「選択と集中」よりだいぶマシ? AIがインパクト研究を予測

科学的インパクトの大きい論文を特定したり、早期発見したりできるAIが開発された。「選択と集中」で科学研究力を低迷させた日本にとって朗報だ。

「選択と集中」よりだいぶマシ? AIがインパクト研究を予測

要点

科学的インパクトの大きい論文を特定したり、早期発見したりできるAIが開発された。「選択と集中」で科学研究力を低迷させた日本にとって朗報だ。


約40年分の科学文献に基づいて学習した人工知能システムが、バイオテクノロジーに最も大きな科学的影響を与えた研究論文20本のうち19本を正確に特定し、さらに、将来的にバイオテクノロジー論文の「上位5%」に入る最近の論文50本を選択した、と科学誌Nature Biotechnologyに掲載された論文は主張している。

MITメディアラボの研究員であるJames Weisと、メディアラボの分子マシン研究グループの責任者であるJoseph Jacobsonは、DELPHIを使って、2023年までにハイインパクトになると予測した最近の科学論文50本を取り上げた。これらの論文で取り上げられているトピックは、がん治療に使用されるDNAナノロボット、高エネルギー密度のリチウム・酸素電池、ディープニューラルネットワークを使用した化学合成などだ。

この研究では、Delphi(Dynamic Early-warning by Learning to Predict High Impact)と呼ばれる機械学習システムを作るに当たり、1980~2019年に出版されたユニークな168万7850編からなる論文のプールを用いて、論文発表後1~5年間の、各論文、著者、雑誌、ネットワークに関連する29の特徴のセットを抽出した。次に、これらの特徴を用いてDelphiを訓練し、インパクトの「早期警報」スコアを算出した。

これらの特徴には、著者の研究生産性を示すh-indexや、論文が発表されてから5年間に獲得した被引用数など、通常の評価指標も含まれている。さらに、著者のh-indexが時間とともにどのように変化したか、論文の共著者の数と順位、ジャーナル自体に関するいくつかの指標も含まれている。

結果として、論文、著者、機関、その他の種類のデータを表すノード間のつながりを含むナレッジグラフが得られた。Delphiは、これらのネットワークの特徴を組み合わせて、科学的インパクトを予測する。発表から5年後に、時間軸に沿ったノード中心性の上位5パーセントに入る論文を、DELPHIが特定しようとしている「インパクトの強い」ターゲットセットと考える。この上位5パーセントの論文は、グラフ内のインパクト全体の35パーセントを占めているという。

その後、研究者たちはこのシステムを使って、1980年から2014年までに発表された20本の「重要な」バイオテクノロジー論文のうち19本をブラインド調査で正しく特定し、さらに2018年に発表された50本の論文の中から、今後数年間で「インパクトのある」バイオテクノロジー研究論文の上位5%に入るだろうと予測した論文を選んだ。

Delphiシステムが見逃した重要な論文は、染色体コンフォメーションキャプチャー(細胞内の染色体の空間的組織を分析する方法)の基礎的な開発に関わるもので、その理由の一つは、結果として得られた多数の引用がバイオテクノロジー関連以外の雑誌に掲載されていたため、データベースに入っていなかったことだという。

また、WeisらはDelphiのプロトタイプは、他の科学分野にも容易に拡張することができるとしている。分野や学術雑誌を追加し、オンラインのプレプリントアーカイブであるarXivのような質の高い研究のソースを追加することも可能だ。

科学助成金への支援に役立つ

Delphiには、論文の出版後1年以内に、後に大きな影響を与える隠れた名論文をすでに発見しているケースがあるという。実際には、Delphiは予測をしているのではなく、通常の手法では検知できないシグナルを抽出し、それを評価している。

それでも、DELPHIが、科学的資金調達をより効率的かつ効果的に行うための強力なツールとなる可能性があり、また、科学投資に関連した新しいクラスの金融商品を生み出すためにも利用できるかもしれない(例:ハードテック向けのベンチャーキャピタル)。

これは、科学技術における国際的地位の低迷に苦しむ日本にとって朗報かもしれない。科学的業績は、どんな研究や発想が画期的な成果をもたらすかを予測することは難しいべき乗則の世界だが、日本は近年、「選択と集中」「短期主義」というゲームのルールに反する賭け方をしてきた。AIが検知するインパクトの警報などを生かして、効果的な賭け方ができるようになる日が来るかもしれない。

参考文献

  1. 科学コミュニティー:機械学習モデルで研究のインパクトを予測する. Nature Asia
  2. Using machine learning to predict high-impact research. Becky Ham. MIT Media Lab. May 17, 2021.

Photo by ThisisEngineering RAEng on Unsplash

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