アドテクの新潮流”1位価格オークション”が誤りである理由

理論上正しい2位価格オークションから1位価格への移行が起きている。 なぜ”正しくない方向”に向かうのか。これを現実のユースケースに触りながら説明してみよう。

アドテクの新潮流”1位価格オークション”が誤りである理由

この『Googleの検索広告で学ぶオークションの理論と実践』ではGoogleが検索広告で採用したセカンドプライスオークション(2位価格オークション)が、入札者が自分の意図を偽る戦略を採用することを抑制し(耐戦略性)、プレイヤーの”正直”な行動が一切の抜け穴がなく適切なインセンティブ設計のもとで奨励されると説明した。

理論上はこれで間違いがない。また記事ではGoogleが理論上想定されるメカニズムを実践で成立させるためにしていると想定されるアプローチも推測している。Googleが設計し運営する限りでは2位価格オークションは適切にワークするのである。

しかし、実際のアドテクはファーストプライスオークション(1位価格)への移行が起きているようだ。なぜ”正しくない方向”に向かうのか。これを現実のユースケースに触りながら説明してみたい。ここで触れる内容は米国でのプラクティスであり、日本はこの数周から下手をすれば十周遅れになっている。ただこの分野ではキャッチアップが善かと言えば、そうとは言えません。

さて、1位価格への移行は「ディスプレイ広告」と呼ばれるジャンルでじわっと起きている。ディスプレイ広告とはいわゆるバナー広告である。このディスプレイ広告というジャンルの覇者はもちろんGoogleである。パブリッシャーは概ねGoogleのアドサーバーを採用している。このサーバーでアドインベントリー(広告在庫)を設定する。パブリッシャーは高い値をつける可能性が高い需要元から順にお伺いをたてるウォーターフォールという設定をするが、実質的には価値の高い在庫は高い優先順位に設定されたGoogleが買い、Googleの取引所で買い手がつかなかったり、最低価格を上回らなかったりしたときは、在庫は次の優先順位を与えられたアドテク企業が代表する商流に流れることになる。

在庫がGoogleの取引所でオークションにかけられるときには、価格が平均価格に張り付いたり、フロアプライスより少しだけ高い状態が維持されたりすることがある。パブリッシャーはこう考える。「このまえの四半期決算みたけどさ、Googleさんは大層儲けてらっしゃる。オークションでかなりマージンを載せてるんだろうな。自分の儲けを最大化するためのアルゴリズムを働かせて俺たちを搾取しているのではないか?」。この疑念をうまく活かそうとするのが、パブリッシャーの利益を代弁すると唄うサプライサイドプラットフォーム(SSP)である。SSPはパブリッシャーにアドサーバーの優先順位をGoogleより上にしてくださいとお願いしていたが、そこは「新参者のSSPより大企業のGoogleさんにお願いしておこう」という論理が勝っていた。そこでSSPは裏技を編み出したのだ。ヘッダービディング(ヘッダー入札)である。

ヘッダー入札とは、SSPがGoogleが手に入れようとしている枠をパブリッシャーの協力を得て「横取り40万」するやり方だ。

通常、アドサーバーへの広告のリクエストはHTMLのbodyに埋め込まれたJavascriptによってなされる。それをheaderというbodyよりも先に読み込まれる部分に別のアドサーバーへのリクエストを飛ばすJavascriptを埋め込む。これでGoogleの商流に乗る前にオークションをし、広告をサーブして割り込み駐車してやろう、というものである。このテクノロジーを提供し背後のオークションや入札者とコミュニケーションをとるのがSSPである。パブリッシャーはGoogleの対抗馬を作り出したことで、在庫の販売価格の上昇を期待する。Googleと非Googleの在庫のバランスをうまく動かすことで、デジタル広告業者に総じて圧力をかけ、価格に影響力を持てるのではないか。でもそれだけでは甘い。このヘッダー入札を同時に展開し、SSPを競争させて彼らのマージンにも圧力をかけてやれば、利益を最大化できるではないか。利得の最大化は合理的な経済アクターが目指す当たり前の目標である。

だが、どうもうまくいかないことが起きた。それは、ヘッダービディングでSSPを競合させているのはいいもののオークション自体は個別に行われているので、期待したようには在庫価格の上昇が起きないのだ。下のテーブルをみるのが話が早い。在庫がSSP1に流れたとき落札額は4.01ドル、在庫がSSP2に流れたときには落札額は2.01ドルとなる。パブリッシャーは交換がある。「仮にこれが統一されたオークションだったら落札額14.01ドルだし、もし1位価格オークションなら落札額25ドルじゃないか。2位価格はなんて損なんだ(怒)」。

//////SSP1SSP2Highest Bid$14$252nd Highest Bid$4$2Clearing Price$4.01$2.01

実際には前回書いた『Googleの検索広告で学ぶオークションの理論と実践』で触れたようにオークションの形式が違えば、入札者の戦略は違うのである。25ドルや14ドルの入札をしているプレイヤーは他のプレイヤーが過度に「勝者の呪い」を恐れて低い入札をしているのを見越して高く入札しているだけなのだ。

だが、パブリッシャーは雑誌や新聞を作っていたのでそもそもオークション理論なんて知るわけないし、知っていたとしてもどれくらい実効性があるのか疑ってかかるのはビジネスパーソンの基本的な考え方と言っていいだろう。加えて、とあるSSPがパブリッシャーとDSPの双方から手数料を二度取りしていたことがすっぱ抜かれたことがあり、パブリッシャーはSSPの利益相反を警戒しており、比較的いかさまをする余地のある2位価格をヤメようか悩んでいるのだ。この記事『『サルたちの狂宴』でアドテクの変遷を振り返る 独占が自由市場を駆逐した理由』で触れたように、ソーシャルメディア依存型のパブリッシャーは市場のシュリンクと収益性の不振に悩んでいるため、ディスプレイ広告がもたらす小銭にも認識が辛くなっている。こういう具合で、パブリッシャーは1位価格オークションの採用に興味をいだいているのである。

1位価格オークションはともかくオークションの共通化については一縷の望みがある。それはGoogleがこれらのオークションをサーバーサイドであらゆる需要元に公開した形で行うとほのめかしたことがあることだ。このあらゆる地点に飛び散ったオークションをサーバーサイドでインテグレーションする案である。仮にこれが実現したとしたら、上述のオークション例で14.01ドルの落札額をつける可能性は0%ではなく、価格の上昇を望めるのだ。

でも実際にこの案が実現する可能性は低いだろう。Googleは十分に市場で支配的である。ヘッダー入札を通じた需要がつける価格は多数のミドルマンのテイクレートを織り込んでいるので、Googleの商流を通じた需要がつける価格を上回る可能性は低い。

そして1位価格オークションもまた失敗に終わるだろう。仮にヘッダー入札商流で落札額を引き上げられたとたら、広告主はより安く変えるGoogle商流に投資額を拡大するはずだ。もともとGoogleとその他のアドテクのパイの大きさは驚愕すべきほどの差がある。Googleには小さなパイで起きた変化の影響を小さくする力があるのだ。

最後に指摘しておくと非主流アドテクの市場設計は失敗している。穴の空きまくったチーズである。同時にGoogleを通じて売ってもあなたの在庫にはそんな高値はつかない。特に日本のパブリッシャーに言いたい。日本のディスプレイ広告をデジタル広告の価格は、同規模の富裕国の水準と比べると著しく安い。このゲームはあなたの戦うゲームではない。フェイクニュースサイトを作るのでないのならば。

Reference

How second-price auctioning can create headaches for publishers

Publishers see a slow shift, not rush, to first-price programmatic ad auctions

Image via Financial Times(CC BY 2.0 / flickr)

Read more

新たなスエズ危機に直面する米海軍[英エコノミスト]

新たなスエズ危機に直面する米海軍[英エコノミスト]

世界が繁栄するためには、船が港に到着しなければならない。マラッカ海峡やパナマ運河のような狭い航路を通過するとき、船舶は最も脆弱になる。そのため、スエズ運河への唯一の南側航路である紅海で最近急増している船舶への攻撃は、世界貿易にとって重大な脅威となっている。イランに支援されたイエメンの過激派フーシ派は、表向きはパレスチナ人を支援するために、35カ国以上につながる船舶に向けて100機以上の無人機やミサイルを発射した。彼らのキャンペーンは、黒海から南シナ海まですでに危険にさらされている航行の自由の原則に対する冒涜である。アメリカとその同盟国は、中東での紛争をエスカレートさせることなく、この問題にしっかりと対処しなければならない。 世界のコンテナ輸送量の20%、海上貿易の10%、海上ガスと石油の8~10%が紅海とスエズルートを通過している。数週間の騒乱の後、世界の5大コンテナ船会社のうち4社が紅海とスエズ航路の航海を停止し、BPは石油の出荷を一時停止した。十分な供給があるため、エネルギー価格への影響は軽微である。しかし、コンテナ会社の株価は、投資家が輸送能力の縮小を予想している

By エコノミスト(英国)
新型ジェットエンジンが超音速飛行を復活させる可能性[英エコノミスト]

新型ジェットエンジンが超音速飛行を復活させる可能性[英エコノミスト]

1960年代以来、世界中のエンジニアが回転デトネーションエンジン(RDE)と呼ばれる新しいタイプのジェット機を研究してきたが、実験段階を超えることはなかった。世界最大のジェットエンジン製造会社のひとつであるジー・エアロスペースは最近、実用版を開発中であると発表した。今年初め、米国の国防高等研究計画局は、同じく大手航空宇宙グループであるRTX傘下のレイセオンに対し、ガンビットと呼ばれるRDEを開発するために2900万ドルの契約を結んだ。 両エンジンはミサイルの推進に使用され、ロケットや既存のジェットエンジンなど、現在の推進システムの航続距離や速度の限界を克服する。しかし、もし両社が実用化に成功すれば、超音速飛行を復活させる可能性も含め、RDEは航空分野でより幅広い役割を果たすことになるかもしれない。 中央フロリダ大学の先端航空宇宙エンジンの専門家であるカリーム・アーメッドは、RDEとは「火を制御された爆発に置き換える」ものだと説明する。専門用語で言えば、ジェットエンジンは酸素と燃料の燃焼に依存しており、これは科学者が消炎と呼ぶ亜音速の反応だからだ。それに比べてデトネーシ

By エコノミスト(英国)
ビッグテックと地政学がインターネットを作り変える[英エコノミスト]

ビッグテックと地政学がインターネットを作り変える[英エコノミスト]

今月初め、イギリス、エストニア、フィンランドの海軍がバルト海で合同演習を行った際、その目的は戦闘技術を磨くことではなかった。その代わり、海底のガスやデータのパイプラインを妨害行為から守るための訓練が行われた。今回の訓練は、10月に同海域の海底ケーブルが破損した事件を受けたものだ。フィンランド大統領のサウリ・ニーニストは、このいたずらの原因とされた中国船が海底にいかりを引きずった事故について、「意図的なのか、それとも極めて稚拙な技術の結果なのか」と疑問を呈した。 海底ケーブルはかつて、インターネットの退屈な配管と見なされていた。現在、アマゾン、グーグル、メタ、マイクロソフトといったデータ経済の巨人たちは、中国と米国の緊張が世界のデジタルインフラを分断する危険性をはらんでいるにもかかわらず、データの流れをよりコントロールすることを主張している。その結果、海底ケーブルは貴重な経済的・戦略的資産へと変貌を遂げようとしている。 海底データパイプは、大陸間インターネットトラフィックのほぼ99%を運んでいる。調査会社TeleGeographyによると、現在550本の海底ケーブルが活動

By エコノミスト(英国)