「PayPay改悪」は次世代決済基盤UPIの呼び水になっている[吉田拓史]
PayPayが他社クレジットカードとの接続を切り「改悪」と非難された。国際的にはインドのデジタル決済システムUPIの台頭が目覚ましく、日本政府も触手を伸ばす。スマホ決済の次幕は、システムの大転換という過激なゲームチェンジなのだろうか。
PayPayが他社クレジットカードとの接続を切り「改悪」と非難された。国際的にはインドのデジタル決済システムUPIの台頭が目覚ましく、日本政府も触手を伸ばす。スマホ決済の次幕は、システムの大転換という過激なゲームチェンジなのだろうか。
PayPayは5月1日に、自社の「PayPayカード」以外の他社クレジットカードの利用停止を発表したが、「改悪」との評判がSNSを中心に駆け巡り、同社は6月22日にその方針を撤回し、停止の適用を2025年1月まで延期すると発表した。
PayPayは他社クレカの排除の理由を「他社クレカを紐付けて決済を行うユーザーの割合がごく少数」であり、「PayPayを使うのであればPayPayカードを紐付けていただいた方が便利でお得」と説明していた。
覆された決定は、PayPayが他の金融機関・ノンバンクから独立した個人向け金融エコシステムになろうとしていることを意味する。すでにPayPayユーザーは、望みさえすれば、各種の支払いを PayPay銀行、PayPay本体、PayPayクレジットカードによって完結できる。PayPay側は顧客にそうするよう促してきた。
しかし、これは「首位固め」と捉えるべきではない。 PayPayは取扱高が2022年通年で10兆円を超え、日本首位だが、インドやブラジル、中国のようなスマホ決済が浸透した国のサービスと比べると、規模がかなり小さい(下記のブログを参照)。日本のスマホ決済は失敗しつつある、というのが実情で、その中でPayPayはまだ上手く行っているという見方が正鵠を射ている。
実態は、スマホ決済市場が想定よりもかなり早く成熟期を迎えた今、PayPayはこれまで投下した多額の投資を回収しないといけないという危機感に突き動かされたということだろう。
日本のスマホ決済の失態
日本におけるスマホ決済の設計について考察すると、その実体はクレジットカードの再構築とも言える。日本のスマホ決済では、加盟店からの手数料が1.6%〜3.2%の範囲に設定されており、クレカの課す手数料を圧縮しなかった。
PayPayらが課す加盟店手数料は、他国の先進的な例と比べると高い。中国のWeChat PayやAliPayは0.1%。ブラジルのPix、インドのUPIは基本的にゼロである。これは消費者や小売業者、ひいてはメーカーへの新たな課税である。メーカーは商品を小さくしたり、値上げしたりし、小売業者は価格転嫁するため、割を食うのは消費者だろう。
日本、インドのUPIシステムへの参加を真剣に検討中
河野太郎デジタル担当大臣は5月、日本政府はインドの統合決済インターフェース(UPI)への参加を真剣に検討していると述べた、とインドメディアWIONが報じた。インド政府は、日本がUPIに関心を持っていることに感謝し、相互運用性を高めるために共通のe-IDを認識するよう取り組んでいると述べた、という。河野は、UPIは「非常に便利な決済システム」であり、「政府間の相互運用性を高めることができる」「国境を越えた決済のもうひとつのスタンダードになりうる」と述べた、という。河野は、UPIシステムを徹底的に研究し、自国で実施できる方法をチェックするチームをインドに派遣すると発言した。
この発言から類推されるのは、日本がUPIを模範とした決済システムを開発し、国内で運用する。相互運用性が確保されたUPIが企図するクロスボーダー決済システムへ参加するということだ。
UPIは数ある新興国発の決済システムの中でもベストプラクティスの呼び声が高い(詳しくは以下のブログ)。UPIでは政府がPayPayのシステム部分を担い、アプリベンダーは背後のシステムに依存し、アプリを作るだけでペイメントサービスを消費者に提供できる。アプリベンダーからは、UPIの背後で実行される銀行口座間の取引が隠蔽されており、ベンダーはその点に配慮せず消費者向けサービスの開発に邁進できる。
また、銀行の不満を生みづらい、という利点もある。UPIでは、PayPayのようにシステムに「お金を載せる」のではなく、毎回の決済ごとにUPIを仲介役として口座間の送金が行われるため、口座を提供する銀行としても受け入れやすいシステムになっている。
仮に日本政府がUPIと同様のシステムを投入した場合、手数料2%のPayPayなどには生き残る術がなくなる。インドでも、アントグループとソフトバンクグループ(SBG)が株主だったPaytmが、UPI勢の台頭によって淘汰されたが、このシナリオをなぞることになる。小売店にある乱立した支払いサービスに対応するための端末が姿を消し、手数料の価格転嫁がなくなるだろう。
今後、UPIは暗号通貨以降の中央銀行デジタル通貨(CBDC)の台風の目となっていくことが予想される。5月下旬、シンガポールは自国のデジタル決済インターフェースPaynowとUPIとの連携を開始した。インド準備銀行のシャクティカンタ・ダス総裁は以前、他の数カ国もこのイニシアティブへの参加に関心を示していると述べていた。