源会社と米鉱山会社への大型融資の焦げ付きは巨大なスキャンダルに発展しつつある。また、ソフトバンクがグリーンシルとその融資先、さらに資金の大本となったCSのファンドの3つの出資者であったため、利益相反の疑いが指摘されている。The Economistはソフトバンクのガバナンス(企業統治)の状況を報じた記事の中で、WeWork騒動以降、ビジョンファンドの投資先の一部が金融機関から敬遠されるようになったため、それらの企業が企業価値を落とした資金調達ラウンドをしないよう、グリーンシルへの14億ドルの出資を通じて、不良ポートフォリオ企業への資金供給を促した可能性があると主張している。これらの融資を証券化したものを買っていたのが、CSが運用するファンドであったため、CSは、ソフトバンクの利益相反のせいで損害を被った可能性があるとしてソフトバンクを相手取った訴訟を検討していると複数の経済紙が報じている。

また、キャメロン元英首相が顧問を務め、年間100万ドルの報酬をもらい、広範なロビー活動を行っていたことから、英議会は現在、グリーンシルの破綻の経緯を追及している。6月下旬には、英会計規制当局は、グリーンシルの監査に関する調査を開始。英重大不正捜査局は5月、最大の融資先である英資源複合企業GFGアライアンスにおける不正行為やマネーロンダリングの疑いについて調査を開始したと発表していた。この調査はグリーンシルとの資金調達の取り決めを含んでいる。

このような状況下で、東京海上がグリーンシルに対してどの程度のエクスポージャー(潜在的損失の範囲)を抱えているのかについて、明確な説明はしていない。東京海上は6月30日のプレスリリースで「当社は、BCCとグリーンシル社の間の保険取引等を詳細に確認しており、今後も必要に応じて調査を継続していきます。現時点において、当社の2021年度通期業績および今後の業績への影響は、引き続き限定的と考えております」と述べている。

ただし、3月にIAGは、2019年のBCC売却の一環として、再保険でカバーされていないグリーンシルのエクスポージャーを東京海上に渡したと発表している。同時期のブルームバーグの報道も、再保険契約が、グリーンシルとの取引をカバーしていなかったとする関係者談話を引用している。

東京海上は現状、保険契約の妥当性に疑義を呈することで、売掛債権の保険を回避しようとしているようだ。フィナンシャル・タイムズ(FT)が最近、入手した管財人の報告書のコピーによると、IAGはグリーンシルが保険金請求や基礎となる事業について「虚偽の陳述を行った」と主張し、金融会社が「意図的に(保険会社を)欺いていた可能性さえある」と付け加えているという。オーストラリアの裁判で開示された、BCCがグリーンシルに提供した別の保険証券のコピーには、同社が故意に「虚偽または詐欺的な記述」を行った場合には無効になると記載されていたという。東京海上は、IAGが2020年3月にグリーンシルの主な保険を1年間延長したことが有効かどうかを疑問視しているようだ。

BCC取締役のGuyらは英議会への証言の中で、契約およびBCCがグリーンシルに発行したとされるその他の契約の有効性は「現在調査中」としている。

回収不能な債権を保険で補いたいクレディ・スイス

FTによると、CSはグリーンシルに負っている顧客の数十億ドルを回収するため、最初の保険請求を準備している。グリーンシルの破産管財人となった会計事務所Grant Thorntonも、請求書の提出に関与するとのことだ。

CSは、7月2日に同社ウェブサイト上で発表した7億5000万ドルの回収により、総額56億ドルを回収したものの、英資源企業と米鉱山企業、ソフトバンクが支援する建設会社カテラの3社の債務者に関連する23億ドルの回収が困難であると主張している。

FTの報道によると、CSが準備している最初の保険金請求は、この3つの債務者に関連したものではないが、カテラが最近、米国の破産保護を申請したことで、カテラがCSのファンドに支払うべき4億4,000万ドルに対する請求が今後行われる可能性があるという。また、CSはカテラ等の債務をめぐってソフトバンクに対する訴訟を準備しているが、これは保険金請求と並行して行われる可能性があるという。CSの計画を知る人物はFTに対して「すべての手続きには長い時間がかかるので、投資家の資金を取り戻すためにすべての可能性をカバーしたい」と語っている。

CSは同時期にファミリーオフィスのアルケゴス・キャピタル・マネジメントの取引でも投資家に大打撃を与えており、4月までに約50億ドル(約5464億円)の損失を出した。CSは相次ぐ不祥事により、1四半期の損失を計上し、損失補填と経営安定化のために18億フラン(約2154億円)を調達しなければならなかった。ここで、さらにグリーンシルに供給した顧客の100億ドルの回収が求められている。CSの顧客のミシガン州セントクレアショアーズ市警察消防退職年金基金はすでにCSを「高リスクの顧客に関するリスク管理を誤った」として提訴している。CSは保険請求が認められなければ、燎原の火は燃え広がり、顧客である富裕層や機関投資家に何らかの償いをすることがほぼ確定的になるだろう。

CSと東京海上はあたかも「カルネアデスの板」を争っている。カルネアデスの板とは、難破で海上に投げ出された二人が、一人しか助けられない舟板を巡って争う問題だ。クレディが損をするか、東京海上が損をするか、二者択一である。交渉がまとまらなければ、法定で決着をつける以外の手段はないだろう。

過剰なエクスポージャーを設定した豪州の保険引受人

この時限爆弾の生成に大きな役割を果たした人は豪州にいる。この保険契約を2019年に締結した保険引受人、グレッグ・ブリアートンだ。58歳のBCCの重役は、グリーンシルの職務上認められた以上のリスクをとった疑いで、雇用主であるBCCから解雇されるまで、重要な役割を担っていたという。

東京海上は、2020年、ブリアートンが「委任された権限を超えて」グリーンシルへの与信に保険をかけ、その総額が100億豪ドル(約8,500億ドル)を超えたため、ブリアートンを解雇したと発表している。FTが取材したブリアートンを知る地元関係者3人は、彼は気のいい人であり、経営陣の知らないところで彼が会社に著しく不利な保険を提供する役割をとったとは考えられないとし、その後の出来事の「カモ」にされた側ではないか、と語ったという。

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