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「サイファーパンク」をSFや村上春樹やジョージ・オーウェルを使って説明してみた

「サイファーパンク」はCypher(暗号)とPunk(パンク)を組み合わせた造語です。彼らは我々が自由な生活を送ることを助けた死をも恐れぬ活動家なのです。

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ビットコインが成立した背景として「サイファーパンク」の活動が存在します。……サイファーパンク?  聞き慣れない言葉ですよね。それは一体何でしょうか?

「サイバーパンク」と「サイファーパンク」

「サイファーパンク」(CypherPunk)はCypher(暗号)とPunk(パンク)を組み合わせた造語です。直訳では「暗号パンク」ということでとても香ばしい匂いがします。サイファーパンクは人体と機械が融合したり人間の精神世界と電脳空間の境界がなくなったりする仮想世界を描く、SFのひとつのジャンルである「サイバーパンク」(CyberPunk)をもじっています。電脳空間(サイバースペース)に意識ごと没入(ジャック・イン)して情報をクラックするコンピューター・カウボーイをめぐる物語のウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』が有名です。それから最近続編が公開された『ブレードランナー』(原作はフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』)もその金字塔といえる作品でしょう。

その「サイバーパンク」をもじったサイファーパンクは何か? それを考えるときはジョージ・オーウェルの『1984』がいい参考になるかと思います。世界が「ビッグブラザー」と呼ばれるすべてを監視できる権力に支配された世界を描いたディストピア小説です。村上春樹も同様の世界観を引き継ぎ、タイトルをもじった『1Q84』を発表しており日本人にも親しみやすいテーマでしょう。

『1984』の舞台は、思想や言葉、結婚をはじめとする生活のあらゆる側面が統制されている社会だ。舞台となる国家では至る所に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向の監視装置が設置され、市民の一挙一動が常に監視されている。街には絶対的最高指導者「ビッグ・ブラザー」のポスターがあちこちに貼られ、「Big Brother is watching you(ビッグ・ブラザーはあなたを見ている)」という文言が、人間がその意識の内部に権力を住まわせるようになる……という内容です。

オーウェリアン主義への恐怖

オーウェルの『1984』は「オーウェリアン(Orwellian)」という言葉が生みだしました。これはオーウェルが自由で開かれた社会の福祉に有害であると特定した状況、社会的条件を表す形容詞です。『1984』のような状況を発見したとき、批判的な人は「オーウェリアンだ」と指摘するのです。近年は監視技術が発達しており一部の国でオーウェリアンという言葉を使うべき状況が増えているのです。そして「オーウェリアン主義(Orwellianism)」という言葉があり、これは西洋が提唱する「自由」に反した監視管理社会を描写する言葉になりました。中国の監視に対してニューヨークタイムズやガーディアンが「これはオーウェリアン主義である。人権や福祉を踏みにじっている。けしからん」とするのがわかりやすいでしょうか。

サイファーパンクはオーウェリアン主義に対して非常に敏感な反応を示す人々です。なぜなら、彼らは暗号学者、ソフトウェアエンジニアなどのバックグラウンドをもち、国家がオーウェリアンな監視・支配を行おうとすることに肌を接しており、それに対しかなり高いリスクを負って抵抗してきた人々だからです。サイファーパンクは、すべてを監視しようとする為政者から市民のプライバシー、そして自己主権(Self-Sovereignity)を守ろうとする運動とも、呼ぶことができるでしょう。

暗号学の歴史

さて、背景を整理できたと思います。次は歴史です。これがまた深いのです。

1970年以前は暗号は主に軍隊や諜報機関によって秘密裏に開発されていました。第二次世界大戦時のドイツ海軍のエニグマ暗号機で作られた符号をアラン・チューリングが電動式の暗号解読機「ボンブ」で破ったのはとても有名なエピソードです。同じく第二次世界大戦のとき旧日本軍の暗号は米国に解読されており、米国はパールハーバーへの空襲を事前に知っていたとされています。このように暗号は国家間の競争で重要な役割を果たすため、国家は暗号を秘匿する態度をとっていたのです。

しかしふたつの出版物が公開されたときに、その秘匿性は変更されました。ひとつは米政府が公開しとても広く使用されるようになったブロック暗号である「Data Encryption Standard(DES)」。 そして、公開鍵暗号に関する最初の公開された論文「暗号通貨の新しい方向性」(Whitfield Diffie博士とMartin Hellman博士)です(同時期に同じ研究が存在していた)。

サイファーパンクの技術上のバックグラウンドは1985年のDavid Chaum博士が出版した論文である「Identification without Security:Transaction Systems to Make Big Brother Obsolete」(セキュリティなしの認証:ビッグブラザーを無化する取引システム)とされています。彼は匿名の「デジタルキャッシュ」や匿名評判システムなど「時代に対してかなり早い」提案をすでにしていたのです。Chaumは後に「匿名型デジタルキャッシュ」を開発する会社「デジキャッシュ」を創業しました。

「サイファーパンク宣言」

その後数年の間にこれらのアイデアは合体してひとつの「ムーブメント」になります。

1992年には、Eric Hughes、Timothy C May、John Gilmoreがサンフランシスコベイエリアで小さなグループを設立しました。このグループは「暗号」と「サイバーパンク」の派生語として「サイファーパンク」と言う名前を自分たちに付けました。サイファーパンクメーリングリストはほぼ同時期に結成され、わずか数カ月後にEric Hughesが「Cypherpunk’s Manifesto」を公開しました。「サイファーパンク宣言」と日本語に翻訳されてもいます。

プライバシーは電子時代の開かれた社会にとって必要不可欠なものだ。プライバシーとは秘密主義のことではない。つまりプライベートな事柄というのは全世界には知らせたくない事柄だが、秘密の事柄とは誰にも知られたくない事柄だ。プ ライバシーは選択して自らを世界に示すための力なのだ。

Cypherpunksメーリングリストは1992年に開始され、1994年までに700人の購読者がいました。 加入者の数は、1997年に2000に達したと推定されます。彼らは集中型のリストアーキテクチャに固有の「単一障害点」を排除することを目的とした「分散型の独立したメーリングリストノードのネットワーク」を構築しました。当時から「非中央集権」という哲学がコミュニティに存在したと思わせるエピソードです。ピーク時には「Cypherpunks Distributed Remailer」には少なくとも7つのノードが含まれていたといいます。

暗号戦争の勝利

1990年代には、米国政府は強力な商用暗号化の普及を阻止しようとする「暗号戦争」が起きました。暗号技術の市場はこの時点まではほぼ完全に軍事的なので、暗号技術の「輸出」は厳しい規制を受けていました。このような規制を敷くことで、アメリカは他国の通信を読めるが、逆に他国はアメリカの通信が読めないという国益を生み出すことを目論んでいたようです。

暗号の民主化をもくろむサイファーパンクは暗号ソフトのコードを全部バーコードにして、Tシャツに印刷して米国外に持ち出そうとしました。米政府は「これを”軍需品”に該当する」という判断を下したのです。

監視をめぐる状況は好転を始めます。リバタリアンやプライバシー保護支持者による訴訟や暗号化ソフトウェアの広範な普及が起き、アメリカ国家安全保障局(NSA)が「クリッパーチップ(Clipper Chip)」で人々のことを監視していたことが明らかにされました。同時に決済を行うときにその通信を自由に暗号化できないことは電子商取引の発展を阻害するという経済界の要求もあり、1996年にビル・クリントンが発令した大統領令で暗号は軍需品リストから商務省の規制リストに移されました。

これでサイファーパンクの戦いは成功したといえるようになりました。オーウェリアン主義者の目論見を跳ね返し、世界中のスマートフォンは秘匿された通信を行い、デジタルトランザクションは暗号に守られているため、クラックされることはあまりありません。

彼らが次に意欲を示したのが、先に触れたDavid Chaumが提唱した「デジタルキャッシュ」という秘匿された電子的取引だったのです。

有名なサイファーパンク

Jacob Appelbaum: Tor developer, 
Julian Assange: Founder of WikiLeaks
, Dr Adam Back: Inventor of Hashcash, co-founder of Blockstream
, Bram Cohen: Creator of BitTorrent, 
Hal Finney: Main author of PGP 2.0, creator of Reusable Proof of Work
Tim Hudson: Co-author of SSLeay, the precursor to OpenSSL, 
Paul Kocher: Co-author of SSL 3.0, 
Moxie Marlinspike: Founder of Open Whisper Systems (developer of Signal), 
Steven Schear: Creator of the concept of the “warrant canary”, 
Bruce Schneier: Well-known security author, 
Zooko Wilcox-O’Hearn: DigiCash developer, Founder of Zcash, Philip Zimmermann: Creator of PGP 1.0

Image via Penguin Books

参考文献

Takushi Yoshida

Published a year ago