マインツのヨハネス・グーテンベルク大学の遺伝学者であるヨアヒム・バーガーらは、骨格の遺伝子検査により、約3000年前のヨーロッパ人の新鮮な牛乳を消化することができなかったことが明らかにした。

約3000年前、ドイツ北部のトールンツェ川のほとりでは、数千人の戦士たちが戦いを繰り広げた。彼らは木や石、青銅などの武器を使って戦った。過去10年の間に、考古学者が湿地に埋もれた数百人の遺体を発掘した。これは、これまでに発見された中で最大規模の先史時代の虐殺の一つだ。この研究は、9月3日、科学誌『セル・バイオロジー』に発表された。

バーガーらの骨格の遺伝子検査によると、戦士たちの故郷が明らかになり、兵士たちは新鮮な牛乳を消化することができなかった。研究者たちは、戦闘についての詳細な洞察を求めて、14体の骨格のDNAの配列を決定した。その結果、戦士たちはすべて中央ヨーロッパ(現在のドイツ、ポーランド、チェコ共和国)の出身であることが判明した。残念なことに、彼らの遺伝子の類似性は、彼らが戦った理由についてのほとんどの洞察を提供している。

マインツのヨハネス・グーテンベルク大学の遺伝学者であるヨアヒム・バーガーは科学誌サイエンスのニュースサイト『サイエンスダイレクト』に対して、「異なる民族的背景を持つ2つの異なるグループを発見することを期待していたが、そうではなかった。がっかりするほどつまらない結果だった」と話した。

しかし、別の驚きも明らかになった。戦士たちの中には、大人が牛乳を消化するための遺伝子変異を持っていなかったのだ。

他の研究では、ラクターゼ(乳糖分解酵素)活性持続性(乳糖分の分解を持続的に可能にする性質)は紀元前5000年までにドイツの一部で一般的であり、紀元前1万年までにはこの地域全体に広がっていたことがわかっている。つまり、約100世代以内に突然変異がヨーロッパ中の集団に浸透していたことになる。

ラクターゼ活性持続性の欠如は、乳糖不耐症を引き起こす。乳糖不耐症は、消化酵素のラクターゼの欠乏により乳糖が消化できない状態のことで、下痢や腹部のけいれん痛を起こす。 児における症状には、下痢と体重増加の遅れなどがあり、成人における症状には、腹部の膨満やけいれん痛、下痢、鼓腸、吐き気などがある。

哺乳動物で、離乳後もミルクを飲むのは一部の人類だけである。人種間でラクターゼ活性持続性に差異が認められる。たとえば、西洋人は、離乳後もミルクを飲めるようになった人類の一変種の子孫と表現されることもある。

この発見は、ラクターゼ活性持続性の謎を深めるだけだ。バーガーは2007年の研究で、8000年以上前に生きていたヨーロッパの最初の農民もラクターゼが持続していなかったことを明らかにした。当時、バーガーは、農業や牧畜の発展に伴って突然変異が徐々に広がっていったと主張していた。牛乳を消化できる人は、そうでない人よりも多くのカロリーを牛群から得ることができ、遺伝子を受け継ぐために生き延びる子供が増えると考えられていた。

それまでは、ラクターゼ活性持続症の集団は、約8,000年前にメソポタミアの「肥沃な三日月地域」において突然変異によって出現したというもあった。

しかし、トーレンセの遺体からは、ラクターゼの持続性を保つための遺伝子が発見されるまでには、少なくとも6000年以上の歳月がかかっていたことがわかった。また、今回のDNA鑑定結果は、ラクターゼ持続遺伝子は紀元前5000年頃に、現代のウクライナやロシアの草原から牛を飼っていた遊牧民、ヤムナヤ族によって西ヨーロッパに持ち込まれたとする説が2015年に提唱されていたが、これも覆された。

この結果は、いつ、なぜヨーロッパ人が牛乳を飲むようになったのかについて、科学者たちがこれまで以上に困惑していることを示している。

「おそらく欧州人が新鮮な牛乳を楽しめるようになったのは、人々がますます混雑し、病原体が飛び交うヨーロッパの町や村で病気を追い払うのを助けた鉄器時代とローマ時代」とバーガーは推測している。しかし、彼も困惑していることを認めているとサイエンスダイレクトは綴っている。

Photo by Ferdinand on Unsplash