物理学とギャンブルと金融が引き起こした今世紀最大の化学反応『ウォール街の物理学者』

第二次世界大戦後、いくつかの革新的な物理学者と数学者が物理学、ギャンブル、金融の驚くべきつながりを見つけ、それらのつながりを使って最初のクオンツになる人々が現れ始めました。

物理学とギャンブルと金融が引き起こした今世紀最大の化学反応『ウォール街の物理学者』

「ウォール街の物理学者」(The Physics of Wall Street)の著者は、カリフォルニア大学アーバイン校の理学哲学の教授で物理学者であるジェームズ・ウェザーオールです。彼は、博士課程の最中にリーマン・ショックを目の当たりにし、物理学者の見地から、物理学がウォール街で取り入れられた経緯に興味を抱いて、本書を執筆しました。

似た分野を扱った書籍は他に『ザ・クオンツ  世界経済を破壊した天才たち』(スコット・パタースン)、『物理学者、ウォール街を往く。―クオンツへの転進』(エマニュエル・ダーマン)などがあります。

第二次世界大戦後、数人の革新的な物理学者と数学者が物理学、ギャンブル、金融の驚くべきつながりを見つけました。彼らが最初のクオンツを創造したのです。

最初の章では、アンリ・ポアンカレの指導を受けた大学院生であり、パリの株式市場で働き、1900年の博士論文「投機の理論」により、ランダムウォーク(次に現れる株価が確率的に無作為に決定される運動)に基づくオプション価格設定の数学的理論を最初に提案したルイ・バシュリエを紹介します。バシュリエは、株価変動がランダムウォークに基づくならば、将来それが特定の価格になる確率は正規分布に基づいて導き出せると考え、将来の金融の世界に革命を引き起こしました。バシュリエは、金融工学を最初に提案した天才でしたが、当時の数学の枠組みで彼を評価することが不可能であり、指導していたポアンカレはバシュリエの博士論文に最優秀の評価を与えることができませんでした。このため、バシュリエは、不遇な研究者人生を歩むことになり、第一次世界大戦で徴兵されることにもなります。彼の業績が発見されるのは、55年後、ミクロ経済学のパレート派復興とマクロ経済学における新古典派綜合の主導者である、経済学者ポール・サミュエルソンの手によるものです。

次の章に続くのは、独立してランダムウォーク理論を株式市場に適用した米海軍開発研究所(NRL) の物理学者であるモーリー・オズボーンの紹介です。オズボーンは、バシュリエの説を「正規分布になるのは株価ではなく収益率である」と修正しました。

ブノワ・マンデルブロは、1963年の有名な論文で、べき乗則分布がオズボーンが提案した対数正規分布よりも綿価格のデータをよく表していることを示しました。これは、オズボーンは物理学で伝統的に使われてきた統計手法で株式市場をモデル化できるという立場を取っていましたが、マンデルブロは新しい手法が必要だという立場を示した、ということです。平均から極端に離れた事象の発生する確率が、正規分布から予想される確率よりも高くなる、ファットテールは現在、株式市場を検討する際の所与の条件と考えられますが、マンデルブロの提案は金融業界の権威からはねのけられました。大学を飛び出したマンデルブロはIBMでの研究生活で、フラクタル幾何学を作り上げました。1990年代初頭に彼が再び金融業界に興味を示すと、ウォール街はついに彼を歓迎する準備を整えたのでした。

バシュリエ、オズボーン、マンデルブロまでの3人が金融理論の古典派と呼ばれます。

そして、数学者のエドワード・ソープは、ブラックジャックの勝利戦略を考案して公開し、情報理論を生み出したクロード・シャノンと協力して、ラスベガスでルーレットゲームに勝つための史上初のウェアラブルコンピューターを設計しました。これまで紹介してきた科学者と同様、他者におもねることのないソープは、大学での研究生活に辟易とし、ギャンブルを攻略した後の標的を金融市場に見出しました。彼は、フィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズのオプション価格設定の公式(ブラック・ショールズ公式)を、彼らの数年前に開発しています。世界で最初のクオンツファンドの1つを運用し、高いリターンを毎年出しました。彼はそれについても本を書いています(Beat the Market『マーケットをやっつけろ』)。

本に登場する他の科学者には、数学者フィッシャー・ブラック、物理学者ドイン・ファーマーとノーマン・パッカード、カオス理論を使用して株式市場を予測する物理学者のディディエ・ソネットらが含まれます。金融市場と株式収益の範囲から外れて、第8の最後の章では、インフレを測定するための消費者物価指数の最適な設計に焦点を当てています。数理物理学者のエリック・ワインシュタインと経済学者のピア・マラニーは、ヘルマン・ワイルに触発された曲線空間幾何学とゲージ理論の使用を提案しました。

本書の著者、ウェザーオールは最近、Cailin O’Connor とともにフェイクニュースに関する "The Misinformation Age"(誤情報の時代)を執筆しています。非常にタイムリーな話題なので翻訳されることを願っています。

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アドビ、日本語バリアブルフォント「百千鳥」発表  往年のタイポグラフィー技法をデジタルで再現

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アドビは4月10日、日本語のバリアブルフォント「百千鳥」を発表した。レトロ調の手書き風フォントで、太さ(ウェイト)の軸に加えて、字幅(ワイズ)の軸を組み込んだ初の日本語バリアブルフォント。近年のレトロブームを汲み、デザイン現場の様々な要望に応えることが期待されている。

By 吉田拓史
新たなスエズ危機に直面する米海軍[英エコノミスト]

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世界が繁栄するためには、船が港に到着しなければならない。マラッカ海峡やパナマ運河のような狭い航路を通過するとき、船舶は最も脆弱になる。そのため、スエズ運河への唯一の南側航路である紅海で最近急増している船舶への攻撃は、世界貿易にとって重大な脅威となっている。イランに支援されたイエメンの過激派フーシ派は、表向きはパレスチナ人を支援するために、35カ国以上につながる船舶に向けて100機以上の無人機やミサイルを発射した。彼らのキャンペーンは、黒海から南シナ海まですでに危険にさらされている航行の自由の原則に対する冒涜である。アメリカとその同盟国は、中東での紛争をエスカレートさせることなく、この問題にしっかりと対処しなければならない。 世界のコンテナ輸送量の20%、海上貿易の10%、海上ガスと石油の8~10%が紅海とスエズルートを通過している。数週間の騒乱の後、世界の5大コンテナ船会社のうち4社が紅海とスエズ航路の航海を停止し、BPは石油の出荷を一時停止した。十分な供給があるため、エネルギー価格への影響は軽微である。しかし、コンテナ会社の株価は、投資家が輸送能力の縮小を予想している

By エコノミスト(英国)
新型ジェットエンジンが超音速飛行を復活させる可能性[英エコノミスト]

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1960年代以来、世界中のエンジニアが回転デトネーションエンジン(RDE)と呼ばれる新しいタイプのジェット機を研究してきたが、実験段階を超えることはなかった。世界最大のジェットエンジン製造会社のひとつであるジー・エアロスペースは最近、実用版を開発中であると発表した。今年初め、米国の国防高等研究計画局は、同じく大手航空宇宙グループであるRTX傘下のレイセオンに対し、ガンビットと呼ばれるRDEを開発するために2900万ドルの契約を結んだ。 両エンジンはミサイルの推進に使用され、ロケットや既存のジェットエンジンなど、現在の推進システムの航続距離や速度の限界を克服する。しかし、もし両社が実用化に成功すれば、超音速飛行を復活させる可能性も含め、RDEは航空分野でより幅広い役割を果たすことになるかもしれない。 中央フロリダ大学の先端航空宇宙エンジンの専門家であるカリーム・アーメッドは、RDEとは「火を制御された爆発に置き換える」ものだと説明する。専門用語で言えば、ジェットエンジンは酸素と燃料の燃焼に依存しており、これは科学者が消炎と呼ぶ亜音速の反応だからだ。それに比べてデトネーシ

By エコノミスト(英国)